第三百五十八話 金鱗の竜王と大陸最強の竜騎士
帝国竜騎兵団を率いるアキックス伯爵は、古代竜王シュタインベルガーに乗り、街道の上空を国境を目指して南下していた。
遠くの西の空にキノコ雲が立ち昇るのを目撃したアキックスは、シュタインベルガーの鱗を手でポンポンと叩いて尋ねる。
「友よ。あのキノコ雲は・・・?」
シュタインベルガーは、目を細めて西の空に立ち昇るキノコ雲を睨む。
「・・・強い魔力を感じる。恐らく第十位階魔法、紅炎熱核爆発だろう」
アキックスは呟く。
「あちらは帝国魔界兵団が向かっていた方角だ。・・・東の蛮族相手に、第十位階魔法を使うとは。・・・容赦無いな」
国境から州都ツァンダレイに通じる街道は、国境の街ザミンウードから分岐し、東回りと西回りの街道があった。
シュタインベルガーは、苦々しく呟く。
「なるほど。マイルフィックの仕業か。地上は地獄のようになっているだろう。・・・我は、彼奴も、その眷属も好かぬ。奴ら、魔族は殺戮を愉しむ。・・・地下深くの巣穴で、大人しくしておればよいものを」
アキックスは、シュタインベルガーの鱗を撫でながら告げる。
「友よ。帝国軍同士の同士討ちは困るぞ?」
シュタインベルガーは、苦笑いする。
「・・・判っている。彼奴等を召喚した者が居るならば、見逃そう。・・・今までも、そうしてきた」
魔神マイルフィックとその眷属である悪魔族にとって、『神殺しの竜王』シュタインベルガーは天敵であった。
シュタインベルガーの吐く火炎息『始原の炎』は浄化の力を持ち、神々だけでなく、魔神や悪魔族、大型の魔獣や魔物を滅ぼす力を持っていた。
アスカニア大陸に大型の魔獣や魔物が生息しておらず、人間が居住して繁栄できた理由は、アスカニア大陸がシュタインベルガーの縄張りであり、居住していた魔獣や魔物は駆逐され、他の大陸の魔獣や魔物もシュタインベルガーを恐れてアスカニア大陸に近寄らなかったためであった。
だからこそ、魔神マイルフィックとその眷属は、ナナシ伯爵に召喚されるまで、普段は大陸西部にあるナナシ伯爵の居城、地下迷宮『悪魔の門』に閉じこもっていた。
アキックスは、東回りの街道を北上しているソユット軍部隊を見つける。
アキックスは、シュタインベルガーの鱗を手でポンポンと叩いて告げる。
「敵はソユットの狂信者どもだが、我等は人道的にいくとしよう」
シュタインベルガーは鼻で笑う。
「フッ・・・。我に人道を求めるか? ・・・まぁ、よかろう」
帝国竜騎兵団は高度を下げると、街道を北上するソユット軍部隊の上を超低空で威嚇飛行する。
巨大なシュタインベルガーが羽ばたく轟音と、巻き起こす暴風がソユット軍部隊を襲う。
「ウワァアアアーー!!」
ソユット軍部隊に動揺が走る。
帝国竜騎兵団がソユット軍部隊の上を旋回すると、シュタインベルガーは、その巨体でソユット軍部隊の前に降り立ち、威嚇するように咆哮を上げる。
<竜の咆哮>
シュタインベルガーの咆哮を聞いたソユット軍部隊の兵士たちは、たちまち恐慌状態に陥る。
兵士達は叫ぶ。
「düşman!!」
(敵だ!!)
「bu bir ejderha!!」
(ドラゴンだぁ!!)
地上にその巨体を降ろしたシュタインベルガーはソユット軍部隊の兵士達に告げる。
「我が鱗は如何なる刃も通さぬ! 我が炎は神をも焼き殺す! この地より失せろ! 矮小なる狂信者ども!!」
アキックスは、シュタインベルガーから降りて地上に立つと、ソユット軍部隊の様子を伺う。
ソユット軍部隊の兵士達は、目前にいるシュタインベルガーに怯えて恐怖に凍りつき、立ち尽くしていた。
アキックスが地上に降り立つのを見て、ソフィアも飛竜を着陸させて地上に降り立つ。
ソフィアはアキックスに尋ねる。
「・・・御爺様、どうしました?」
アキックスは苦笑いしながら答える。
「このまま撤退してくれれば良いのだが。どうやら、敵は恐怖で動けないようだ。・・・敵の指揮官と話してくる」
そう言うと、アキックスはソユット軍部隊に向かって歩き出す。
「御爺様、私も行きます!」
ソフィアもアキックスの後を追い、二人はソユット軍部隊へと歩いて行く。
竜騎士の鎧を身に纏ったアキックスとソフィアの二人がソユット軍部隊に近づくと、ソユット軍の兵士達は円盾と湾曲刀を構えたまま後退り、二人に道を空ける。
二人が歩みを進めると、その分、兵士達は後退り、二人に道を空けていく。
やがて二人は、兜に二本の孔雀の羽を付けた者を見つけ、その者のところへと歩いて行く。
(あれが敵の指揮官・・・)
アキックスは尋ねる。
「お前がこの部隊の指揮官か? 話がしたい」
孔雀の羽を付けた者は、虚勢を張りながら答える。
「こ、この部隊、ソユット帝国軍 第九陣を率いる将軍九号だ。 ・・・話とは、何だ?」
アキックスは名乗りを上げる。
「私は、バレンシュテット帝国 帝国北部方面軍総司令 兼 帝国竜騎兵団司令 アキックス・ゲキックス伯爵」
アキックスに続いてソフィアは名乗りを上げる。
「我は、バレンシュテット帝国 皇太子正妃 ソフィア・ゲキックス・フォン・バレンシュテット! 『大陸最強の竜騎士』アキックス・ゲキックスの孫! 『竜王の愛娘』とは、私の事だ! この地より去れ! 雑兵ども!!」
自分より先に相手に用件を話してしまったソフィアに、アキックスは苦笑いする。
自軍の前に立ち塞がる古代竜王シュタインベルガーと、上空を旋回する十万の飛竜と竜騎士達。
自分の目の前に立つ『大陸最強の竜騎士』アキックスと『皇太子正妃』ソフィア。
古代竜王と上空を旋回する十倍の敵軍に囲まれている恐怖、明らかに格上の二人に対峙している緊張のため、将軍九号の答える声が裏返る。
「待て、待て! 待ってくれ! 軍議を開く! 時間をくれ!!」
アキックスは答える。
「良いだろう。・・・西に向かった貴軍の部隊は全滅したようだ。賢明な判断を期待する」