第三十三話 恋敵と嫉妬
アレクとルイーゼは、貴賓室からラウンジへ戻る。
ラウンジの窓際の席、ユニコーン小隊が座る『いつもの場所』に二人が戻ると、ユニコーン小隊のメンバーの他、ルドルフが居た。
アルが口を開く。
「お? アレク、ルイーゼ。帰ってきたのか」
「うん」
アレクはアルに答えると、ルイーゼと共に席に座り、ルドルフに話し掛ける。
「どうしたんだ?」
ルドルフが答える。
「一言、礼を言いたくてな。さっきは、来てくれてありがとう」
アレクがルドルフに告げる。
「いいさ。礼には及ばない。気にするな」
ルドルフが口を開く。
「それと……聞いたか? 艦隊で鼠人に反撃するらしい」
ルドルフの言葉に皆がどよめく。
「おぉ!」
帝国軍が艦隊で反撃することは、アレクとルイーゼは皇太子であるジークから聞いていたが、他の小隊メンバーには初耳であった。
アルが口を開く。
「飛行戦艦の主砲なら、鼠人共を蹴散らせるだろ。あとは、いつ反撃するかだな……」
アレク達、鼠人との戦いの現場を知った者にとって、関心事はアルの言葉にあるとおり『いつ反撃するか』であった。
--夜。
ユニコーン小隊の女の子達四人は、連れ立って入浴する。
四人は、脱衣所で服を脱ぐと体を流して浴槽に浸かる。
浴槽に浸かりながらエルザが口を開く。
「今日は結構、疲れたなぁ~」
ナディアも口を開く。
「皆、初陣だったからね~」
ルイーゼが口を開く。
「初陣でも、私達、勝ったよね」
ナタリーが同意する。
「うん! アル、凄くカッコ良かった!」
エルザも同意する。
「斧槍の一撃で、あれは凄かったよね~」
ルイーゼも口を開く。
「アレクもカッコ良かった!」
ナディアも同意する。
「アレクも小隊長として、頑張っていたよね~」
四人は浴槽から上がり、大浴場で体を洗い始める。
エルザがアレクの口調を真似して褒める。
「『陣形を整えろ! 小隊、抜刀!』って。カッコ良かった!」
ルイーゼも同意する。
「うん!」
エルザはルイーゼに呟く。
「私、彼氏にするならアレクが良いなぁ……美形で、カッコ良くて、しかも実家は、お金持ちみたいだし……ルイーゼがモタモタしているなら、私がアレクを獲っちゃおうかなぁ」
エルザの言葉にルイーゼは驚く。
「ええっ!? やめてよ!」
ナディアはナタリーに呟く。
「なら、私はアルを彼氏にしようかなぁ……。エルフの男には無い、あの強さ、荒々しさに惹かれるのよねぇ」
ナタリーも必死にナディアを止める。
「ナディア、やめてぇ!」
エルザは、怪しい笑みを浮かべてルイーゼに告げる。
「ふっふっふ。私は『男の子を満足させる方法』を知ってるもんね~」
ナタリーがエルザに尋ねる。
「『男の子を満足させる方法』って?」
エルザがしたり顔で解説する。
「私等と同い年の男の子達って『ヤリたい盛り』なの。それこそ、毎日、射精しないとムラムラするのよ」
ナタリーとルイーゼが驚く。
「そ、そうなの?」
ナディアもエルザに追従する。
「そうよ。貴女達、同じ部屋なんだから、ちゃんと彼氏の相手をしてあげないと」
再びナタリーとルイーゼが驚く。
「ええっ!?」
エルザは、怪しい笑みを浮かべて二人に解説し始める。
「いいわ。教えてあげる。男の子を満足させるにはね~」
そう言って、エルザは口淫のやり方を二人に教える。
ルイーゼとナタリーは、恥じらい頬を赤らめながら、真剣にエルザの解説と実演に目を見張る。
エルザが続ける。
「……男の子の経験にもよるけど、これを繰り返すと男の子は射精して満足するってわけ」
ルイーゼが真剣に答える。
「そうなんだ!」
ナタリーがエルザを褒める。
「凄い! 勉強になったわ! エルザってば、大人ね!」
エルザは得意気に笑みを浮かべる。
「へへ~ん」
四人は、再び浴槽に浸かり入浴を終える。
戦闘になれば死ぬかもしれない。
それならば、生きている間に好きな人、愛する人に自分の想いを伝え、結ばれたいと願う。
その想いが思春期の若者たちを恋愛に性に突き動かしていた。
帝国辺境派遣軍は、教導大隊の中隊毎にブリーフィングを行い、午前中におこなった偵察の分析結果について各小隊に戦況を説明した。
『既にヨーイチ男爵領の東側の多くは、鼠人達の手に落ちた』
それは教導大隊の学生達にとって衝撃的な内容であった。
この知らせに最も衝撃を受けたのは、当のキャスパー・ヨーイチ三世であった。
キャスパーは、苛立ちながら空母の通路を歩いていた。
(くそっ! ネズミ人どもが、我が領地を荒らしおって! 蛮族の分際で!)
キャスパーは、通路ですれ違いざまにルドルフとぶつかる。
キャスパーは、ルドルフを睨み付けて甲高い声で叫ぶ。
「貴様! 帝国貴族たる、この私にぶつかるとは何事だ! 賤民の分際で! 身の程を知れ!」
ルドルフは、軽蔑した目線をキャスパーに向けると口を開く。
「鼠人から領地も領民も守らないくせに、よく『帝国貴族』などと言えるものだな」
ルドルフの批判は図星であった。
ヨーイチ男爵家は州都キャスパーシティに立て籠もり、鼠人の侵攻から領地も領民も見捨てていた。
キャスパーは激昂してルドルフに掴み掛る。
「キサマァアアアアア!!」
ルドルフもキャスパーの襟首を掴んで睨み付ける。
「やるかぁ? チビ助!」
廊下で二人が掴み合い、睨み合っている最中に、入浴を終えたユニコーン小隊の女の子達が通り掛かる。
エルザが掴み合いをしている二人に声を掛ける。
「ちょっと! 何してんの!?」
ナディアも二人を止めに入る。
「やめなさいよ! 帝国軍の仲間同士で!」
苛立っていたキャスパーではあったが、流石に女の子に手を挙げる事はしなかった。
キャスパーは、ルドルフを掴んでいた手を離すと捨て台詞を吐く。
「フン! 女に助けられるとは! 賤民らしいな!」
そう言うとキャスパーは去っていった。
ルドルフはキャスパーに殴り掛かろうとするが、ルイーゼがルドルフを制止する。
「ダメよ! ああいう人なのよ!」
ユニコーン小隊の女の子たちは、居合わせたトラブルが収まったので、ルイーゼを残して自分の部屋に戻って行った。
残ったルイーゼがルドルフに話し掛ける。
「貴方。いちいち相手に突っ掛かるのね」
ルドルフがルイーゼに答える。
「オレは、お前がつるんでいる金持ちボンボンとは違う」
「……アレクのこと?」
「ああ」
「つるんでいるというか、彼とは『幼馴染』だから」
「そうなのか?」
「ええ」
「オレは、ずっと一人だったからな」
ルドルフは、ルイーゼに自分の生い立ちについて話した。
ひと通りルドルフの話を聞いたルイーゼは、ルドルフに告げる。
「どうして……私にそんな話をするの?」
「……なんでだろうな」
ルドルフとルイーゼが二人で話をしている場面に、アレクが通り掛かる。
「ルイーゼ? ルドルフ?」
「……アイツが来たか」
アレクが現れたので、ルドルフはその場から立ち去る。
アレクがルイーゼに尋ねる。
「ルドルフと二人で何を?」
「……何でも無いよ」
アレクとルイーゼは自分達の部屋に戻った。
アレクは部屋に戻ると、いつもどおり服を脱いで下着姿でベッドに入る。
ルイーゼも部屋の明かりを消すと裸になってアレクのベッドに入る。
アレクが傍らのルイーゼに尋ねる。
「ルドルフと二人で何を……?」
ルイーゼが微笑みながら答える。
「ふふ……気になる?」
「ちょっとね」
「もしかして……妬いてる?」
ルイーゼからの問いにアレクは露骨に不機嫌になり、ムッとして答えなかった。
(……ルドルフめ!)
アレクが恋敵としてルドルフに嫉妬しているのは、明らかであった。
ハッとして、ルイーゼは育ての母であるナナイからの言い付けを思い出す。
『男の人の顔を潰すようなことをしてはダメよ』と。
ルイーゼはアレクに謝り、ルドルフとキャスパーの事を包み隠さずアレクに話し始める。
「……ごめんなさい。アレク。……私達がお風呂から帰る途中、廊下でルドルフとキャスパー男爵が掴み合いになってて、それを私達が止めたの」
ルイーゼが謝罪して経緯を話したことで、アレクは機嫌を直す。
「……そうなんだ」
「うん。鼠人との戦いがあるのに、帝国軍の人間同士で内輪揉めなんて」
「そうだね」
ルイーゼはアレクに覆い被さるように抱き付くと、頬と首筋にキスする。
「アレク。怒ってる?」
アレクはルイーゼに微笑む。
「怒っていないよ」
アレクの言葉を聞いて安心したルイーゼは、アレクの胸の上に頬を置き、そのまま眠りに就いた。
アレクは、再び眠れない夜を過ごした。