第二百六十三話 父の仇、領主の館
トゥルムに紹介されたアルは、酔っていた事もあり、仰々しく決めポーズを取ると上機嫌で名乗りを上げる。
「我こそは、『黒い剣士』こと帝国無宿人ジカイラが一子、アルフォンス・オブストラクト・ジカイラ・ジュニア! 『アル』と呼んでくれ! みんな、よろしくな!!」
酔っておどけるアルに、笑顔で蜥蜴人達は笑顔で答える。
「こちらこそ」
「よろしく」
ダグワは、楽しそうに談笑するトゥルムやアル、アレク達を眺めながら感慨深げに呟く。
「・・・我が跡取りの恩師が黒い剣士殿で、相棒がその御子息とは。・・・これも運命か」
ダグワはそう呟くと、トゥルムに熱く語り掛ける。
「トゥルム。お前は立派な戦士になった。黒い剣士殿と我がドルジ一族との縁について話そう。覚えておくといい。・・・かつて港湾自治都市群の領主にお前の母クランが誘拐されたことがあった。そして、港湾自治都市群に潜入して無事にクランを救い出してくれたのが、黒い剣士殿なのだ」
(※詳細は、拙著『アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女』を参照)
トゥルムは、ダグワの話に驚く。
「お爺。その話は、初めて聞くぞ」
ダグワは続ける。
「うむ。『娘を攫われる』など武門の恥。だから話していなかったのだ。・・・それと、もう一つ。お前の父を殺した蛙人についてだ」
トゥルムは、呟く。
「父を殺した蛙人・・・」
ダグワは、重苦しく告げる。
「蛙人の族長だ。名はロロトマシ。空を飛ぶ大きな鉄鍋に乗り、太ったガマガエルのような姿をしている。雷撃魔法の使い手だ」
父の仇の名を聞いたトゥルムの目付きが変わる。
「・・・それで、お爺。ロロトマシはどこに居る?」
ダグワは、答える。
「我らとの戦いに敗れた後、蛙人達は湖から竜王山脈の北に逃げて行った」
ナディアは、話を聞いて尋ねる。
「竜王山脈の北って・・・?」
ルイーゼは、ナディアに答える。
「・・・ここから竜王山脈を越えた北側は、カスパニア領ホラントよ」
ナタリーは、口を開く。
「カスパニア領ホラントって!」
ドミトリーは、ナタリーに答える。
「・・・我々がこれから向かう先だ」
父の仇であるロロトマシと蛙人達がホラントに逃げ込んだという事を知ったトゥルムは、再び鴨居に飾ってある朱槍に目を向けると、無言で何かを考えるように目を細める。
しばしの沈黙の後、ダグワは口を開く。
「皆さん、今日はこのまま、ここに泊まっていくといい」
アレク達は、二人一組でそれぞれ部屋を借りて休む。
--翌朝。
アレク達は、早朝にトゥルムの実家を後にし、デン・ホールンの駅に向かう。
アレク達が借りていた馬車を返して駅に戻ると、駅の入り口でジカイラとヒナに出会い、驚く。
ジカイラとヒナの二人は、ホラントに潜入するために冒険者に偽装していた。
ジカイラは、アレク達に声を掛けてくる。
「奇遇だな。別々に出発したのに、お前達と一緒になるとは」
アレクは、答える。
「そうですね。お二人は『冒険者』ですか?」
ジカイラとヒナは笑顔で答える。
「おうよ!」
「そうね」
ジカイラとヒナの冒険者姿は様になっており、旅慣れた『歴戦の勇者』といった出で立ちであった。
ジカイラは、駅舎の時計を見ながら口を開く。
「・・・まだ出発まで時間があるな。この街の領主に挨拶でもしてくるか」
ヒナは答える。
「そうね。ここに来るのも久しぶりだし」
ヒナの答えを聞いたジカイラは、アレク達に告げる。
「お前達も来い。ここの領主を紹介する」
「判りました」
アレク達とジカイラ、ヒナの二人は、駅からデン・ホールンの領主の館に向かう。
デン・ホールンの領主の城は、辺境の街の領主だけに、豪華なバレンシュテット帝国の貴族の城とは比べるべくも無く、『城』というよりは『小さな砦と館』を一緒にしたような質素な城であった。
アスカニア大陸において、領主とは『辺境の町や都市を治める者』でしかなく、身分的な序列は、皇帝>>>王>上級貴族>下級貴族>準貴族>領主>騎士>平民>亜人および賤民>奴隷(※帝国には奴隷はいない)の順番になっている。
従って、領主は広大な領地を持つ貴族より身分は低く、皇宮に参内する事も、皇帝に謁見することすら許されていない。
アレク達とジカイラ、ヒナの二人は、デン・ホールンの領主の城に入り、謁見の間に通される。
領主は、必要最低限の物を揃えただけの、質素な謁見の間にいた。
年老いた領主は、ジカイラ達を見るなり、驚いて椅子から立ち上がる。
「まさか!?」
領主は、それだけを口にすると絶句して固まる。
ジカイラは悪びれた素振りも見せず挨拶する。
「十七年振りか。・・・久しぶりだな。アイゼンブルク殿」
デン・ホールンの領主アイゼンブルクは、ジカイラ達の元に駆け寄ると、ジカイラの両手を握って挨拶する。
「お二人共、十七年振りですな! ジカイラ殿! それにヒナさんも! 事前に連絡をくれれば出迎えたというのに!!」
ジカイラは苦笑いしながら答える。
「突然訪れてすまない。任務で、たまたまこの街に来たんでな」
「お二人は、この街の恩人。いつでも歓迎致しますぞ。・・・そちらの者達は?」
「ああ。オレの部下と言うか、教え子たちと息子だ」
そう言うとジカイラは、アレク達とアルをアイゼンブルクに紹介する。
アルは、一歩前に出るとアイゼンブルクに名乗る。
「アルフォンス・オブストラクト・ジカイラ・ジュニアです」
アルの顔を眺めながらアイゼンブルクが呟く。
「立派な若者で。・・・お二人の面影がありますな」
そうこうしていると、謁見の間にアイゼンブルクの娘のツバキとホドラムがやって来る。
「ジカイラさん! ヒナさん!!」
「お二人共、お久しぶりです」
「久しぶりだな」
「元気そうね」
ホドラムはツバキと結婚して、入り婿として補佐役になっていた。
ジカイラ達にはお茶とお茶菓子が振舞われ、しばしの間、昔の思い出話で盛り上がる。
(※詳細は拙著『アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女』を参照)
皇帝ラインハルトの采配により、デン・ホールンの町には北西鉄道の駅と車両基地が作られ、喉かな田舎町だったデン・ホールンは発展しているという。
ジカイラは口を開く。
「そろそろ汽車の時間だな。・・・また来るよ」
ヒナも口を開く。
「皆さん、お元気で」
そう告げるとジカイラ達は領主の館を後にし、デン・ホールンの駅に向かう。
アレク達は奴隷商人に変装すると、ジカイラ達と共に駅から汽車に乗り込む。
アレク達の乗った汽車は定刻通りに発車し、北西鉄道を港町デン・ヘルダーへと向かう。