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第二百九十七話 東方不敗

-- 空中都市イル・ラヴァーリ 自治庁 首相執務室


 ヴェネト共和国軍を率いてイル・ラヴァーリを占領したアノーテ・デ・ザンテは、自治庁の首相執務室にいた。


 アノーテは首相の椅子に座り、略奪品の目録を検分していた。


 アノーテは士官に指示を出す。


「奴隷商人達を呼べ。捕まえた市民たちを『競売』に掛ける。男はガレー船の漕ぎ手に、女は娼館に高く売れるだろう」


「判りました」


 首相執務室にヴェネト共和国軍の捕虜となったイル・ラヴァーリの首相が憲兵に両脇を掴まれ、引き立てられてくる。


 丸々と太った首相は舌鋒鋭く口を開く。


「貴様! そこはワシの席だぞ!!」


 アノーテは、悪びれた素振りも見せず首相に答える。


「今は、()()()だよ。 首相」


 首相は激昂して叫ぶ。


「ぐぬぬ・・・、貴様ぁ!!」


 アノーテと首相が睨み合っていると、兵士達が首相の飛行船から差し押さえた金貨の入った箱を運んできてアノーテの前に積み上げていく。


 アノーテは、箱のふたを開け、箱の中にぎっしりと詰め込まれたの金貨を検分する。


「ほほぅ! あるところには、あるじゃないか! 私のために溜め込んでいたようだ。素晴らしい量の金貨だ!」


 箱にぎっしりと詰め込まれた金貨を手に取って検分するアノーテに、首相が怒鳴り散らす。


「触るなぁ! ワシの金貨だぞ!!」


 アノーテは横目で首相を一瞥すると、侮蔑する目線で見下しながら答える。


「今は、()()()()だ。世の中、銭だよ? 首相」


 ヴェネト共和国軍士官の一人が首相執務室に入って来て口を開く。


「アノーテ閣下。首相一行の者が、このようなものを・・・」


 そう言うと、士官は羊皮紙の巻物をアノーテに手渡す。


 アノーテは、受け取った羊皮紙の巻物を広げて目を通す。


 首相に勝ち誇った薄ら笑みを浮かべていたアノーテだったが、受け取った羊皮紙の巻物に目を通して読み始めると、みるみるうちに顔から血の気が引いていき、わなわなと身体が震え始める。


 そして、激昂したアノーテは、首相の襟首を掴んで吠える。


「おのれ! 貴様! バレンシュテット帝国に救援要請を出していたのか!? 小賢しいマネを!!」


 首相は、高笑いしながら答える。


「ハハハハ! 帝国軍がここに向かっておる! もうすぐ、ここに着くぞ! お前達がデカい態度でいられるのも、今の内だけだ!!」


 顔色を変えたアノーテは、士官を呼び止める。


「東方不敗を呼べ!」




-- 空中都市イル・ラヴァーリ 空中港


 ヴェネト共和国軍飛行艦隊『東方不敗』を率いる将校達は、空中港の埠頭の一角に集まっていた。


 将校達の中には、女性の姿もあった。


 将校の一人は呆れたように口を開く。


「アノーテの奴。こんな非武装みたいな都市を占領するために、わざわざオレ達『東方不敗』を本国から呼びつけたってのか? ・・・あの銭ゲバ女め!」


 将校達のリーダー格の者は、(たしな)める。


「落ち着け、すつぬふ。オレ達がヴェネト共和国軍に籍を置く以上、やむを得まい」


 頬に傷跡のある、すつぬふと呼ばれた将校は答える。


「オレ達は、グレース王国からヴェネト共和国に亡命して来たが、騎士の誇りまでヴェネト共和国に売ったつもりは無いぜ? リッチ」


 口数の少ないリッチと呼ばれた将校達のリーダー格の者は答える。


「それは私も同じだ。騎士の誇りまで共和国に売ったつもりは無い。だからといって、グレース王国に戻るつもりもないが」


 すつぬふは笑う。


「違いない」




 東方不敗の将校達は、北部同盟のグレース王国出身であった。


 皆、優秀な騎士であったが、王位相続をめぐる宮廷での権力闘争に巻き込まれ、西方協商のヴェネト共和国への亡命を余儀なくされていたのだった。


 ヴェネト共和国軍では各地の戦場で勇猛果敢に活躍し、南大洋一帯で東方不敗を知らぬ者は居ないほど、その武名は轟いていた。




 空中港の埠頭に居る東方不敗の元にアノーテからの使いの士官が訪れる。


「皆さん、アノーテ様がお呼びです」


 リッチは答える。


「そうか」


 東方不敗の将校達は、自治庁の首相執務室に出向く。




 

-- 空中都市イル・ラヴァーリ 自治庁 首相執務室


 首相執務室では、アノーテ・デ・ザンテは東方不敗の将校達が来るのを待っていた。


 アノーテは、執務室に来た東方不敗の将校達に、首相が記した羊皮紙の救援要請の巻物を見せる。


 リッチは驚く。


「これは!?」


 すつぬふはリッチに尋ねる。


「どうした? 何が書いてあるんだ?」


 リッチは、すつぬふに巻物を見せながら答える。


「バレンシュテット帝国軍が、この街に来るようだ」


 リッチの言葉に東方不敗の将校達は驚く。


「何だって!?」


「帝国軍が!?」


「どういう事だ!?」


 すつぬふに巻物を手渡したリッチは、アノーテに尋ねる。


「・・・それで。我々、東方不敗にバレンシュテット帝国軍と戦えと?」


 アノーテは笑いながら答える。


「そうは言ってない。『帝国軍がこの街に来る』という事を、お前達に教えたかっただけだ」


「ほ~ぅ?」


 リッチは鋭い目付きでアノーテを睨む。


 すつぬふもアノーテにを睨み付ける。


「そんな事を伝えるために、空中港から、わざわざオレ達を犬コロみたいにここまで呼びつけたってのか?」


 東方不敗の女将校もアノーテを睨みつけて口を開く。


「オレ達をナメてんのか? 銭ゲバ女」


 リッチは、いきり立つ女将校をなだめる。


「落ち着け。アーベントロート」




 ヴェネト共和国は、通常の国家とは異なる有力(インフルエンテ・)商会(アジェンダーレ)の集合体であり、ヴェネト共和国では、商人達の社会的立場は高かったが、軍人達の社会的立場を低く見ていた。




 アノーテは、悪びれた素振りも見せず鼻で笑うと、東方不敗の将校達に侮蔑して見下した目線を向け、答える。


「帝国軍がここに来るが、お前達は手出し無用だ。何もするな。私がバレンシュテット帝国軍を打ち破ってやろう」


(空中都市イル・ラヴァーリ制圧の功績と財宝は、この私が頂く。亡命騎士の貴様らにくれてやる物など無い!) 


 すつぬふは、怪訝な顔で答える。


「おいおい。お前、頭、沸いてんのか? バレンシュテット帝国軍は、世界最強と言われてるんだぞ? 銭ゲバ女のお前が勝てる相手じゃねぇ!!」


 リッチは、右手をかざして悪態を突くすつぬふを遮ると、アノーテに告げる。


「・・・判った。我々、東方不敗は手出ししない。お前が帝国軍と戦え。我々は、ここから西に少し行ったハニアの街に移る」


 アノーテは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「それで良い。物分かりが良くて助かる」


 アノーテの答えを聞いたリッチは、首相執務室を後にする。




 部屋の外に出たリッチの後を、他の東方不敗の将校達が追い掛けて付いていく。


 すつぬふはリッチに尋ねる。


「良いのかよ? この空中都市を制圧した手柄も、この街の財貨も、あの銭ゲバ女は独り占めするつもりだぞ?」


 リッチは、微笑みながら答える。


「そんな事は、どうでも良い。・・・あの女は、()帝国(ライヒス・)騎士(リッター)を舐め過ぎだ。少し痛い目を見ると良い」


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