第二百七十三話 取引と蜂起
アレク達がカスパニア領ホラントの州都であり属州総督府のあるライン・マース・スヘルデに向けて馬車を進めていると、ジカイラからのフクロウ便がアレク達の乗っている馬車に届く。
フクロウ便から受け取った御者は、小窓を開けると羊皮紙の巻物をアレクに渡す。
「若旦那。フクロウ便の手紙でさぁ」
「ありがとう」
アレクは、御者が小窓から差し入れてきた手紙を受け取ると、封印を切って読む。
羊皮紙に綴られた手紙を読んでいるアレクにルイーゼが尋ねる。
「大佐は何て・・・?」
「カスパニア軍の物資集積基地への襲撃は、うまくいったらしい」
エルザは、感心したように口を開く。
「さすがジカイラ大佐。あの二人は『黒い剣士と氷の魔女』と呼ばれるだけ、あるわね~」
ナディアも口を開く。
「大佐達と一緒に行ったあの人も有名人なんでしょ?」
ルイーゼは答える。
「マイヨ大尉ね。『ホラントの蒼き鷹』と呼ばれる魔法騎士の・・・」
ルイーゼの言葉にエルザは呟く。
「スラっとした背の高いイケメンだけど、冷たい感じの人ね。チラッとしか見たことないけど」
アレクも口を開く。
「帝国四魔将のヒマジン伯爵と『どちらが大陸最強の魔法騎士か?』と並び称されていたみたいだからね。・・・今頃、カスパニア軍や属州総督府は大騒ぎだろう」
アレクの推理は、当たっていた。
--カスパニア領 属州ホラント 州都ライン・マース・スヘルデ 属州総督府
カスパニア領である属州ホラントを預かる総督アルベルト・ラーセンは、執務室で落ち着かずにいた。
丸々と太った身体で自分の椅子に座っていたが、机の上で頻繁に何度も両手を組み替え、机からだらしなくはみ出した右足は、間断無く貧乏揺すりを続ける。
ヘメーンテ・デルフトの物資集積基地が『反乱軍に襲撃された』という報告を受けると、側近達に尋ねる。
「反乱軍だと?・・・どういう事だ? 『黒い剣士と氷の魔女』、それに『ホラントの蒼き鷹』が揃って反乱軍と共にヘメーンテ・デルフトの物資集積基地を襲撃するとは!!」
総督であるアルベルトから尋ねられ、側近達は互いに顔を見合わせる。
側近の一人は答える。
「・・・判りません」
アルベルトは、側近達に向かって怒鳴り散らす。
「『判りません』じゃない! 直ぐに調査しろ! ホラントのカスパニア全軍をヘメーンテ・デルフトに向かわせろ!」
側近達は恐縮しながら答える。
「ははっ!」
アルベルトは執務室で自分の席に座ると、両手で自分の頭を抱えながら呟く。
「反乱軍など、ホラントのどこに潜んでいたのだ? ・・・先の戦争から二十年近く隠れていたというのか? ・・・『黒い剣士と氷の魔女』は、港湾自治都市群でカスパニア軍を撤退させたほどの者達。それに、先の戦争で死んだはずの『ホラントの蒼き鷹』まで反乱軍と一緒に現れるとは。・・・どうする? どうする?」
こうして、属州総督府からホラント各地のカスパニア軍に対して『ヘメーンテ・デルフトへ集結せよ』と伝える早馬の伝令が出される。
アルベルトは早馬を出し終えると少し落ち着きを取り戻し、深い溜息を吐く。
「ふぅ・・・」
突然、執務室のドアがノックされた後、開けられる。
「総督。だいぶ、お困りのようだな?」
アルベルトは執務室のドアの方を見る。
執務室に現れた声の主の姿は、褐色の肌に尖った耳。
意匠を凝らしたミスリルの鎧を身に付け、レイピアを腰から下げている。
ダークエルフの魔法騎士、シグマ・アイゼナハトであった。
アルベルトは、シグマの姿を見て嬉々として喜ぶ。
「おぉ! シグマではないか! 良いところに来た! 実は、早急に援軍が欲しいのだ」
シグマは、怪訝な表情をする。
「・・・援軍だと?」
「『黒い剣士と氷の魔女』、それに先の戦争で死んだはずの『ホラントの蒼き鷹』まで、反乱軍と一緒に現れたのだ!!」
アルベルトの話を聞いたシグマの目付きが鋭いものに変わる。
「ほぅ・・・? 『黒い剣士』・・・」
アルベルトは続ける。
「そうだ。早急に傭兵団、それと食人鬼が欲しい」
シグマは歪んだ笑みを顔に浮かべながら、アルベルトからの要望に回答する。
「すぐに用意できる食人鬼は、四体。傭兵団は、およそ五千。・・・食人鬼は、一体当たりプラチナ貨百枚。傭兵団は、同数の奴隷と交換だ。それで良ければな」
「むぅ・・・」
ダークエルフ側から法外な取引価格を吹っ掛けられ、アルベルトの顔が一瞬、引きつるが、背に腹は抱えられず、アルベルトは承諾する。
「判った! その値段で良い。すぐ手配してくれ!」
シグマは、勝ち誇った笑みを浮かべるとアルベルトに告げる。
「すぐに用意するとしよう」
--翌々日
朝、アレク達の馬車は、ホラントの州都ライン・マース・スヘルデ郊外の森の傍にある廃農家の前に到着する。
アレク達は馬車を降りると、御者に料金を払って帰した。
「まいど」
無愛想な御者は料金を受け取ると、来た道を帰って行った。
帰って行く馬車を見送りながら、ルイーゼはアレクに話し掛ける。
「帰ったわ」
「ああ」
アレク達は廃農家の中に入ると、奴隷商人の変装姿から戦闘装備へと装備を改める。
帝国騎士の装備に改めたアレクが呟く。
「やっぱり、こっちのほうが落ち着くな」
ルイーゼは悪戯っぽく微笑みながら答える。
「あら? 奴隷商人の若旦那姿も似合っていたわよ?」
「そうかな?」
エルザとナディアも奴隷服から、それぞれビキニ・アーマーと布鎧に着替える。
ビキニ・アーマーに着替えたエルザは、アレクに向かって口を開く。
「やっぱり、ユニコーンの獣耳アイドル・エルザちゃんは、これじゃないとね!」
着替えを済ませたナディアも、アレクに話し掛ける。
「ふふふ。私には、こっちのほうが似合うでしょ・・・? どう? アレク??」
ナディアはそう言うと、布鎧の腰のスリットに指を掛け、黒の下着をチラっとアレクに見せる。
アレクは、一瞬、ナディアの黒い下着に目を奪われるが、直ぐに目を反らして答える。
「・・・似合っているよ」
いつもの装備に着替えたトゥルムとドミトリーもアレク達の元にやってくる。
トゥルムは口を開く。
「我々の準備はできたぞ」
トゥルムの言葉にドミトリーは大きく頷く。
着替えを済ませたアルとナタリーはアレク達の元にやってくる。
アルは、アレクに告げる。
「さて・・・。そろそろ、行こうぜ!」
「ああ」
戦闘装備を済ませたアレク達が廃農家から外に出ると、森の中からホラント独立義勇軍の者達が現れてアレク達の前に集まってくる。
義勇軍の兵士の一人はアレクに尋ねる。
「議長が言っていた援軍って、貴方達か?」
アレクは、ルイーゼを紹介しながら答える。
「そうだ。私は、バレンシュテット帝国中央軍 教導大隊アレキサンダー・ヘーゲル大尉。こちらは副官のルイーゼ少尉だ」
アレクは続ける。
「これより我々は、属州総督府を攻撃する。諸君らは私達に付いて来て欲しい」
独立義勇軍の兵士は答える。
「判りました。それで・・・属州総督府を、どう攻撃するつもりですか?」
アレクは答える。
「正面から堂々と。・・・行くぞ!!」
アレクが号令を掛けると、ユニコーン小隊は隊列を組んで属州総督府を目指して行進し始めた。
独立義勇軍の兵士達も隊列を整えてアレク達に続く。
この日。
物資集積基地を襲撃したジカイラからフクロウ便を受け取った教導大隊の各小隊は、それぞれ目標となる施設に対して一斉に作戦行動を始め、それに合わせてホラント独立義勇軍は、ホラント各地で一斉に蜂起する。
ホラント独立戦争、属州総督府を巡るアレク達の戦いが始まろうとしていた。