第三百三十四話 ジークの抗命、砲撃の中の発艦
-- バレンシュテット帝国 帝都ハーヴェルベルク 皇宮
皇帝ラインハルトと皇妃ナナイは、ラインハルトの私室にいた。
ラインハルトは、トラキアのジークから報告書を受け取ると、ジカイラが率いる教導大隊にトラキアへの転進命令を出す。そして、帝国四魔将達にもトラキアへ向かうように指示し、トラキアのジークにはヒマジン伯爵のいる州都トゥエルブブルクへ退避するように指示していた。
ラインハルトがジークにフクロウ便で指示を伝えると、再び、すぐにジークから返事が送られて来る。
ラインハルトは椅子に座ると、再びジークから届いた羊皮紙の報告書に目を通す。
傍らのナナイがラインハルトの顔色を窺うと、ラインハルトは報告書に目を通して、一瞬、顔が強張ったが、すぐに機嫌良さそうに穏やかに微笑む。
ナナイは尋ねる。
「・・・どうしたんです? 何か良い事でも?」
ラインハルトは、苦笑いしながら答える。
「ジークの奴、私の指示には従えないと言って来た」
そう答えると、ラインハルトは傍らにいるナナイにジークから来た二度目の報告書の束を見せる。
ナナイは、ラインハルトからジークの報告書の一枚目を受け取ると、目を通す。
それには、ジークの想いが綴られていた。
『自分は、バレンシュテット帝国の皇太子であり、その自分が逃げ出す事は、バレンシュテット帝国の威信を傷つける事である。
そして、トラキアは第三妃フェリシアの故郷であり、父から任された領地でもあり、自分としても思い入れがある。
臣下や領民を置いて、自分だけ逃げ出す訳にはいかない。
自分には、ソユット帝国軍に対する勝算がある』と。
ナナイは、顔色を変えてラインハルトを問い質す。
「まさか! ジークは・・・あの子は、トラキアの兵を集めて、列強と戦うつもりですか!?」
ラインハルトは、ジークからの報告書の二枚目に目を通しながら、血相を変えたナナイをなだめる。
「そうだ。私は、ジークの好きにやらせてみようと思う。・・・そう心配するな。ジークには、ハリッシュとクリシュナが付いている。ジカイラ達も、帝国四魔将達も、トラキアに向かっている。・・・ジークなりに、色々と考えているようだ。・・・そう簡単にやられたりはしない」
ジークからの報告書の二枚目は、作戦計画書であり、ジークが考える作戦行動の内容が図解で示されていた。
トラキアは、荒れた平野が続く平坦な地形であり、遮蔽物に乏しいため防衛には不向きだが、機動戦を行うには理想的な地形である。
トラキア人達は騎馬民族の末裔であるため、農業は下手だが、馬に乗って移動することは得意である。
平野が続くトラキアの平坦な地形の『内線の利』を活かし、騎兵の速度を活かして、ソユット帝国軍が侵攻準備を整える前に越境して叩く。・・・と記されていた。
ラインハルトは、ジークの作戦計画書を眺めながら呟く。
「・・・なるほどな。バレンシュテットの戦い方、『越境してきた敵を待っていて迎撃する』のではなく、『敵が侵攻準備を整える前に越境して叩く』か。・・・『後の先』ではなく、トラキアの利点、騎兵の速度、機動力を生かして『先の先』を取るつもりか」
ラインハルトは、溺愛する長男ジークが自分の指示に反抗してきた事よりも、自分の考えた『より効果的な代案』をラインハルトに提示してきた事が嬉しかった。
『反対するからには、代案を示す』
単なる我儘ではなく、より効果的な代案を提示する。
大人の男の処世術であった。
ラインハルトは、ジークから送られてきた作戦計画書を決裁する。
溺愛する長男ジークの成長を目の当たりにして、ラインハルトは上機嫌であった。
--空中都市イル・ラヴァーリ 空中港
転進命令を受けた教導大隊は、飛行空母ユニコーン・ゼロに乗り込み、出港準備を終えたところであった。
艦橋にいるジカイラとヒナの元に士官がやって来る。
「ジカイラ大佐。飛行空母ユニコーン・ゼロ、出港準備完了しました」
ジカイラは、報告を受け、指示を出す。
「御苦労。・・・艦長、発艦手順に掛かれ」
「了解!」
艦長の言葉で艦橋の士官達が発艦手順に取り掛かろうとした時、轟音が響き、大きな振動が艦橋に伝わる。
ジカイラは口を開く。
「何の振動だ? 確認しろ!」
ひと呼吸の後、伝令が艦橋に駆け込んで来る。
「砲撃です! ソユット帝国の飛行艦隊が攻撃してきました!」
「なんだと!?」
ジカイラは急いで望遠鏡を取り出すと、艦橋の窓越しに望遠鏡で敵の艦影を探す。
ジカイラの視界に、白い層雲の雲海から高度を上げて徐々に浮上してくる飛行ガレアスが次々と現れる。
竜を模したと思われる船首像、緑色に塗られた歪で巨大な平べったい長方形の船体。
その船体の上には、ラグビーボールのような形状の気嚢が四基、取り付けられている。
船舷には、一定間隔で真上を向いている魔導発動機とプロペラが八基、取り付けられていた。
船尾には、それで推進力を得ているであろう四連六軸プロペラと方向舵が取り付けられていた。
ジカイラは呟く。
「・・・ひでぇセンスだ。・・・あの船の、あの形と色。・・・あれで『ドラゴン』のつもりか!? どう見ても『デカいミドリガメ』だろう」
ヒナは、傍らのジカイラから望遠鏡を受け取ると、現れたソユット帝国の飛行ガレアスの船影を眺める。
ヒナも、竜を模したソユットの船影を見て、苦笑いしながらジカイラに答える。
「シュタインベルガーとか、あの艦隊を見たら怒りそうね。『オレ達ドラゴンは、こんな不細工じゃない』って・・・」
ジカイラとヒナが冗談を言っていると、再び大きな轟音が響き、衝撃で船体が振動する。
ジカイラは自嘲気味に呟く。
「冗談を言ってる場合じゃないな・・・。艦長!」
呼ばれた艦長は、思い出したように号令を出す。
「発艦手順、始め! 機関始動!」
艦橋にいる士官達は復唱して発艦手順を続ける。
「機関始動! 浮遊水晶、魔導発動機、起動! フライホイール接続!」
飛行空母の後方下部にある四軸六連プロペラと、左右後方両側の船舷にあるプロペラが回転し始める。
ゆっくりと回転し始めたそれらは、次第に早く回り出し、風切り音を立て始める。
「浮遊水晶、出力上昇」
「浮遊水晶、出力臨界!」
「魔導発動機、出力上昇」
「魔導発動機、出力上昇、百パーセント!!」
「魔導発動機、回転数、良好!!」
士官からの報告を受けて、艦長が指示を出す。
「船体固定装置、解除! 高度、水平、保て!」
航法士官は、ジカイラに報告する。
「大佐。発艦手順、完了です」
ジカイラは口を開く。
「飛行空母ユニコーン・ゼロ、発進! 敵艦隊を突破するぞ!」
ジカイラとアレク達、教導大隊を乗せた飛行空母ユニコーン・ゼロは、ソユット帝国軍による砲撃の中、空中港の埠頭を離れ、大空へ向けて発進する。




