第三百二十一話 空中都市での一夜(五)
ナディアとエルザは、『クリスタル・チューブ』を目指して歩き始め、空中港の一番端の埠頭に到着する。
エルザは、手にしている昔の見取り図を眺めると、周囲を見回して小首を傾げる。
「変ね・・・? この見取り図だと、この埠頭の隣が『クリスタル・チューブ』になっているんだけど・・・?」
エルザに続いて、ナディアも周囲を見回す。
「それらしい施設は、見当たらないわね」
エルザは、埠頭の端にしゃがみ込むと口を開く。
「ちぇっ。・・・せっかく、探検できると思ったのになぁ~」
埠頭の端にしゃがみ込んだエルザが目線を落として埠頭の下を見ると、月明かりを反射する『何か』がある事に気が付く。
「ナディア! あれ見て!」
「埠頭の下に何かあるの?」
エルザが指差す埠頭の下を、ナディアが覗き込んで見る。
(・・・あれは?)
ナディアの目にもエルザが指差す先に、月明かりを反射する『何か』がある事が判る。
「・・・光を反射する『何か』があるのは、間違いないわね」
エルザは、大喜びでナディアに告げる。
「ナディア! きっと、アレが『クリスタル・チューブ』よ!」
大喜びするエルザを他所に、ナディアは怪訝な顔をする。
(・・・市街地の地面より低い、あの位置じゃ一般人の目には触れないわね)
「・・・それで、エルザ。・・・あの『クリスタル・チューブ』の入り口は、どこ?」
エルザは、手にしている昔の見取り図から入り口を探すと、一番端の埠頭の片隅にある小屋から『クリスタル・チューブ』に入れる事が判った。
「あの小屋よ!」
ナディアとエルザが小屋の中に入ると、小屋の中に梯子で地下に降りるようなトンネルがあった。
「この穴の下??」
ナディアが穴の下に続いている梯子を下りていくと、エルザもナディアに続いて梯子を下りていく。
「見取り図では、そうなっているわ」
やがて、二人は、穴の下に広がる空間の中に出る。
広がる空間、『クリスタル・チューブ』は、透明なガラス状の壁でできた円筒形の空間が、都市部や埠頭から一段低い位置で空中都市の外縁部を一周するように続いていた。
二人の目の前に、下弦の月の光が『クリスタル・チューブ』の中を照らし出す。
透明なガラス状の壁越しに見える、雲一つ無い夜空に広がる満天の星空と、はるか遠くの地上にある漁港の灯り。
月明かりが照らす芝生の中に続く石畳の通路。
人の背丈ほどの木造でできた、ぶどう棚のような栽培棚。
その棚に生い茂る植物。
エルザは『クリスタル・チューブ』の天井を見ながら呟く。
「凄い星空。綺麗・・・」
ナディアは、はるか遠くの地上にある漁港の灯りに目を向ける。
「そうね。空から地上まで星空が続いているみたい」
エルザは嬉しそうにナディアに告げる。
「昼なら展望が良さそうだし、夜は夜で、この満天の星空。・・・ロマンチック~! アレクとのデートコースに最適ね!」
ナディアは苦笑いしながら答える。
「そうね」
月明かりの『クリスタル・チューブ』の中の風景を見回したナディアは口を開く。
「何だか、庭園みたいなところね。・・・ちょっと待って」
ナディアはそう告げると、手をかざして召喚魔法を唱える。
「来たれ! 光の精霊!!」
ナディアのかざす手の先に光の精霊が現れ、淡く青白い光で二人の周囲を照らし出す。
「これで明るくなったわ」
ナディアとエルザは、光の精霊が青白い光で照らし出す『クリスタル・チューブ』の中の風景を眺める。
庭園のように並ぶ、ぶどう棚のような木造の柵に植物が括り付けられ、その枝は木造の柵に沿って伸びており、木造の柵の隙間から握り拳ほどの大きさの『黒い実』が無数にぶら下がっていた。
ナディアは、怪訝な顔で植物を観察すると、恐る恐る指先で『黒い実』を突っついてみる。
何事も起きなかった。
ナディアは『黒い実』を手にとって見るが、見たことも無い植物の実であった。
「この『黒い実』・・・。何の植物かしら?」
エルザもナディアの手元を覗き込むと、『黒い実』をじっと眺めて観察する。
「何だか、固そう。・・・食べても美味しく無さそうね」
そう言ったエルザであったが、『黒い実』を三個、植物からもぎ取ると、小物が入っている袋の中に入れる。
ナディアは驚いて口を開く。
「ちょっと!? エルザ! 何してるの!?」
エルザは、何事でも無さそうに答える。
「何って、アレクへの『お土産』よ! 『お土産』! きっと、珍しい植物でしょ?」
ナディアはエルザを注意する。
「勝手に取っちゃ、ダメでしょ?」
エルザは、悪びれた素振りも見せず答える。
「大丈夫! こんなに沢山あるんだから。三個くらい貰ったって、誰にも判らないわよ」
ナディアは呆れたように告げる。
「もぅ・・・」
ナディアとエルザは、小一時間ほど『クリスタル・チューブ』の中を散歩して満天の星空と天空からの夜景を満喫すると、空中港の補給艦に立ち寄ってトゥルムとドミトリーから頼まれた寝酒を調達して教導大隊の仮設陣地への帰途に着いた。