第二百八十話 敗走、撤退命令
退却したアレク達は、アレク達の後方にいる貴族組のバジリスク小隊と顔を合わせる。
突然現れて取っ組み合いを始めたストーンゴーレムと大木の怪物、それに退却してきたアレク達を見てキャスパー三世は驚く。
「あの怪物どもは、一体!? それに、中隊長!? どうしてここに?」
アレクはキャスパー三世に告げる。
「敵にダークエルフの集団がいる! 退却だ! 撤退するぞ!!」
「なに!? ダークエルフですと? ・・・了解!」
キャスパー三世はアレク達にそう答えると、自分達バジリスク小隊の後方に居る独立義勇軍の部隊に向かって、オカッパ頭の髪の毛を振り乱しながら叫び、撤退を先導する。
「お前らぁ! 退却だぁ! 撤退するぞ!!」
キャスパー三世の叫び声を聞いた独立義勇軍部隊は撤退行動を始める。
アルは、独立義勇軍の撤退を先導するキャスパー三世の様子を見て怪訝な顔で呟く。
「・・・あのオカッパ頭。珍しく積極的だな」
アルの呟きを聞いたエルザも怪訝な顔で呟く。
「・・・どういう風の吹き回しかしら??」
ナディアは、怪訝な顔で話しをする二人に、同じく怪訝な顔をして答える。
「単に、義勇軍相手に威張りたいだけなんじゃない??」
珍しく積極的なキャスパー三世の態度を疑問に思っていたのは、貴族組であるバジリスク小隊のメンバーも同じであった。
バジリスク小隊の女の子が怪訝な顔でキャスパー三世に尋ねる。
「・・・隊長。急にヤル気になって、どうしたんですか?」
キャスパー三世は、瓶底眼鏡の縁を指で持つと、ピントを合わせるように女の子の顔を見て、目を輝かせながら誇らしげにバジリスク小隊の仲間たちに答える。
「・・・『未曽有宇の大敗北。それを事前に回避する』。これは大武勲を挙げるのに等しい! お前らも! 撤退を急げ!!」
キャスパー三世の言葉を聞いたハルフォード子爵は、キャスパー三世の変わり身の早さに呆れてバジリスク小隊の女の子に呟く。
「はぁ・・・。ちょっと前まで『平民の下で働けるか!』とか、さんざん文句言ってたのにな。・・・あいつは蒸気戦車に轢かれても死なないタイプだろう」
シグマ達や蛙人兵団は、アレク達を深追いすることはせず、アレク達と独立義勇軍は、街の大通りから南西部を抜けて、ライン・マース・スヘルデの市街地の外まで無事、撤退する。
アルは口を開く。
「あいつら、追ってこないな」
ナタリーも口を開く。
「州都防衛の兵力は、街の外には出さないってことね」
ルイーゼはアレクに尋ねる。
「アレク。これからどうするの?」
アレクは答える。
「まさか、属州総督府にダークエルフの集団がいるなんて・・・。今の兵力で奴らと戦うのは危険だ。ジカイラ大佐とルドルフ、フレデリクにフクロウ便で連絡して、彼らと合流しようと思う」
地図を広げてアレクは説明する。
「今、オレ達が居るのは、ライン・マース・スヘルデ市の外の南西部だ。ここから市街地を避けながら移動して味方と合流しよう」
アルは、地図を覗き込みながら口を開く。
「そうだな。一息着いたら、暗くなる前に移動しよう。じゃないと、野営が大変だ」
アルの言葉に小隊一同が納得する。
アレクは、羊皮紙を取り出して一筆したためると、独立義勇軍の連絡係にフクロウ便で送るように言伝する。
--夕刻。
おおよその目的地に着いた頃には陽が傾き始め、アレク達と独立義勇軍は、野営の準備に取り掛かる。
小隊の女の子達、ルイーゼ、ナタリー、エルザ、ナディアは夕食の支度を行う。
アレク、アル、トゥルム、ドミトリーは、手際良くテント設営を済ませると、焚火の周囲に集まる。
程なくフクロウ便での知らせがアレク達の元に届く。
アレクは、フクロウ便で届いた巻物の封印を切って、羊皮紙に書かれた書類に目を通す。
ルドルフ達グリフォン小隊、フレデリク達フェンリル小隊は、それぞれ一斉蜂起の作戦が成功して独立義勇軍が二つの都市を掌握。
二つの小隊はアレク達と合流するべく向かうとの旨が記されていた。
アレクを驚かせたのは、ジカイラからの命令書であった。
『ゾイト・ホラントへ撤退せよ』との撤退命令であった。
アレクは野営の焚き火を囲んで一人、佇む。
ルイーゼの目には、アレクが落ち込んでいるように見えた。
アレクの隣にルイーゼが座り、話し掛ける。
「アレク。どうしたの?」
「んん?」
アレクは力無く返事をすると、ルイーゼに答える。
「オレ達が属州総督府を叩いて、総督を捕らえて義勇軍が勝ち、ホラント独立を成功させてたら、きっと父上も私を認めてくれたと思うんだ。・・・勝ちたかったな・・・って」
アレクは、力無く続ける。
「ジカイラ大佐も、ルドルフも、フレデリクも作戦を成功させた。・・・なのに、中隊長のオレだけが失敗して・・・。悔しいな」
ルイーゼは、微笑みながらアレクに告げる。
「アレク。そんなに焦らなくても・・・」
焚火を囲むアレクとルイーゼの元にアル達がやって来る。
アルは口を開く。
「二人とも、ここに居たのか。・・・って、どうしたんだ?」
ルイーゼは、アル達に経緯を話す。
アルは、呆れたように二人に話す。
「まぁ、・・・しょうがないだろ? まさか属州総督府にダークエルフの集団がいたなんて、誰が想像できた? 想定外さ。・・・それに、二人はダークエルフが相手でも、互角に戦っていただろ?」
アルは、アレクの隣に座ると話を続ける。
「ダークエルフは手強い。・・・悔しいけど、オレじゃ、まるで歯が立たなかった」
そこまで話すと、アルは先の戦闘で、ダークエルフのフィリーナにレイピアで貫かれた左肩の傷跡を右手の指先でなぞる。
ナタリーもアルの隣に座って口を開く。
「アレク。気にし過ぎよ」
トゥルムも座って焚火を囲む列に加わり、口を開く。
「うむ。アルだけではない。私もダークエルフには、全く敵わなかった。それに、父の仇であるロロトマシも討てなかった。悔しいのは私も一緒だ」
エルザも同じく口を開く。
「まぁ~、悔しいけど、ダークエルフが強敵なのは、エルザちゃんも認めるわ。剣術の腕なら負けないけど、あいつら魔法や飛び道具も使ってくるし」
ナディアもエルザに続いて口を開く。
「そうよ~。お姉さんのとっておきのストーンゴーレムを防ぐなんて。・・・あんな大木の怪物、初めて見たわ」
ドミトリーも口を開く。
「拙僧なんて、ダークエルフ達の動きを追う事さえできなかった。中堅職である我々の力量不足で、上級職の隊長とルイーゼの足を引っ張ったのだ。隊長が落ち込む必要なんて無いだろう」
仲間たちの言葉にアレクは少し元気を取り戻す。
「みんな、ありがとう」