第三百十三話 一騎打ち(一)
エリシス伯爵は、おもむろに腕を組んで呟く。
「しかし、こんな子供達を戦場に駆り出すなんて。・・・ヴェネト共和国軍には、ちょっと腹が立ったわね」
リリーも追従する。
「やり方が非道ですよ」
二人が話していると、大通りに二人の女騎士が現れる。
アーベントロートとルパであった。
二人は帝国軍の前線まで来ると、二人とも背中に背負っていた騎士盾を左腕に装備する。
アーベントロートは帝国軍に向かって口上を述べる。
「私は、ヴェネト共和国軍飛行艦隊『東方不敗』が騎士、アーベントロート! 敵将との一騎打ちでの勝負を所望する!」
ルパも続く。
「同じく『東方不敗』が騎士、ルパ! 敵将との一騎打ちでの勝負を所望する!!」
ヴェネト共和国軍の二人の女騎士が正々堂々と一騎打ちを申し出てきた事に帝国軍は驚く。
ジカイラは口を開く。
「ヴェネトにも騎士らしいのがいたのか」
ヒナも口を開く。
「女騎士が二人?」
アレクも口を開く。
「よし! オレが行ってくる!」
前に出ようとするアレクをルイーゼは制止する。
「ダメよ! アレク! 何かの罠かも!」
アルもルイーゼに続いてアレクを制止する。
「そうだぜ。ルイーゼの言うとおりだ。お前は隊長なんだから、罠だったらシャレにならんぜ? ・・・ここはオレが行く!!」
エルザもアルに続く。
「そうよ! アレクってば、相手が女の子だから張り切っているんでしょ? ダ・メ・よ!! 敵の女の子を捕まえて『手籠め』にしようなんて! ・・・ここはユニコーンの獣耳アイドル・エルザちゃんに任せなさいって!」
エルザの言葉にアレクは苦笑いする。
「手籠めって・・・」
話を聞いていたナディアはアレクの傍らに来て、アレクと腕を組むと語り掛ける。
「アレク。エルザの言うとおりよ。敵の女騎士は二人に任せて、私達は、そこの家具店で一休みしましょう。店の奥にはベッドもあったわ。休憩するには良い場所よ」
エルザは、ナディアの言葉を聞いて反論する。
「ああっ! ナディア、ズルい! 私とアルに敵と戦わせて、その間、自分はアレクを独り占めするつもりね!!」
「チッ!!」
ナディアは横目でエルザを見ながら短く舌打ちする。
二人の会話を聞いていたアレクは、ガックリとうなだれると呟くように告げる。
「・・・お前ら。ここは戦場で、今は戦闘中だぞ・・・」
アルは三人のフォローに入る。
「ま、お楽しみは、この戦闘が済んでからにしとけよ。・・・んじゃ、アレク! ちょっくら、行ってくるわ!」
そう告げるとアルは、斧槍を担いで二人の女騎士の元へ向かう。
ナタリーは声を掛ける。
「アル! 気を付けてね!」
アルは、片目を瞑り右手の親指を立ててナタリーに見せる。
「任せとけって! 愛してるよ! ナタリー!」
エルザは、アレクの前にやって来る。
「ねね! アレク! エルザちゃんに『勝利のおまじない』してくれる?」
「おまじないって?」
「キスよ! キス! 『勝利のおまじない』!」
エルザにおねだりされ、アレクはエルザにキスする。
「んんっ・・・」
アレクとのキスを終えたエルザは、小首を傾げニンマリと笑顔を見せると、耳元で囁く。
「アレク、大好き。愛してる」
エルザの首輪の鈴が小さく鳴る。
「獣耳アイドル・エルザちゃんの活躍を見せてあげるわ!」
エルザは笑顔でそう告げると、小走りでアルの後を追って行く。
大通りの中央で、アルはアーベントロートに、エルザはルパに対峙する。
アルは、斧槍を大きく二回振り回すと正眼に構え、名乗りを上げる。
「我こそは『黒い剣士』こと帝国無宿人ジカイラが一子、アルフォンス・オブストラクト・ジカイラ・ジュニア! いざ!!」
エルザもアルに続いて両手剣を構えると名乗りを上げる。
「帝国中央軍教導大隊、ユニコーン小隊の獣耳アイドル・エルザちゃんよ!!」
四人は武器を構え、それぞれの相手と対峙する。
エリシスとリリーもジカイラとヒナの元にやって来る。
ジカイラは、大通りで対峙する四人を眺めながら呟く。
「・・・ほう? こっちからは、アルとエルザが出たか」
ヒナは不安げにジカイラに尋ねる。
「大丈夫かしら?」
ジカイラは答える。
「『東方不敗』は、南大洋一帯では武闘派で名の通った飛行艦隊だ。空中騎士団と言っても良い。そこの騎士ともなれば、腕も立つだろう」
エリシスは、不安を隠せずにいるヒナに話し掛ける。
「心配そうね。・・・けど、大丈夫よ。二人はきっと勝つわ」
ヒナは、エリシスに尋ねる。
「判るんですか?」
エリシスは微笑みながら答える。
「七百年も生きているとね。色々と見えてくることもあるのよ」
エリシスは怪訝な顔をしているヒナに語る。
「『守るべきもの』や『愛する者』がある者は、簡単に敗れたりしないわ」
四人て話していると、大通りで一騎打ちが始まる。
アーベントロートは、アルを観察する。
(よりによって、帝国の『黒い剣士』の息子が相手とは! ・・・鉄兜に鋼鉄の胸当て、鎖帷子、籠手、全金属の斧槍、他にも腰に帯剣しているのか・・・。重装甲タイプか?)
アーベントロートは、右手に持つ騎士剣を振り上げると、気合いの一声と共に大きく踏み込んでアルに斬り掛かる。
「ハアッ!!」
アルは、両手で斧槍を水平に構えると、その柄で騎士剣の斬撃を受け流す。
乾いた金属音が大通りに響く。
アルは斬撃を受け流すと、そのまま右から左へと斧槍の刃先での攻撃を繰り出す。
アーベントロートは、斧槍の刃先での攻撃を、左手に持つ騎士盾で受け止める。
アルは間髪を入れず、斧槍の刃先と反対側の石突きで左から右へと攻撃する。
アーベントロートは、斧槍の石突きでの攻撃を、右手に持つ騎士剣で受け止める。
更にアルは、斧槍の刃先を低く下げ、右から左へと足を狙って払う。
「くっ!!」
アーベントロートは、大きく後ろに飛び退いてアルの斧槍の払いを躱す。
剣と盾を構えたまま、アーベントロートは後退りしながらアルを観察する。
(一度攻撃すると、三度反撃してくる! 間合いを詰めても、あの全金属でできた斧槍を小枝でも扱うように振るってくるとは! ・・・流石は、音に聞こえた帝国騎士! 手強い!!)