第三百四十二話 病室にて アレクとナディア
-- 飛行空母ユニコーン・ゼロ 病室
アレクが、ふと、眼をあけると、おぼろげな人影が映る。
相手は、自分の顔を覗き込んでいた。
「アレク? 良かった。気が付いたのね」
ナディアの声であった。
「ナディア・・・」
次第にアレクのまどろむ意識が覚めてきて、はっきりとしてくる。
アレクは、ベッドに横たわったまま周囲を見回す。
白いカーテンで仕切られた区画の中で、ベッドに横たわる自分。
ベッドの傍らで椅子に座っていたのはナディアであった。
アレクは尋ねる。
「ここは?」
「ユニコーン・ゼロの病室よ」
「・・・ずっと付き添ってくれていたのか?」
ナディアは、照れながら答える。
「そうよ。アレクは担架に乗せられた後、気を失って、この病室に運ばれたの。丸一日、気を失っていたから、心配しちゃった」
アレクは、ベッドに寝たまま上体を起こしてナディアに尋ねる。
「ルイーゼは? 他のみんなは?」
ナディアは、苦しそうに答える。
「無事だったのは、私とナタリーとドミトリーくらい。アルとトゥルムが軽傷。エルザが負傷。貴方が重傷で、ルイーゼは重体といった具合」
アレクは、ナディアの答えに驚く。
「ルイーゼが重体って・・・」
ナディアは、淡々と答える。
「ルイーゼは、貴方を庇って背中に爆風を受けて、火傷と怪我を負ったのよ。まだ意識が戻ってないの」
ルイーゼの容態を聞いたアレクは、動揺を見せる。
「そんな・・・。ルイーゼがオレを庇って大怪我だなんて・・・」
ナディアは、苦々しく答える。
「敵の指揮官の自爆で二年生の多くは負傷したわ。死者が出なかったのは幸いね。一年生も二度目の実戦で結構、ケガ人が出ているみたい。医務官が交代で負傷者に回復魔法を掛けているけど、全然、人手が足りないのよ。首席僧侶なら完全治癒が使えるんでしょうけど、ここにはいないわ・・・」
アレクは悔しそうに呟く。
「オレがアイツを倒していれば・・・」
ナディアは悔しがるアレクを諫める。
「アレクは良くやった。自分を責めてはいけないわ。あの指揮官がイカれていたのよ。・・・まったく。雑魚のくせに、部下を巻き添えにして自爆するなんて」
ナディアの言葉にアレクは考える。
ナディア同様、アレク自身も飛行空母ユニコーン・ゼロに接舷して飛行ガレアスから乗り込んで来たソユット兵は、雑魚だと思っていた。
ソユット兵は、軽装の皮鎧に貫頭衣を装備しており、武器は湾曲刀だけ。
飛び道具さえ持っていなかった。
ソユット兵は、力量も基本職の戦士程度で、上級騎士のアレクが斬り合っても、簡単に斬り伏せる事が出来た相手であった。
技量や装備では、バレンシュテット帝国軍側がソユット軍を圧倒していた。
アレクに限らず、小隊の仲間達も強化魔法などは使わず、手にしていた武器で戦って倒していた。
ユニコーン・ゼロに乗るバレンシュテット帝国軍全体がソユット軍を見下していたといっても過言ではなかった。
アレクは呟く。
「負けた・・・のか」
ナディアは、アレクの呟きを聞いて答える。
「ユニコーン・ゼロに乗り移って来たソユット兵は全滅したわ。私達の勝ちよ」
ナディアの答えを聞いたアレクは、膝の上に組んだ自分の両手の上に目線を落とす。
(・・・違う。オレが、あの指揮官に・・・)
ソユット軍の指揮官と目が合ったアレクは、一瞬、斬り伏せる事をためらった。
ソユット軍の指揮官は、部下を巻き込んで自爆する事をためらわなかった。
そして、ルイーゼも我が身を捨てて爆発からアレクを庇う事をためらわなかった。
捨て身になれるか、否か。
『戦場に身を置く者』としての『覚悟』の違いであった。
ナディアは、ベッドの上で落ち込んで俯くアレクに話し掛ける。
「アレク。ご飯にしましょ」
そう告げると、ナディアは甲斐甲斐しくアレクの食事を用意する。
ナディアは、シチューの入った器を手に持つと、スプーンにとってアレクに食べさせようとする。
「はい。アレク。ア~ン」
いつもなら少しニヤけて食べさせて貰うアレクであったが、食べさせて貰う姿に元気が無い事は、当のナディアにも判る。
「食べて体力を付けないと。今のままじゃ、ルイーゼのお見舞いにも行けないわ」
「・・・」
アレクが黙々と食べて食事を終えると、ナディアは濡れたタオルでアレクの口元を拭う。
「食欲を満たしたら、次はこっちよ」
ナディアは、頬を赤らめながらそう告げると、毛布の中に手を入れてアレクに優しく触れる。
「え!?」
驚くアレクにナディアは毛布を捲りながら、当然のように語る。
「ちょっと待ってね」
そう告げると、ナディアは服を脱いでアレクのベッドの中に入る。
「まさか・・・」
ナディアが告げる。
「アレクは寝たままで大丈夫。お姉さんに任せて」
アレクはナディアを抱く。
交わりを終えたナディアは潤んだ瞳でアレクを見詰めながら、キスする。
「・・・ナディア」
ナディアは、自分の名前を呼ぶアレクの頬を指先でなぞりながら告げる。
「・・・いいの。・・・今だけ」
「ん?」
「・・・今だけ『私だけのアレク』でいて」
ルイーゼも、エルザも、入院してアレクの傍にはいない。
カルラも、エステルも、帝都であった。
今、傷付いたアレクの傍にいるのは、ナディアだけであった。




