第三百一話 師事、南部方面軍合流
ルドルフは、上級騎士の剣技である『受け流し』と『斬り返し』を会得したいと胸の内をジカイラに打ち明ける。
ジカイラはルドルフに告げる。
「いいか、ルドルフ。『受け流し』ってのは、防御技だ。単独で使っても、防御にしかならない。『切り返し』と組み合わせて連続で使え」
「はい」
ジカイラは、自分の魔剣シグルドリーヴァを構えると、ルドルフに話す。
「ルドルフ。まずは『受け流し』からだ。剣を構えろ」
ルドルフは、ジカイラに言われた通りに自分の騎士剣を構える。
ジカイラはルドルフに告げる。
「『受け流し』は、相手の剣を自分の剣で受け、体捌きによって、相手の攻撃を自分の体の中心軸から外れるように流すんだ。・・・ゆっくりといくぞ」
ジカイラは自分の魔剣シグルドリーヴァを大上段に振り上げると、ルドルフに向けてゆっくりと下ろす。
ルドルフは、ジカイラに教えられたとおりジカイラの剣を自分の剣で受けると、ジカイラの剣から自分の体の中心軸が外れるように体捌きを行い、ジカイラの剣を受け流す。
ジカイラは、自分が教えたとおりにやって見せるルドルフを褒める。
「いいぞ。その体捌きだ。・・・何回か、繰り返すぞ」
ジカイラとルドルフが、数回、受け流しの練習を繰り返すと、ルドルフは、すぐに『受け流し』のコツを掴んだようであった。
(さすが、あのラインハルトの息子というべきか・・・才能がある)
ジカイラは、数回、練習しただけでコツを掴む、上達の速い教え子に目を細める。
ジカイラは口を開く。
「次は、『切り返し』だ・・・『受け流し』で相手の攻撃を防いだら、踏み込んで相手との間合いを詰め、返す刀の要領で相手を斬り伏せるんだ」
「はい」
ジカイラは、先の革命戦役で上級騎士であるアレクとルドルフの父、ラインハルトと一緒に数々の戦いを潜り抜けており、ラインハルトの剣技を間近で見ていた。
ラインハルトは、サーベルで相手の攻撃を『受け流し』、返す刀である『切り返し』の一太刀で相手を斬り伏せていた。近接戦最強の上級騎士ならではの『神速の一刀』であった。
ルドルフは、ジカイラと少し練習しただけで『受け流し』と『切り返し』を理解したようであった。
ジカイラは、自分の魔剣シグルドリーヴァを鞘に仕舞うとルドルフに告げる。
「ルドルフ。・・・『受け流し』と『切り返し』は上級騎士の主な剣技だ。一日一時間でも良い。出来る限り毎日練習すると良い」
「判りました」
「それじゃ、行くぞ。ヒナ」
ジカイラは、ヒナを連れて格納庫から自分達の部屋に戻ろうと歩き始める。
ルドルフは、自分達の部屋に帰ろうとするジカイラに声を掛ける。
「大佐」
「ん?」
呼び止められたジカイラは、ルドルフのいる、後ろを振り返る。
「ありがとうございました」
ルドルフはジカイラに頭を下げる。
ジカイラは、何も言わずにルドルフ達に背中を見せると、開いたままの右手を二回程振って自分達の部屋へ帰って行った。
ジカイラとヒナが去って行ったのを見計らって、ルドルフの彼女である魔導師の女の子アンナが、ルドルフに話し掛ける。
「・・・珍しいわね。貴方が他の人に頭を下げて、物事を教わろうなんて」
ルドルフは横目で、アンナを見ながら答える。
「自分一人で鍛錬を続けるよりも、上級騎士の剣技を知っている人間に教わった方が効率が良いからな」
アンナは座ったまま、顎に手を当てて微笑んで答える。
「ふ~ん。そうなんだ」
ルドルフは、怪訝な顔をしてアンナに尋ねる。
「・・・なんだ?」
アンナは、クスリと笑うとルドルフに答える。
「『大人になった』なぁ~って」
ルドルフは、少しムッとした顔で告げる。
「・・・男を茶化すものじゃない」
アンナは口元に手を当てると、再び微笑みながら答える。
「ごめんなさい」
アレク達だけでなく、ルドルフも大人への階段を登りつつあった。
-- 空中都市イル・ラヴァーリ 北方百キロの海上
翌々日。
ジカイラは、飛行空母ユニコーン・ゼロの艦橋にいた。
無数の大型艦の艦影が現れたと報告を受け、艦橋の窓から外を眺める。
ジカイラは、士官から望遠鏡を受け取ると、望遠鏡で艦影を確認しながら呟く。
「・・・定刻通り来たな。帝国南部方面軍を乗せた大型輸送飛空艇の輸送艦隊だ」
飛行空母ユニコーン・ゼロは、空中都市イル・ラヴァーリの北方百キロの海上で帝国南部方面軍と合流した。
輸送艦隊からの連絡艇がユニコーンゼロの飛行甲板に着艦する。
着艦した連絡艇が跳ね橋を降ろすと、跳ね橋から将官の軍服姿の三人の男女が降りてくる。
最初に降りて来たのは、帝国東部方面軍のトムタン大佐であった。
トムタン大佐に続いて、エリシス伯爵とその副官のリリーが降りてくる。
大型輸送飛空艇の艦隊は帝国東部方面軍に所属しており、輸送艦隊を率いているのはヒマジン伯爵の副官であるトムタン大佐であった。
そして、それらに乗艦している帝国南部方面軍を率いているのは、エリシス伯爵とその副官のリリーであった。
ジカイラとヒナは飛行甲板で三人を出迎えると、ヴェネト共和国軍に占領された空中都市イル・ラヴァーリの攻略について打ち合わせるべく、三人を貴賓室にエスコートする。
五人が通路を歩いていると、ミネルバとランスロットの二人に遭遇する。
ミネルバとランスロットは通路の端に身を寄せると、上官である五人に敬礼する。
エリシスは、敬礼するミネルバに目を留める。
エリシスは、ミネルバの前で立ち止まると微笑みながら話し掛ける。
「御機嫌よう。皇女様。・・・可愛いわね」
そう語りかけると、敬礼するミネルバの頬をエリシスは右手で優しく撫でる。
「・・・!!」
ミネルバは、人肌の温もりというものが全くしない、死体のような冷たい手で頬を撫でられ、全身に鳥肌が立つ。
身体には凍り付いたように緊張が走り、声は出さなかったものの、驚きで目を見開いてエリシスの顔を見る。
ミネルバから見たエリシスは、父である皇帝ラインハルトでさえ一目置く帝国四魔将の一人であった。
彼女は人間ではなく、不死者の頂点に立つ七百年以上を生きる不死王であり、畏怖していた。
一方のエリシスは、慈愛に満ちた目でミネルバを見詰めていた。
エリシスから見たミネルバは、想い人である皇帝ラインハルトの愛娘であり、皇妃ナナイの若かりし頃にそっくりであり、格別の思い入れがあった。
(皇妃様の若い頃にそっくり。そして、美しいアイスブルーの瞳は、あの人の・・・)
ミネルバに話し掛けたエリシスをリリーはたしなめる。
「エリシス。淑女に対して失礼ですよ」
エリシスは、微笑みながら答える。
「ごめんなさい」
二人にそう告げると、エリシスは再び歩みを進め、五人は通路の奥へと歩いて行く。
五人が通路の奥に姿を消すと、ミネルバとランスロットは安堵の息を漏らす。
「ふぅ・・・」
ランスロットは不思議そうにミネルバに尋ねる。
「皇女様って?」
ミネルバは苦笑いしながら答える。
「ただの冷やかしよ」
ミネルバの答えを聞いたランスロットは納得したように答える。
「そうか」




