第二百五十八話 帝都での買い出し、ソフィアの帰郷
-- 翌日。
アレク達は朝食の後、準備を整えて士官学校から帝都へ向けて出発する。
士官学校の敷地内にある駅から鉄道で帝都へ行き、商店街に偽装に必要な小道具や変装の衣服の買い出しに向かう。
商店街を歩きながらアレクは呟く。
「奴隷商人に変装するのは良いけど、奴隷商人って、どんな服を着ているんだ?」
アルは、アレクと並んで歩きながら答える。
「まぁ、『商人』に見えれば良いんじゃね?」
アレクは、周囲を見回しながら答える。
「『商人』か・・・」
アレクが商人の服装についてあれこれと考えていると、轟音と共に突然、辺りが暗くなり、陽が陰る。
思わずアレクが空を見上げると、商店街に大きな影を落としながら上空を巨大な飛行戦艦が通過していく。
空を見上げるアレクの瞳に空を飛ぶ純白の巨大な船体が写る。
帝国軍総旗艦ニーベルンゲンであった。
--皇宮
ラインハルトとジーク、アキックス伯爵に三人は、皇帝の私室に居た。
ラインハルトは口を開く。
「ジーク。ソフィアをキズナにある実家に帰したほうが良いのではないか? 大戦の勃発により、皇宮には各国の外交使節がひっきりなしに訪れ、慌ただしい。ソフィアが公務を休んでいるとはいえ、落ち着かないだろう。妊婦には、ストレスの掛からない、静かで落ち着く環境のほうが良いと思うのだが」
ラインハルトの言葉にジークも同意する。
「そうですね。父上のおっしゃる通りです。私もトラキアに向かわねばなりません。皇宮に身重のソフィアを一人で残すより、キズナにあるソフィアの実家で祖父のアキックス伯爵が側にいたほうがソフィアも心強いでしょう」
アキックスは答える。
「我が孫娘に過分なお心遣い、痛み入ります」
ラインハルトは微笑む。
「御前会議の時に言っただろう? 『アキックス伯爵には、他に頼みたい任務がある』と」
アキックスも微笑む。
「なるほど。そういう事でしたか」
ラインハルトは口を開く。
「ジーク。トラキアに行く前に、ソフィアを連れてキズナに寄って行け。ニーベルンゲンを皇宮に呼んである」
ジークは答える。
「判りました。アキックス伯爵もキズナまで御一緒しましょう。・・・ソフィアの事です。『実家には戻らない』と駄々をこねるかもしれませんので」
ジークの言葉を聞いたアキックスは、豪快に笑う。
「ハハハ。その時はお任せ下さい」
この後、ジークはソフィアの元を訪れて、出産まで実家で静養するように伝えると、ジークの懸念を他所に、ソフィアはジークからの言葉を素直に聞き入れた。
ソフィアとしては、ジークの子を身籠って以来、ジークが何かと理由を付けて自分に会いに来ることが嬉しかったが、ジークは皇太子であり、『皇帝の右腕』として実績を作らねばならない時でもあるため、ジークが心置きなくトラキア開拓事業に専念できるようにする事が皇太子正妃である自分の務めだと理解していた。
ジークと四人の妃達、アキックス伯爵を乗せ、帝国軍総旗艦ニーベルンゲンは、一路、アキックス伯爵領の州都キズナへ向かう。
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アレクは、商店街の通りから飛行戦艦ニーベルンゲンを見上げたまま動かず、見詰め続ける。
アルは、その様子を見てアレクに話し掛ける。
「アレク、どうしたんだ?」
アレクは、アルからの問い掛けに答える。
「ニーベルンゲンだ」
ルイーゼは、二人に話し掛ける。
「・・・あれ一隻で単独行動しているってことは、おそらく乗っているのは皇太子殿下ね」
「そうだな・・・」
アレクはそう答えると、小隊の仲間達がニーベルンゲンを見詰め続けるアレクに注視している事に気が付き、思い出したように呟く。
「商人に変装する服を買わないとね」
ルイーゼはアレクの手を取り、通りに面した商店で見繕った服を見せる。
「アレク。これなんか、どう?」
ルイーゼは、商店の陳列から紫色のサテン地のドルマンとバーヌースを手に取り、アレクに見せる。
アレクは、皇宮育ちで商人の服装など想像もつかないため、ルイーゼに勧められた服を手に取る。
「ちょっと、着てみるよ」
アレク達は商店街の服飾店の中に入ると、店員に話してあれこれと試着し始める。
アレクはルイーゼに勧められるまま、紫色のサテン地のドルマンとバーヌースを着て、ターバンを被り、孔雀の羽飾りを着ける。
着替えたアレクは、高級感のある紫色のサテン生地のゆったりとしたスタイルで上品にまとまっていた。
アルは、アレクの変装を見て冷やかす。
「アレク、なかなか似合ってるぞ。どこから見ても、金持ち商人の二代目だ」
アレクは、苦笑いしながら答える。
「そうかな?」
ルイーゼは、アレクの変装姿を頭から足元まで眺めて呟く。
「もうちょっと、こう・・・」
エルザは、二人のやり取りを見ていて口を挟む。
「なんか、カスパニアに行くのに上品過ぎるわね。コレを二つ首に下げてっと・・・」
そう言うと、エルザは、金でできた大小ネックレスを二つアレクの首に掛ける。
アレクは、鏡で自分の姿を見て苦笑いしながら呟く。
「うわぁ・・・。『金のネックレス』って・・・」
アルも苦笑いしながら呟く。
「これは・・・さすがに趣味悪いな」
ナタリーも笑い声をあげながら冷やかす。
「なんか、いかにも『成金商人の二代目』って、感じね」
エルザは、アル達の言葉を聞いて力説する。
「それで良いのよ! そ・れ・で! アレクは『金持ちの奴隷商人の主人』になるんだから、成金趣味にしないとね!!」
エルザの説明を聞いた小隊の仲間達は苦笑いする。
ルイーゼは、アレクと同じ紫色のサテン地のチューダーガウンを選んで試着すると、アレクに見せに来る。
「試着してみたんだけど、どうかな?」
胸元と背中が開けた特徴がある、腰のくびれを強調したドレスは、スタイルの良いルイーゼに良く似合っていた。
アレクは微笑みながら答える。
「良く似合っているよ」
ルイーゼは笑顔で答える。
「ありがとう」
二人のやり取りを見ていたナディアとエルザが早速、ルイーゼをイジり始める。
ナディアは、口を開く。
「こんなに胸元を開けて! アレクを誘惑するつもりね! ルイーゼ、エロい! エロいわ!!」
エルザは、両手でルイーゼの腰を掴んで解説する。
「まったく! 主張の激しい、このお尻は! 『十人でも子供を産めますよ』と主張してるわよ!!」
「ええっ!?」
ナタリーは、三人のやり取りを見ていて止めに入る。
「二人とも、止めなよ~」
二人は、止めに入ったナタリーのメイド服姿を見て、次にナタリーを標的にする。
エルザは、口を開く。
「ああっ! ナタリー、ズルい! ちゃっかり、自分だけ可愛らしいメイド服着て!!」
ナディアも口を開く。
「大人しいと思ったら、一人だけ抜け駆けしてたわね!」
「そんな!」
アレクは、寸劇のようなやり取りを繰り広げる二人を窘める。
「二人とも、じゃれるのはその辺にして、自分の服を決めろよ」
アレクに窘められ、二人とも自分の服を選び始め、ナディアは思い出したように口を開く。
「そうね! 着るものを選ばないとね!」
エルザは疑問を口にする。
「けど、奴隷の服装って・・・? 奴隷ってどんな服着てるの??」
ドミトリーは、したり顔で答える。
「・・・奴隷が着ているのは、一番安いウール地の服だ。拙僧とトゥルムは、もう決めたぞ」
ドミトリーとトゥルムが選んだのは、ウール地の農作業服であった。
「そうなんだ」
二人は驚いたように答えると、ウール地のシンプルな服を選ぶ。
ナディアは、服を手に呟く。
「これで良いわ」
エルザもナディアに続く。
「私も」
二人のシンプルで地味な服を選んだ意外な選択に皆は驚く。
アルは、口を開く。
「意外にシンプルな服を選んだな」
ナディアは、答える。
「服なんて、何でも良いのよ。ベッドの中じゃ脱ぐんだし・・・」
エルザもナディアに続く。
「そうよ! 何を着ても、アレクに脱がされるんだから、一緒よ!!」
アレクは、二人の答えを聞いて苦笑いする。
変装の衣装が決まったアレク達は、次に商店街の金物屋を訪れる。
アレクは、呟く。
「これを・・・買わないとな」
アレクが買ったのは、奴隷役の四人を繋いでおく『鉄鎖』であった。
買い物を終えたアレク達は、再び帝都の駅に向かう。
トゥルムは口を開く。
「隊長。鉄道に乗っている時は、変装しないのか?」
アレクは、苦笑いしながら答える。
「港湾自治都市群までは、このままで行こう。・・・帝国内で奴隷商人に扮したら、帝国軍に捕まっちゃうよ」
トゥルムは、アレクの答えを聞いた笑う。
「ハハハハ。確かに。帝国内で奴隷商人の恰好をしたら、逮捕されるな」
アルは、アレクに尋ねる。
「アレク。帝都から港湾自治都市群へ鉄道で向かうのか?」
アレクは答える。
「うん。北西鉄道を使って、港湾自治都市群へ行こう。そこから海路でカスパニアに潜入しよう」
アルは笑顔を見せる。
「なるほどな。のんびり鉄道の旅と洒落こもうぜ!」
帝都の駅に着いたアレク達は、北西鉄道に乗って港湾自治都市群へ向かう。