第三十一話 数の暴力
アレク達ユニコーン小隊は、飛空艇で高度一〇〇まで上昇して偵察を再開する。
アレク達が救出した姉妹は、ナディアが姉を、エルザが妹を傍らに抱いていた。
小隊は、担当する作戦地域の北端近くまで来た。
突然、ルイーゼが叫ぶ。
「アレク! 見て! 赤の信号弾よ!」
アレクは、ルイーゼが指し示す方向を見ると、遥か遠くの雲の切れ目に僅かな赤い煙が見えた。
(あっちはグリフォン小隊のエリアだ。・・・赤の信号弾・・・非常事態?)
少しすると、再び、赤の信号弾が打ち上げられる。
アレクが口を開く。
「グリフォン小隊に何かあったみたいだ。行ってみよう! ルイーゼ、緑の信号弾を!」
ルイーゼが答える。
「了解! アレク、気を付けて!」
ルイーゼは、緑の信号弾を発射装置に装填して打ち上げると、手旗信号で僚機に北へ向かう事を伝える。
アレク達ユニコーン小隊は進路を北に向け、グリフォン小隊の偵察担当地域に入って行った。
しばらくするとアレク達に、丘陵の稜線の向こう側から、無数の黒煙が立ち上っているのが見えてくる。
アレクは、稜線の向こう側に立ち上る黒煙を睨んで考える。
(・・・なんだ? あの黒煙は? 戦闘中なのか?)
やがて、ユニコーン小隊の編隊は、丘陵を越える。
丘陵の稜線の向こう側に隠れていたものが、アレク達の視野に入ってくる。
アレク達が目の当たりにしたのは、地上を黒い濁流のように覆う、何千、何万という鼠人の大軍勢に襲撃され、炎上している開拓村の姿であった。
グリフォン小隊の四機の飛空艇は、地上から三十メートル程まで降下して開拓村の上空を旋回し、開拓村に押し寄せる鼠人の軍勢に向かって飛空艇から二門の主砲で砲撃を加えていた。
しかし、グリフォン小隊の飛空艇が一回の砲撃で倒している鼠人は、せいぜい二十~三十人ほど。
四機の飛空艇で懸命に砲撃しているものの、鼠人達の大軍勢の前には『焼け石に水』であった。
開拓者達は、木の壁が囲う開拓村に立て籠もり、農具や簡素な武器で鼠人達に抵抗しているものの、鼠人達の圧倒的な『数の暴力』の前に次々と殺されていく。
村の木壁の外側では、鶏や豚、牛といった家畜と共に、鼠人達に捕まった開拓者達が鼠人達に食われていた。
ある者は、家畜達と一緒に屠殺されてから鉈で解体され、焚き火で焼かれて料理され、ある者は生きたまま鉈で手足を斬られて、新鮮なまま鼠人達に食われていた。
ルイーゼが呟く。
「なんて酷いことを・・・」
アレクも口を開く。
「アイツら、村の人達を食べてる!」
エルザが助け出した幼い女の子を気遣い、自分のお腹に優しく抱き寄せる。
「良い? お姉ちゃんが『良い』って言うまで、お姉ちゃんのお腹から顔を離しちゃダメよ?」
ナディアも同様であった。
おそらく、この姉妹の家族は、今、炎上しているこの開拓村に居ると思われた。
トゥルムが呟く。
「これが・・・これが、鼠人か・・・」
ナタリーがアルに尋ねる。
「アル! 何とか村の人達を助けられないの!?」
アルは悔しそうに答える。
「・・・ムリだよ。こいつの砲じゃ、あの数は倒しきれない。・・・飛行戦艦の一斉射撃ならともかく。・・・それに、今、地上に降りたら、オレ達まで殺られちまう」
鼠人達によって、地上から低空飛行している飛空艇に向けて弓矢が射られていたが、弓矢は乾いた音を立てて外板で弾かれ、飛空艇を落とすことはできずにいるようであった。
ルドルフの乗るグリフォン小隊の小隊長機グリフォン・リーダーが、アレク達の乗るユニコーン・リーダーの隣にやってくる。
ルイーゼがグリフォン・リーダーのナビゲーターによる手旗信号を読み上げる。
「『援軍に感謝。我、全力を持って敵軍を攻撃す。火力支援されたし』」
アレクが口を開く。
「了解! ユニコーン小隊もグリフォン小隊と共に鼠人の軍勢を攻撃する! ルイーゼ、手旗信号を頼む!」
「了解!」
ルイーゼは、ユニコーン小隊の僚機に手旗信号で伝える。
アレク達ユニコーン小隊は、四機編隊を組んで開拓村の上空を旋回すると、村に押し寄せる鼠人の大軍勢に飛空艇の主砲による砲撃を加える。
アレクは、無力感に苛まれ、悔しさに歯ぎしりしながら、何度も繰り返し鼠人達の大軍勢に向けて、飛空艇の主砲の引き金を引いた。
(クソッ! クソッ! ちくしょう!)
飛空艇エインヘリアルⅡに搭載されている二門のカロネード砲は、鼠人達の大軍勢に向けて、間隙無く砲撃を続ける。
しかし、鼠人達を攻撃する四機の飛空艇が八機になったところで、飛空艇の火力では鼠人達の大軍勢を食い止めることはできなかった。
やがて開拓村の木壁の櫓に鼠人達が取り付くと、木壁を越えて村の中に侵入する鼠人達が増えてくる。
しばらくすると、村の中に侵入した鼠人達によって、開拓村の門が内側からこじ開けられ、鼠人達の大軍勢が開拓村の中になだれ込む。
開拓村の中は、鼠人達の大軍勢によって蹂躙され、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていった。
ルイーゼが口を開く。
「・・・アレク。時間よ。・・・空母へ戻りましょう。残念だけど・・・」
アレクが俯いて答える。
「・・・了解。・・・帰投しよう。ルイーゼ、撤退命令を伝えて」
「了解」
ルイーゼは短く答えると、撤退命令を手旗信号でユニコーン小隊の僚機に伝える。
ユニコーン小隊とグリフォン小隊は、開拓者村の上空を離れ、飛行空母への帰途に着いた。