第二十五話 手紙
--皇宮
皇妃ナナイの元に、士官学校にいるルイーゼからフクロウ便で報告書が届く。
アレクの『目付け役』であるルイーゼからの報告書といっても、内容はルイーゼの育ての母であるナナイに宛てた、娘からの近況報告に近い。
ナナイは、皇帝の私室の一角にあるテラスに近い円卓の席に座り、紅茶を片手に羊皮紙に書かれた報告書に目を通す。
報告書には、アレクたちの近況が記されていた。
アレクたちが仲間のために体を張って補給処で乱闘したことや、階段の踊り場でのアレクとジークとの一件。
二人が飛空艇で遭難し、一晩中、ルイーゼがアレクに抱かれて温めて貰っていたこと。
帝都の店で小隊全員が装備を揃えたこと。路地裏で腹筋同盟というチンピラ達を相手に戦い、小隊が勝ったことなどが記されていた。
「まぁ……ふふふ」
微笑ましい出来事を綴るルイーゼからの報告書の内容に、ナナイは自分の士官学校時代の思い出と重なり、顔が綻ぶ。
ナナイは、ルイーゼがアレクに恋心を抱いている事、同様にアレクもルイーゼに恋心を抱いている事にも気が付いていた。
だからこそ、ナナイは、ルイーゼをアレクの目付役として一緒に士官学校に行かせた。母は『何でもお見通し』であった。
ナナイが報告書を読んで気に留めたのは、『腹筋同盟』と『フナムシ一家』の事である。
ナナイは、士官学校にギャング団の息の掛かった者達がいる事は放置出来ないと思い、ラインハルトに相談しようかと考えていた。
程なく、皇帝の私室に皇帝ラインハルトがやってくる。
ラインハルトは、長男である皇太子のジークフリートからの上申書を手に、ナナイの向かいの席に座る。
「ナナイ。相談がある。私の元へジークからの上申書が届いた。『軍人として戦場に行かせて欲しい』と書いてある」
そう言うとラインハルトは、ジークからの上申書をナナイに見せる。
「まぁ……」
「いささか、ジークは背伸びしようとしている感はあるが、百回の座学より一回の経験のほうが重要だろう。私はジーク自身が望むとおり、戦場へ行かせようと思う」
自分の考えを語るラインハルトにナナイは微笑んで答える。
「『大人の仲間入りがしたい年頃』なのよ。……判りました。それで、どこへ? ……『戦場』といっても、革命戦役以降、バレンシュテット帝国本土は平和そのものよ? せいぜい、辺境での国境紛争とか、獣人の部族の反乱とか、小競り合いのような事しか」
「ちょうど、帝国東南部の辺境にあるヨーイチ男爵領で、獣人の部族が国境を越えて侵入してきて、揉めているらしい。その鎮圧に当たらせようと思う」
ナナイが眉間にシワを寄せ、苦笑いする。
「ヨーイチ男爵って……」
ナナイの言葉にラインハルトも苦笑いする。
「そう……キャスパー・ヨーイチ男爵の実家さ。本人は廃嫡されて、現在は甥がキャスパー・ヨーイチ三世となっているようだ」
ナナイは、士官学校時代、ユニコーン小隊時代と先代のキャスパー・ヨーイチ男爵に言い寄られていた事があった。
士官学校では、無礼を働いたキャスパーをビンタ一撃でノックアウトし、ユニコーン小隊では、言い寄ってくるキャスパーに対して『自分のお腹には、もうラインハルトの子供がいる』と言って完全にキャスパーを振っていた過去があった。
そのキャスパーの実家であるヨーイチ男爵家は、暴力革命の際に革命政府側に付いた罪で減封処分(※領地が減らされる罰)と、帝国東南部の辺境に転封処分(※領地を移される罰)を受けていた。
ナナイは紅茶を淹れながら、ラインハルトに尋ねる。
「ジークが鎮圧に当たる獣人って、どんな連中なの?」
ラインハルトは、ナナイが淹れた紅茶を飲みながら答える。
「原始的な文明しか持たない鼠人らしい」
ナナイは怪訝な顔をする。
「鼠人?」
「そうだ。鼠人なんて、私も初めて聞いた獣人種族なので、帝国情報部にいるケニーに調べさせたんだ」
鼠人。
鼠の獣人で、地面に穴を掘って居住し、部族単位で原始的奴隷制社会を営む。
主な武装は、剣と木槍、木盾、革鎧。投石器。
特徴としては、極めて不衛生な環境を作るため、居住地域の周囲に疫病を蔓延させる他、爆発的な繁殖力を持つため、常に食糧不足で飢えており、食糧が無くなれば同族でも捕食する。
新大陸南部と獣人荒野に生息していたと思われるが、獣人荒野の部族は、絶滅が確認されていた。
ラインハルトが続ける。
「鼠人は、絶滅したのではなく、食糧を求めて獣人荒野から大陸東部へ移動していたのだろう。『原始的な文明しか持たない』というから、ジークの初陣には手頃な相手だと思う」
ナナイは口元に手を当て、微笑みながら答える。
「うふふ。……貴方は、ジークに甘いのですね」
ラインハルトは顎に手を当てて、考える素振りを見せる。
「……そうだ。ジークの初陣のついでに、士官学校の学生達にも実戦を経験させよう。ちょうど良い機会だ」
こうして、皇太子ジークフリートの初陣に合わせて、士官学校の学生達も帝国東南部の辺境へ派遣されることとなった。