第二百四十八話 披露宴
バレンシュテット帝国の皇太子であるジークとゴズフレズ王国のカリン王女の結婚式は、滞りなく執り行われ、二人の結婚披露宴が王城のホールで開催される。
ジークとカリンの二人が腕を組んで会場に現れると、ハロルド王の乾杯の音頭によって、ゴズフレズ王国の『国を挙げての盛大な宴会』が始まる。
一番喜んで騒いでいるのは、他でもないハロルドであった。
義理の母となった皇妃ナナイから皇太子妃のティアラを授与されたカリンは、名実共にジークの四人目の妃となっていた。
熊髭の大男であるハロルドは、皇太子妃のティアラを付けたカリンの両手を握ると、号泣しながら語り掛ける。
「カリン! 妃として、皇太子殿下に良くお仕えするのだぞ! 幸せにな!」
「・・・父上。ありがとうございます」
次にハロルドは、ジークの両手を握ると深々と頭を下げる。
「殿下! 娘を! カリンの事をよろしくお願い致します!」
「・・・判りました。頭をお上げください。陛下」
続けてハロルドは、正妃であるソフィアの両手を握りながら懇願する。
「ソフィア殿! どうか、カリンを! よろしくお願いします!」
ソフィアは、微笑みながら答える。
「陛下。お世話させて頂きますので、御心配無く」
微笑ましい光景に周囲の者も胸が一杯になる。
ネルトンは、握っていたソフィアの両手を離したハロルドに語り掛ける。
「陛下。めでたい祝いの席です。涙はその辺に・・・」
ハロルドは、鼻水をすすりながら答える。
「おお! そうだ! そうだったな!」
ネルトンは、上機嫌でエール酒のジョッキを片手にゴズフレズの国歌を歌い始める。
「磯の香り満つ 氷竜海の岸辺・・・」
ネルトンが国歌を歌い始めた事を受けて、ラインハルトは軍楽隊に目配せをすると、軍楽隊はゴズフレズ王国の国歌を演奏し始め、ホールにいるゴズフレズ側の参列者がネルトンと軍楽隊の演奏に合わせて歌い始める。
「・・・竜王山脈の麓 木々が誇らしげに枝を広げ 丘や谷に 風が優しく吹き降りる 麗しい祖国 斧を携え 鎧を纏った英雄達の 安らぎの地 ゴズフレズ・・・」
ゴズフレズ側の参列者達は誇らしげに国歌を歌いあげ、帝国側の参列者はじっとそれを聞いていた。
「・・・王と祖国に万歳! 我らの古のゴズフレズは 耐え抜き戦い抜く! ゴズフレズの斧がある限り! ゴズフレズの血が続く限り!!」
国歌を歌いあげたゴズフレズ側の参列者達が、ネルトンの音頭で一斉に乾杯を行う。
「王と祖国に万歳!」
「王と祖国に万歳!!」
ナナイは、ラインハルトの傍らに寄り添い呟く。
「『耐え抜き、戦い抜く』・・・彼らの想いが込められた国歌ね」
ラインハルトは、答える。
「そうだな」
ハリッシュは、二人に告げる。
「カスパニアとスベリエという列強の間に暮らすゴズフレズの人々の想いですね」
ゴズフレズの国歌には、彼らの想いが込められていた。
酒が入って酔ったハロルドは、ジョッキを片手にジカイラ達の元にやってくると上機嫌でジカイラ達を褒め称える。
「黒い剣士殿! 氷の魔女殿! この度の戦での働き、見事というほかは無い! カスパニア軍十万を単騎で撃退したという実力は本物であった!」
ジカイラは、ハロルドの絶賛に苦笑いしながら答える。
「教導大隊の彼らが頑張ってくれたおかげですよ」
そう言うとジカイラはアレク達のほうを向く。
ハロルドもジカイラに釣られて、ジカイラの目線の先に居るアレク達の方を見る。
「おぉ! そうであったな!」
アレク達は、披露宴会場の片隅にいた。
披露宴会場内は、バレンシュテット帝国やゴズフレズ王国の王侯貴族や政府高官達がひしめいており、『帝国から派遣された軍事顧問団』とはいえ、士官学校の学生でしかないアレク達には、少々、居心地の悪い場所であった。
ましてアレクは、父である皇帝ラインハルトから懲罰を受けて平民とされている身であり、居心地は悪かった。
ハロルドは、披露宴会場の片隅に居るアレク達の元にやって来るとアレク達に語り掛ける。
「少年たち! この度の戦での働き、見事であったぞ! このハロルド、感服致した!」
ハロルドは、アレク達にねぎらいの言葉を掛けながら、アレク達をぐるりと見まわす。
すると、ハロルド王は、アレクの胸に『ゴズフレズ戦士勲章』を見つけ、アレクに目を留めると思い出したように告げる。
「おぉ! その方! ティティス奪回戦で活躍した少年ではないか! 今度は、スベリエの王太子を捕らえたとか!」
アレクは、苦笑いしながら答える。
「ええ。まぁ・・・」
ハロルドは、アレクの腕を掴むと、半ば強引に披露宴会場の中心に引っ張っていく。
アレクは、大男であるハロルドに強引に引っ張られ、戸惑いながら口を開く。
「え!? ちょ、ちょっと! 陛下!?」
ハロルドは、アレクを披露宴会場の中心に引っ張って来ると、会場全体に響き渡る大声を張り上げる。
「皆の者! この度の戦で、スベリエの王太子を捕らえた帝国の『若き英雄』を紹介しよう! 帝国軍のアレキサンダー・ヘーゲル大尉だ!!」
披露宴会場に居る人々は、一斉にハロルドとアレクを見ると、拍手でアレクを称え始める。
アレクは、突然の出来事に驚く。
アレクが周囲を見回すと、自分を取り巻く披露宴会場の人々は、惜しみない拍手と称賛をアレクに贈ってくれていた。
アレクは、ルイーゼを探し出すと自分の傍らに連れて来てハロルドに告げる。
「陛下。この度の戦果は、彼女や仲間達の助けがあってこそのものです」
ハロルドは、アレクの言葉に大きく頷く。
「うむ。左様であるか」
アレクは、自分達を取り巻いて称賛する人々の中に両親の姿を見つける。
ラインハルトもナナイも微笑みながら拍手を贈ってくれていた。
事情を知らないハロルドは、皇帝であるラインハルトに紹介しようと、アレクの手を引いてラインハルトの前に歩み出る。
「皇帝陛下! 帝国軍には、このような若き英雄がおる! 将来が楽しみですな!」
ラインハルトは、平静を装って微笑みながら答える。
「ええ。将来が楽しみです」
事情を知らないハロルドに、実の息子であるアレクを紹介され、平静を装うラインハルトの姿に、ジカイラやハリッシュは笑って噴き出すのを堪え、ナナイやクリシュナ、ヒナは口元に手を当ててクスクスと笑う。
ジークは、四人の妃を連れてハロルドとアレクの元にやって来る。
事情を知らないハロルドは、皇太子であるジークにもアレクを紹介する。
「おぉ! 皇太子殿下! 紹介しよう! ここにいるのが、この度の戦でスベリエの王太子を捕らえた『若き英雄』、帝国軍のアレキサンダー・ヘーゲル大尉だ!!」
ハロルドから実の弟であるアレクを紹介されたジークは、チラッと横目でラインハルトの機嫌と様子を伺うと、平静を装って答える。
「帝国軍の若き英雄とは・・・。ゆくゆくは『私の右腕』として活躍して貰おう」
ハロルドは、ジークの言葉に大きく頷く。
「うむ。そうだ! それが良い! むはははは!!」
アレクは、ジークの言葉を聞いて驚く半面、嬉しかった。
(兄上が私を『右腕』に!? あの兄上が、私を認めてくれた!)
ジークは、以前、いつまでもナナイに甘えているアレクを冷たく突き放していた。
しかし、ジークは、アレクは士官学校に入学してから見違えるほど成長して上級騎士になった事も、高く評価していた。
アレクは、士官学校に入学してから、兄であり帝国最年少で上級騎士になったジークを目標に頑張って来た。
目標にしていた兄が自分を認めてくれた。
アレクは、胸が一杯になる。
アレクの周りにアル達『二代目ユニコーン小隊』の仲間達が集まって来る。
ルイーゼは、アレクと腕を組むと笑顔で告げる。
「アレク! 良かったわね! 殿下に認めて貰えて!」
「うん」
アルは、アレクの傍で決めポーズを取りながら口を開く。
「おおっと! このアルフォンス・オブストラクト・ジカイラ・ジュニアの活躍を忘れて貰っちゃあ困るぜ? なぁ、アレク!」
アレクは、相棒であり親友であるアルの言葉に笑顔で答える。
「そうだな!」
決めポーズを取るアルにエルザも続く。
「ちょっと! ユニコーンの獣耳アイドルであるエルザちゃんの活躍も忘れちゃダメよ!? アレク!!」
エルザにナディアも続く。
「エルフの美人召喚士、ナディアお姉さんの活躍もね!!」
アレクは、ユニコーン小隊の仲間達の助けがあってこそ、上級騎士になれた。
目標にしてきた兄ジークに認められるまで、ここまでやってこれた。
アレクは感極まって胸が一杯になり、小隊の仲間達を見回しながら呟く。
「みんな・・・」
アレク達の様子を見ていたハロルドは、再び会場全体に響く大声を張り上げる。
「皆の者! 帝国軍の若き英雄達の活躍を称えようではないか! 今一度、惜しみない大きな拍手を!!」
ハロルド王の声に、披露宴会場全体から惜しみない称賛の拍手がアレク達に贈られる。
今、この時。
北方動乱を戦い抜いたアレク達二代目ユニコーン小隊の栄光の瞬間であった。