第二百五十四話 滅亡した王国からの使節団
カスパニア飛行船の一隻にとどめの一撃を加えたアレクは、飛空艇の機首を引き起こして高度を上げ、カスパニア飛行船団の上空に出る。
すると、あちこちの方角から緑の信号弾が打ち上げられる。
緑の信号弾を目にしたルイーゼが口を開く。
「アレク! 緑の信号弾よ!!」
ルイーゼが打ち上げた赤の信号弾を発見した教導大隊の他の小隊が打ち上げたものであった。
アレクは、ルイーゼに告げる。
「友軍が来る!」
ルイーゼは笑顔で答える。
「良かった」
アレク達の後方からグリフォン小隊の編隊が現れて、アレク達の横に並ぶ。
ルドルフの乗る隊長機が翼を左右に数回振ってアレク達に答えると、グリフォン小隊の編隊は急降下してカスパニア飛行船団に主砲の一斉射撃を加える。
ほどなくフェンリル小隊、セイレーン小隊の編隊が現れ、それらに少し遅れて貴族組の編隊も現れ、カスパニア飛行船団に波状攻撃を仕掛ける。
教導大隊の飛空艇に取り囲まれ、波状攻撃を受けたカスパニア飛行船団は、更にもう一隻を失い、公海の上空へ向けて敗走していった。
アレク達の平民組の四個小隊は、カスパニアの飛行船団に追われていた国籍不明の三隻の飛行船団をエスコートする。
アレクからの呼び掛けに白旗を揚げて答えた三隻は、抵抗すること無くアレク達による拿捕に応じ、高度を下げて着陸する。
アレク達も着陸して飛空艇を降り、着陸した飛行船団の旗艦が下ろしたタラップの前に集まる。
アルは呟く。
「なぁ、アレク。・・・どんな奴らが出てくると思う?」
アレクは、苦笑いしながら答える。
「さぁ・・・?」
やがて旗艦の乗降口が開くと中から二十人ほどの兵士達が現れ、タラップの左右に整列する。
兵士達に続き、騎士然とした二人の男がタラップを降りて両脇に別れ、兵士達の先頭に並ぶ。
タラップの脇に並んだ二人が身に付けている使い込まれた騎士鎧から、二人が幾多の戦場を戦い抜いた騎士であることが見て取れた。
二人に続いて、身分が高いであろう文官の男がタラップを降りてアレク達の前に来る。
文官の男は、アレク達に尋ねる。
「帝国軍の指揮官はどなたですか?」
アレクは、一歩前に歩み出て文官に官姓名を答える。
「自分です。バレンシュテット帝国中央軍 教導大隊アレキサンダー・ヘーゲル大尉です」
文官の男は、アレクの方を見ると名乗り始める。
「指揮官は貴方ですか。私は、ホラント王国国民会議で議長をしているリシーと申します。事情があり、やむを得ず、突然、帝国を訪れた無礼は何卒ご容赦願いたい」
リシーの名乗りを聞いたアレク達は、互いに顔を見合わせる。
アルは呟く。
「ホラント王国?」
エルザはナディアに尋ねる。
「ナディア、聞いたことある?」
ナディアはエルザに答える。
「初めて聞く国名ね」
リシーは、驚いているアレク達に告げる。
「ヘーゲル大尉。我々は、火急の用件があって皇帝陛下に拝謁したいのだ。帝都へ案内して貰えないだろうか?」
アレクは、リシーからの申し出を考える。
彼らは外交使節団のようであった。
アレクの父・皇帝ラインハルトに急いで謁見することを求めている。
しかし、ホラント王国と名乗っていたものの、独断で正体不明の船団をいきなり帝都上空に入れる訳にもいかない。
アレクは少し考えた後、ホラント王国の船団を士官学校までエスコートし、上官であるジカイラの判断を仰ぐ事にした。
アレクはリシーに告げる。
「自分の裁量を越えている案件です。上官の指示を仰がねばなりません。我々がエスコートしますので、付いて来てください」
リシーは、アレクからの申し出を快諾する。
「判りました。お願いします」
アレク達は飛空艇に乗り込むと、ホラント王国の船団をエスコートしながら士官学校の飛行場へと帰還する。
士官学校に帰還したアレクはルイーゼを伴い、教官であり上官であるジカイラとヒナに任務の経緯を報告する。
帝国の領空を侵犯していた国籍不明の飛行船団は、ホラント王国の飛行船団とカスパニアの飛行船団だったこと。
ホラント王国の飛行船団は、カスパニアの飛行船団に追われていたこと。
カスパニアの飛行船団と交戦したこと。
ホラント王国の一行が皇帝であるラインハルトに謁見を求めていること。
ヒナは、アレクからの報告を聞いて怪訝な顔でジカイラに尋ねる。
「ジカさん、ホラント王国って??」
ジカイラは、ため息交じりに答える。
「・・・今は存在しない国だ。カスパニア属州ホラントと言ったほうが良いだろう。港湾自治都市群の北、ゴズフレズ王国の南西にあるカスパニアが飛び地で支配している属州さ。カスパニアの北方侵略の拠点になっている地域と言った方が判りやすいか」
ルイーゼは、ジカイラの言葉を聞いて呟く。
「カスパニアの・・・属州??」
ジカイラは、答える。
「そうだ。・・・革命戦役の少し前に、カスパニアがホラント王国を占領して併合、属州にしたのさ。アレクやルイーゼが生まれる前の事だから、お前達が知らなくても仕方がない」
アレクは、ジカイラに尋ねる。
「滅亡したホラント王国の議長が何故、帝国に??」
ジカイラは悪びれた素振りも見せずに答える。
「・・・それは判らん。彼等に聞いてみないとな」
ジカイラ、ヒナ、アレク、ルイーゼの四人の意見は、ホラント王国の使節団に話を聞いてみようという事で話がまとまった。