第三百十四話 一騎打ち(二)
一騎打ちを始めたアーベントロートの隣で、ルパは剣を構えて対峙するエルザを観察する。
(あの耳、尻尾! 亜人!? この女、獣人なのか?)
(手甲に足甲、肌の露出の多いビキニアーマー、それにあの両手剣。軽装で速さと攻撃力に特化したスタイルのようだな・・・)
エルザは口を開く。
「来ないのなら、こっちから行くわよ! おりゃああああ!!」
エルザは両手剣を大上段に構えると、大きく踏み込んで両手剣を打ち下ろす。
大通りに鈍い金属音が響き渡る。
ルパは、エルザの両手剣の斬撃を騎士剣で受け止めたが、ルパの顔に苦悶が浮かぶ。
「ぐうっ!!」
(速い!! それに、重い!!)
エルザはすぐに両手剣を振りかぶると、第二撃、第三撃と両手剣での斬撃を加える。
ルパは、第二撃は左手の盾で、第三撃は右手の騎士剣で受け止める。
「ハアッ!!」
ルパがエルザの喉元を狙って、騎士剣で突きを放つ。
エルザは、大きく身を後ろに反らして騎士剣での突きを躱すと、身体を捻って、左足で後ろ回し蹴りを放つ。
ルパは、自分の顔を狙って放たれたエルザの後ろ回し蹴りに驚く。
「あの体勢から・・・蹴りだと!?」
獣人ならではの敏捷性と柔軟性を活かしたエルザの攻撃であった。
エルザの左足のかかとがルパの側頭部をかすめ、ルパの兜がはじけ飛ぶ。
「くっ!!」
乾いた音と共に兜が地面に転がる。
兜と共に面頬が無くなった事で、ルパの素顔があらわになる。
光沢のある絹のような金髪。
鼻筋の通った、はっきりとした美しい顔立ち。
透き通るような白い肌。
フレデリクは、ルパの素顔を見て傍らのルドルフに興奮気味に告げる。
「おい!? ヴェネトの女騎士って、金髪の凄い美女じゃないか!」
ルドルフは、興味無さそうに答える。
「ああ。あの女、白い肌をしている。・・・あのヴェネトの女騎士、ヴェネト人じゃない」
フレデリクはルドルフに尋ねる。
「どういう事だ?」
ルドルフはフレデリクに答える。
「なにか『訳アリ』って事だろう」
ルパの苦戦を見て取ったアーベントロートは焦り出す。
アーベントロートは、気合いと共に再びアルとの間合いを詰めると、連続で斬撃を加える。
「アァァァ!!」
アルは、斧槍でアーベントロートの斬撃を次々と受け止めていく。
金属をぶつけ合う、乾いた金属音が続く。
連続攻撃を防ぎながら、アルはアーベントロートの変化に気が付く。
(・・・この女騎士、勝負に出たな)
アルは、五回目の斬撃を斧槍で受け止めると、腰を落として深く息を吸い込み、貯めの姿勢を取る。
アーベントロートは、六度目の斬撃を加えようと、右手の騎士剣を大きく振りかぶる。
(今だ! いくぜ! 一の旋!!)
アルの渾身の力を込めた斧槍の一撃が剛腕から放たれる。
既に騎士剣を振りかぶっていたアーベントロートは、左手の騎士盾で斧槍の一撃を受け止めようとする。
斧槍によるアルの必殺の一撃は、大砲の砲弾が当たったかのような轟音と共に、アーベントロートの騎士盾を大きく凹ませて左腕をへし折り、そのままアーベントロートの身体を吹き飛ばした。
背中から地面に落ちたアーベントロートは、起き上がって体勢を立て直そうとするが、屈んだ姿勢から立ち上がることが出来なかった。
「ケホッ! ケホッ!!」
アーベントロートは咳き込みながら、自分の身体の状態を確認する。
(くそっ! 左腕が折れた! 肋骨も!?)
ルパはエルザとの一騎打ちを止め、負傷したアーベントロートの元に駆け寄り、抱き起す。
「アーベン! アーベン! しっかりして!!」
二人の様子を見たアルは、斧槍を肩に担いで戦闘態勢を解くと面頬を開け、ため息交じりに呟く。
「女の子を痛めつけるのは本意じゃないんだが。・・・悲しいけど、これ、戦争なのよね」
エルザも戦闘態勢を解くと、地面に両手剣を突き立てて、アルの隣に並ぶ。
「勝負あったわね」
ジカイラは、教導大隊の中から歩み出て来きて東方不敗の二人に告げる。
「バレンシュテット帝国中央軍 教導大隊司令のジカイラ大佐だ。 見事な一騎打ちだった。御二人を客将として迎えたいのだが」
ルパは、うずくまったまま動けないアーベントロートを小脇に抱え、屈んだ姿勢からジカイラを見上げる。
「私達を『捕虜』ではなく『客将』として迎えるだと!? どういうつもりだ?」
ジカイラの元にヒナやアレク、ルイーゼ、ルドルフ、フレデリク達は集まる。
ジカイラは、ルパに告げる。
「その白い肌。貴女はヴェネト人じゃないだろう? その貴女がヴェネト共和国軍にいるのは、何か訳があるのだと思うのだが」
ルパは諦めたように剣を置いて答える。
「判った。連れの手当てを頼む。・・・私の事は、犯すなり、殺すなり、好きにしろ」
ルパはそう告げると、アーベントロートを地面の上に寝かせて立ち上がり、結い上げた自分の髪を解く。
ルパの肩まである金髪が傾き始めた陽の光を反射し、風に揺らぎながら流れるように広がっていく。
ルパの容姿にその場に居る者が一瞬、目を奪われる。
ジカイラは、気不味そうに後頭部を手で掻きながら、ルパに答える。
「・・・犯しもしないし、殺しもしない。あとで少し話が聞きたいだけさ」
アルは、アレクに呟く。
「お前の妹のミネルバちゃんも美人だが、このヴェネトのお姉さんも美人だな」
アレクは苦笑いしながらアルに答える。
「・・・ミネルバの事はいいから!!」
アレクは口を開く。
「ドミトリー。彼女の手当てを頼む」
ドミトリーはアーベントロートの元に行くと、回復魔法を唱える。
「どれ、拙僧に診せてみろ。・・・いや、脱がなくて良い。女の肌は見せるな。・・・治癒!!」
怪我が治ったアーベントロートは、自力で上体を起こして兜を脱ぐ。
「プハッ! ハァッ! ハァ」
ルパはアーベントロートの元に駆け寄る。
「怪我が治ったのね」
「ああ」
フレデリクは、二人の素顔を見て呟く。
「おいおいおいおい! ・・・二人とも凄い美人だな! ヴェネトの女騎士って、美女揃いなのか?」
ルドルフは興味無さそうに答える。
「二人を見て判るのは、二人ともヴェネト人じゃないって事だな」
ジカイラは、ルパとアーベントロートに告げる。
「二人とも、帯剣を認めよう。詳しい話は後で聞く。済まないが少し後方へ下がっていてくれ」
「・・・判った」
アレクは、ジカイラから目配せを受けて口を開く。
「お二人とも、士官に案内させます。・・・ミネルバ!!」
「了解」
ルパがアーベントロートの手を引いて立たせると、ミネルバが二人を案内しながら、ジカイラが指し示した教導大隊の一年生の貴族組の第四陣を目指して歩いて行く。
ジカイラは、アレク達に告げる。
「さて。敵の新手がお出ましになったようだ」




