第三百四十九話 ルドルフとアンナ
ルドルフは、アンナと共に自分の部屋にいた。
ルドルフが抱き寄せたアンナは、驚いたように腕の中からルドルフを見上げる。
アンナは、自分から焚き付けたとはいえ、ルドルフが力付くで自分を抱き寄せた事に驚く。
男と女。
そして、騎士と魔導師では、腕力が違う。
ルドルフに右手首を掴まれたまま抱き寄せられたアンナは、その腕の中から逃げる事も出来なかった。
ルドルフは、アンナにキスする。
「んんっ! んっ・・・」
ルドルフが唇を重ねた瞬間、アンナは一瞬、逃げる素振りを見せるが、それを受け入れ始める。
「はぁっ・・・」
キスを終えたアンナは、抱き寄せるルドルフに寄り掛かるように身体を預ける。
アンナの黒い瞳がうっとりとルドルフを見上げる。
その瞳は続きを求めていた。
ルドルフは、アンナを抱き締める。
ルドルフは尋ねる。
「本当に良いのか?」
「あのエルフの女に言われたからとか、勢いで決めた訳じゃないから!」
そこまで言うと、アンナは頬を赤らめ、自分を見詰めるルドルフの視線から逃れるように、目線を反らして答える。
「・・・貴方のこと。ずっと好きだったから」
バレンシュテット帝国は軍事国家であり、軍人の社会的地位は高く、強い男がもてはやされた。
士官学校の学生達の中で、帝国の上流階級出身のアレクやアル、ナタリー達から見たルドルフは、『学園の秩序を乱す不良』でしかなかった。
しかし、帝国の下層階級である平民出身のアンナから見たルドルフは違っていた。
ルドルフは、相手が同級生だろうと、先輩学生だろうと、貴族組だろうと、果ては軍監であっても、筋の通らない事や気に入らない事があれば、勝ち負け関係無く、突っ掛かっていた。
ルドルフは不良であっても、女の子には決して手を上げず、麻薬や盗み、恐喝などはやらない硬派の不良であった。
平民として、帝都の下町で男の子達に囲まれ、やんちゃに育ったアンナから見たルドルフは、まさに世の不正や不義に立ち向かう『ちょっと悪い英雄』であった。
士官学校でグリフォン小隊が結成された時、職業決めで、いきなり中堅職の騎士になったルドルフが小隊長になった。
人の輪に入ろうとしない孤高の騎士ルドルフは、ずっと自分の父を探していた。
天覧試合の後、探し求めていた自分の父に出会い、ルドルフは変わった。
誰彼と突っ掛かる事は無くなり、騎士として更なる高みである『上級騎士』を目指すようになった。
騎士として才能のあるルドルフは、やがて『上級騎士』になるだろう。
アンナは、同じグリフォン小隊の小隊長で、人の輪に入ろうとしない、より高みを目指す孤高の騎士で、容姿端麗な『ちょっと悪い英雄』のルドルフに興味と好意を持ち、想いを寄せていた。
ルドルフは、アンナを抱く。
交わりを終えたルドルフがアンナの顔を見ると、アンナも気の強い、黒く大きな瞳を潤ませながらルドルフを見詰めていた。
ルドルフは、アンナの唇に自分の唇を重ねる。
二人の至福の時であった。
ルドルフはベッドに横たわると、アンナに腕枕をしながら小脇に抱き寄せる。
交わりを終えたアンナは、ぐったりとしたまま火照って汗ばんだ身体をルドルフに預ける。
アンナは指先でルドルフの胸を突きながら尋ねる。
「ねぇ、ルドルフ」
「ん?」
「・・・私のこと、好き?」
アンナの黒い瞳がルドルフの反応を窺う。
「ああ」
普段から口数が少ないルドルフが、照れながら短く答えるとアンナは更に尋ねてくる。
「愛してる?」
「愛してる」
「嬉しい!!」
ルドルフの答えを聞いたアンナは、喜びながらルドルフの胸に抱き付く。
アンナは、嬉しそうにルドルフに尋ねる。
「ねね、ルドルフ。半年後に、この士官学校を卒業したら、帝国軍に入るんでしょ?」
「ああ」
「住むところ、官舎よね? そしたら・・・一緒に住まない?」
「オレは、構わないが。・・・狭くても大丈夫か?」
ルドルフは、士官学校を卒業して帝国軍に入隊する際、住居として住む官舎は、学校の寮の部屋と同じくらいだろうと想像していた。
ルドルフの答えを聞いたアンナはしたり顔で答える。
「何言ってんの!? ・・・二人で住むからって、あの豪邸が狭い訳無いじゃない」
ルドルフは驚く。
「帝国軍の官舎って、豪邸なのか!?」
豪邸と聞いて驚くルドルフに、再びアンナはしたり顔で答える。
「そうよ~。ルドルフは、卒業までに上級騎士になるから、帝国軍に入隊したら佐官は確実。『将校』よ。・・・帝国軍から将校に支給される官舎は、帝都郊外の高級住宅街にある敷地の広いプール付きの一軒家。メイドも帝国軍から支給されるの」
ルドルフは、自分の父を探すこと、上級騎士になることに必死で、半年後に士官学校を卒業した後の事は、帝国軍に入隊するという事くらいしか考えた事が無かった。
帝都の下町で庶民として育ったアンナは、目を輝かせながらルドルフとの将来の暮らしを楽しそうに語る。
「敷地も庭も広いから、花壇を作ってお花植えようかな。週末は小隊のみんなを招いて食事会したり、友達呼んでお茶会したり・・・」
傍らで楽しそうに夢を語るアンナに釣られ、ルドルフも将来の事を考える。
気掛りなのは、ずっと苦労してきた母ティナの事であった。
ルドルフは尋ねる。
「アンナ。官舎で暮らす時は、母さんを呼ぶつもりなんだ。・・・構わないか?」
アンナは、笑顔で答える。
「素敵ね~。そしたら、お義母さんに子守りを手伝って貰っちゃおう。ウフフ」
再びルドルフは驚く。
「子守り!?」
アンナは、赤らめた頬に両手を当てて、照れながら答える。
「そう。私とルドルフの子供。・・・私、ルドルフの赤ちゃん、たくさん産むんだ~。男の子も、女の子も欲しいなぁ~」
アンナの言葉にルドルフは、天井を見上げながら考える。
(子供か・・・)
ルドルフは、アンナと子供を作る事など考えた事も無かった。
ルドルフもアンナとの将来の暮らしを想像してみる。
帝都郊外の高級住宅街にある官舎。
広い庭とプールが付いている一戸建ての豪邸で、自分、妻アンナ、母ティナの三人暮らし。
やがて産まれてくるであろう自分とアンナの子供達。
メイドも帝国軍から支給されるから、アンナもティナも家事をしなくてすむ。
週末に訪れてくる小隊の仲間や友人達。
帝国軍将校は高給であり、生活に困ることは無い。家族も楽に暮らせる。
母ティナも孫に囲まれて暮らす穏やかな生活を、きっと喜んでくれるだろう。
ルドルフは、その生い立ちから、自分の将来に何も期待していなかった。
しかし、アンナと一緒に作る自分の将来が明るく幸せなものである事、手を伸ばせば届くところに幸せがある事に気付く。
(このオレに、『人並みの幸せ』が・・・)
普段は表情に乏しいルドルフだが、アンナとのこれからの将来を考えると自然と口元が緩んでくる。
アンナは、ルドルフの顔を見上げて訝しむ。
「どうしたの? ニヤけちゃって?」
ルドルフは、アンナの頭を撫でながら答える。
「何でもない。・・・一息着いたら、もう一回するか」
アンナは、恥ずかしそうに答える。
「もぅ・・・。意外にエッチなんだから。・・・卒業前に赤ちゃんが出来ちゃうじゃない」




