第三百五十三話 反攻計画、女三人の祝杯
--トラキア離宮 会議室
ラインハルトと帝国四魔将の三人、ハリッシュ夫妻は、会議室で歓談していた。
ラインハルトはアキックスを詰問する。
「アキックス伯爵。なぜ、ソフィアを連れて来た?」
アキックスは、苦笑いしながら答える。
「あれが『どうしてもジーク様の居るトラキアに行く』と言い出して、聞かなくて。・・・面目無い」
エリシスは微笑む。
「『大陸最強の竜騎士』と呼ばれている貴方も、可愛い孫娘には弱いのね。ウフフ」
会議室では、皇太子第四妃のカリンが集まった者達にお茶を淹れていた。
ラインハルト達バレンシュテット帝国の指導層が、先のトラキア戦役での征服地であるトラキアとトラキア人に対して良い印象を持っていない事をカリンが察し、トラキア人のメイドに代わって申し出たためであった。
カリンは紅茶の入ったカップをラインハルトが座る席の前に置く。
「陛下。どうぞ」
ラインハルトは、カリンに優しく微笑み掛ける。
「ありがとう。・・・カリン、どうだ? ここでの暮らしには、馴染めたか?」
「はい。皆さん、良くしてくださいます」
「そうか。なら、良かった」
談笑しているラインハルト達の元にジークからフクロウ便の報告書が届く。
ラインハルトは、封印を切って羊皮紙に綴られた報告書に目を通す。
「ほう? ジークの奴、やるではないか」
ハリッシュは尋ねる。
「ジークからの報告書ですか?」
ラインハルトは、報告書に目を通しながら上機嫌に答える。
「そうだ。ジークが率いる二万の軍勢『トラキア兵団』は、越境してソユット軍の先遣隊五千を撃破。メフメト王国領に深く侵入して港を襲撃。停泊中の戦艦四隻と輸送船多数を撃破したと」
「おぉ!!」
ラインハルトの言葉を聞いた一同がどよめく。
ラインハルトは続ける。
「ジークは無事で、トラキア兵団の損害は軽微。こちらへ向かって帰還中との事だ」
エリシスは口を開く。
「さすがね。殿下」
ナナシもエリシスに追従する。
「うむ。寡兵で列強の先鋒を打ち破り、その出鼻を挫くとは」
孫娘の婿であるジークの活躍にアキックスも上機嫌で口を開く。
「はっはっは。お見事。これでは、ヒマジンがここに着く前にカタが付きそうだな」
ラインハルトは尋ねる。
「・・・そう言えば、ヒマジン伯爵は、どうした?」
ハリッシュは答える。
「ヒマジン伯爵と帝国機甲兵団は、まだツァンダレイの西、百二十キロくらいのところにいるでしょう。トラキア鉄道が、まだ二割程度しか開通していませんので」
「ふむ。トラキア鉄道が建設中か・・・」
ヒマジンが率いる帝国機甲兵団は、自分達の移動の足である大型輸送飛空艇の艦隊を、空中都市イル・ラヴァーリに遠征するエリシスの帝国南部方面軍に貸与していたため、トラキア鉄道で出来上がっている二割程度の路線を鉄道で移動し、そこから先は、鉄道貨車から降りて自走してツァンダレイに向かっていた。
ラインハルトは二人を呼ぶ。
「クリシュナ。それと、カリン」
「「はい」」
「クリシュナは、貴賓室のナナイとソフィアに。カリンは、フェリシアに『ジークの戦勝と無事』を知らせてやってくれ。二人とも、ジークを心配しているだろう」
「判ったわ」
「判りました」
クリシュナとカリンは、会議室を後にする。
報告書に目を通したまま、ラインハルトは続ける。
「・・・それと、悪い知らせもある。『ソユット軍が国境を越えてトラキアに侵入。住民が避難した国境の街ザミンウードに放火した』との事だ」
ラインハルトが読み上げた報告を聞いた帝国四魔将達の目付きが変わり、会議室の中の空気が変わる。
ナナシは呟く。
「ほぅ・・・?」
ナナシに続いて、エリシスも呟く。
「・・・東の蛮族風情が」
アキックスも口を開く。
「陛下。・・・これは、東の蛮族共に、身の程を思い知らせてやらねばなりませんな」
ラインハルトは答える。
「その通りだ。バレンシュテット帝国への挑戦には、相応の対価を払わせなければならん」
ナナシは口を開く。
「陛下。先陣は、我が帝国魔界兵団に任せて貰おう。帝国領を侵す東の蛮族共に鉄槌を下してくれるわ!!」
アキックスもナナシに続く。
「それなら、第二陣として帝国竜騎兵団が出向くとするとしよう」
エリシスも口を開く。
「判ったわ。私の帝国不死兵団が後詰めって事ね。生き残りがいたら始末するわ。・・・南部方面軍まで出す必要は無さそうね」
ラインハルトは総括する。
「決まりだな。教導大隊は、空中都市への遠征から戻って来たばかりだ。・・・今回、教導大隊には、前線の偵察を頼むことにする。皆、すぐに取り掛かってくれ」
役割分担が決まった事で、帝国四魔将達は会議室を出て、それぞれ自分が率いる兵団の元へ向かって行った。
--トラキア離宮 貴賓室
ナナイとソフィアは、トラキア離宮の貴賓室に居た。
ナナイは、皇宮から持ってきたハーブティーを自ら淹れると、手製の焼き菓子と共にソフィアに振舞っていた。
ナナイは語り掛ける。
「どう? ソフィア。お口に合うかしら??」
ジークの母であり革命戦役の英雄でもあり敬愛しているナナイから、お茶とお手製の焼き菓子を振舞われ、落ち着きを取り戻したソフィアは少し恐縮していた。
「はい。お茶もお菓子も美味しいです。・・・この香りは?」
ハーブティーの香りを尋ねてきたソフィアに、ナナイは笑顔で答える。
「分かる? レモンバームよ」
「なるほど・・・。良い香りです」
レモンに似た香りが特徴的なレモンバームは、様々なストレスを和らげるとして知られていた。
ナナイとソフィアが談笑していると、貴賓室のドアがノックされ、クリシュナが訪れてくる。
貴賓室に入ったクリシュナは口を開く。
「失礼しますね。・・・二人に良い知らせを持って来たわ」
ナナイは尋ねる。
「良い知らせ?」
クリシュナは笑顔で答える。
「ジークから戦勝と無事の知らせよ。『トラキア兵団は、越境してソユット軍の先遣隊を撃破。メフメト王国領に深く侵入して港を襲撃。停泊中の戦艦四隻と輸送船多数を撃破した』って! もうすぐ、ここに帰って来るわ!!」
クリシュナからジークの戦勝と無事を聞いたソフィアは、思わず口元に両手の指先を当てる。
安心したためか、ソフィアの大きな瞳からポロポロと大粒の涙が零れ、頬を伝う。
「良かった。ジーク様・・・」
そう呟くと、ソフィアは零れ落ちる涙を拭う。
ナナイは口を開く。
「ジークが無事で戦に勝ったのなら、お祝いしなきゃね。・・・さぁ、クリシュナも一緒に。女三人で、ハーブティーで乾杯しましょ」
ナナイは、クリシュナにもハーブティーを淹れると、乾杯の音頭を取る。
「帝国の勝利とジークの凱旋に!」
「乾杯!!」
ナナイとソフィアとクリシュナの三人で乾杯し、ハーブティーで祝杯を挙げる。
愛する者が戦いに勝利し、無事に帰って来ることを願うのは、誰もが同じであった。