第三百三話 教導大隊、出撃
--ハニアの街
ヴェネト共和国軍飛行艦隊『東方不敗』は、空中都市イル・ラヴァーリから西に少し行ったハニアの街に居た。
港に飛行艦隊を停泊させ、船員達などは港近郊の店などに繰り出して休暇を楽しんでいた。
東方不敗の将校達も海岸にほど近いバーで寛いでいた。
すつぬふは、酒の入ったグラスを片手にリッチに尋ねる。
「リッチ。アーベントロートとルパの二人を連絡係で空中都市に行かせたようだが。・・・良いのかよ? 女二人で。・・・何かあったら、どうする?」
将校達のリーダーであるリッチは、言葉少なく答える。
「心配無い」
リッチの答えを聞いたすつぬふは、ため息交じりに呟く。
「だと良いが・・・」
アーベントロートとルパの二人は、二人乗りの小型飛行船で空中都市イル・ラヴァーリの通用口に機体を接舷する。
小型飛行船は、二人乗りのゴンドラを気嚢にぶら下げてプロペラを付けたような簡単な構造であったが、小型だけに離陸すると速力もあった。
空中港とは反対側にある通用口は、空中都市イル・ラヴァーリの裏口のような位置付けで、日常の人通りは、ほぼ無いに等しい。
二人の女将校アーベントロートとルパは、軍服に帯剣した姿で小型飛行船から降りると、人通りの無い路地を自治庁を目指して歩く。
二人は自治庁に到着すると、首相執務室へ行き、ノックして入る。
首相執務室では、アノーテが首相の席に座って収奪品の目録を検分していた。
アーベントロートは口を開く。
「失礼します。東方不敗より連絡将校として着任しましたアーバントロートとルパです」
アノーテは、収奪品の目録に目を向けたまま挨拶する二人の方を見る事も無く、感心無さそうに答える。
「御役目ご苦労。下がってよいぞ」
アーベントロートとルパは、敬礼すると無言で首相執務室を後にする。
廊下を歩きながらアーベントロートは呟く。
「何で私らが、あんな銭ゲバ女の心配をしなきゃならないんだ?」
ルパは答える。
「あの銭ゲバ女じゃ帝国軍には勝てませんよ。後から、あの銭ゲバ女に『東方不敗は何もしなかった』と言われないように、リッチは連絡将校として私らをここに派遣したのよ」
アーベントロートは、歩きながら頭の後ろで両手を組むと納得したように呟く。
「なるほどなぁ・・・。さすが、リッチ」
--飛行空母ユニコーン・ゼロ
--翌朝。
アレクは、自分の部屋で目覚める。
傍らのルイーゼは、アレクの腕の中で穏やかな寝息を立てていた。
ルイーゼの顔に掛かっている髪を指でそっと避けると寝顔を眺める。
アレクは、昨晩、ルイーゼと愛し合った閨事を思い出し、小声で呟く。
「ルイーゼ。愛してるよ」
眠っているルイーゼの額にそっとキスすると、起こさないようにベッドから起きて、椅子に座り鏡に映る自分の顔を見る。
昨日、振り切ったはずの一抹の不安が、再びアレクの頭をよぎる。
アレクは、机の引き出しを開けると、引き出しの中から化粧箱を取り出して蓋を開ける。
化粧箱の中には、帝室の紋章をあしらった正装用のマントを止めるブローチが入っていた。
皇宮から士官学校に入学する際に、母である皇妃ナナイがアレクに持たせた物であった。
アレクが化粧箱の中からブローチを手に取ると、同じタイミングでルイーゼが寝返りをうつ。
「・・・うぅん」
アレクは、寝返りをうったルイーゼを見詰めながら、手に取ったブローチを軽く握る。
(・・・母上。愛する者を守る力を下さい)
アレクは、ブローチに細い鎖を付けると、お守り代わりに首から下げて身支度を始める。
アレクが身支度を整えていると、ルイーゼが目覚める。
「アレク。もう起きてたの? ・・・早いのね」
アレクは、微笑みながらルイーゼに答える。
「ルイーゼの可愛い寝顔を見ていたところさ」
アレクの答えを聞いたルイーゼは、頬を赤らめてアレクに告げる。
「あぁん。もぅ・・・」
アレクとルイーゼが身支度を整えてラウンジに向かうと、ユニコーン小隊の仲間達は既にラウンジに集まって居た。
他の小隊と共に朝食を取り、集合時間の少し前に格納庫に向かう。
格納庫では、既にジカイラとヒナが皆の集合を待っていた。
集合時間になり、教導大隊の者達が格納庫に集まり整列する。
初陣とあって、一年生達は緊張した面持ちであった。
ジカイラは号令を掛ける。
「教導大隊、出撃! 目標、敵空中港!」
「おおっ!!」
アレク達は、小隊毎に駆け足で自分達の乗る飛空艇に向かう。
小隊全員が飛空艇に乗り込んだ事を確認したアレクは、整備員に告げる。
「ユニコーン小隊、出撃します!!」
「了解!」
整備員は、同僚と共にアレク達が乗る四機の飛空艇をエレベーターに押して乗せると、同僚の整備員に向かって叫ぶ。
「ユニコーンが出る! エレベーターを上げろ!!」
整備員が動力を切り替えると、飛行甲板に向けてアレク達が搭乗する四機の飛空艇は、エレベーターで上昇していく。
程なく、アレク達が搭乗する四機の飛空艇は、飛行甲板に出る。
上空の風がアレクの顔を撫でる。
アレクは、伝声管でルイーゼに告げる。
「行くよ。ルイーゼ」
「うん」
「発動機始動!」
アレクは、掛け声と共に魔導発動機の起動ボタンを押す。
魔導発動機の音が響く。
ルイーゼが続く。
「飛行前点検、開始!」
ルイーゼは掛け声の後、スイッチを操作して機能を確認する。
「発動機、航法計器、浮遊水晶、降着装置、昇降舵、全て異常無し!」
ルイーゼからの報告を受け、アレクは浮遊水晶に魔力を加えるバルブを開く。
「ユニコーン・リーダー、離陸!」
アレクの声の後、大きな団扇を扇いだような音と共に機体が浮かび上がる。
「発進!」
アレクは、クラッチをゆっくりと繋ぎ、スロットルを開ける。
プロペラの回転数が上がり、風切り音が大きくなると、アレクとルイーゼの乗る機体ユニコーン・リーダーは、加速しながら飛行甲板の上を進む。
やがて飛行甲板の終わりまでくると、二人の乗るユニコーン・リーダーは大空へと舞い上がった。
二人の乗るユニコーン・リーダーは飛行空母の上を旋回して、小隊の仲間が離陸してくるのを待つ。
直ぐにアルとナタリーが乗るユニコーン二号機が飛行空母を発進し、上昇してくる。
続いて、ドミトリーとナディアが乗るユニコーン三号機とエルザとトゥルムが乗るユニコーン四号機が飛行空母から発進して上昇してくる。
四機全てが揃ったユニコーン小隊は、他の小隊が揃うまで空母上空を旋回して待つ。
一年生達も次々と飛行空母から発艦して編隊を組み、教導大隊が揃った事を確認すると、空中都市イル・ラヴァーリを目指して、編隊を組んで向かって行った。