第二十四話 ジークフリードとアストリッド
入浴を済ませたジークは、バスローブ姿で寝室にいた。
天蓋付きで装飾品の付いた豪華なベッドに横たわり、枕元のランタンを点け、読書をしていた。
扉をノックする音の後、侍従の声がする。
「殿下。アストリッド様がお見えです」
「通せ」
「ハッ」
侍従によって部屋の扉が開かれ、入浴を済ませてきたバスローブ姿のアストリッドがジークの寝室に入ってくる。
部屋の入り口に立つアストリッドは、澄んだ勿忘草色の髪を結い上げ、同じ色の瞳でベッドの上のジークを見詰めながら呟く。
「……ジーク様」
ジークは読んでいた本を閉じて枕元に置くと、立ち尽くしているアストリッドに声を掛け、鼻先で自分の傍らに来るように促す。
「アストリッド。遠慮するな。これへ」
「……はい」
ジークに促されたアストリッドは、ジークが横たわるベッドの縁に腰掛ける。
ジークは、ベッドに腰掛けるアストリッドの太腿の上に自分の頭を置くと目を閉じる。
アストリッドは、左手で膝枕をするジークの頬に触れ、右手で頭を優しく撫でる。
ジークが口を開く。
「……癒やされる。もう少し、このままで良いか?」
「はい」
少しすると、ジークはアストリッドの下腹部の方へ顔を向け、その細い腰に抱きつく。
驚いたアストリッドが口を開く。
「ジーク様!?」
ジークは、アストリッドを抱き上げてベッドの中央に降ろすと、上から覆い被さるようにアストリッドを押し倒してキスする。
「んんっ……」
キスを終えたジークのエメラルドの瞳と、アストリッドの澄んだ勿忘草色の瞳の目線が合う。
ジークは、そのままアストリッドの首筋へとキスしていき、アストリッドの着ているバスローブを開ける。
アストリッドは、ジークのキスに敏感に反応して身を反らせ、か細い声で喘ぐ。
「あっ……、ああっ」
アストリッドは、か細い声で喘ぎながら両腕をジークの首に回し、潤んだ瞳でジークを見詰める。
「……ジーク様」
アストリッドを見詰めていたジークは、ハッとして、我に返る。
「すまない。アストリッド。私としたことが……」
アストリッドは、ジークに微笑み返す。
「良いのです。ジーク様。このまま、私を抱いて下さって」
「皇太子が婚姻前に妃を孕ませる訳にはいかないだろう?」
そう言うとジークはベッドの縁に腰掛け、アストリッドに背を向ける。
アストリッドは、開けたバスローブを羽織ると、自分に背を向けたジークの正面に回り、床に跪いてジ-クの顔を見上げながら答える。
「私は、吾子を孕んでも構いません。両親も喜びます」
「そう急くな。物事には手順がある。まず、士官学校を卒業する。それから婚姻だ」
アストリッドは、ジークの顔を見上げて微笑む。
「そうおっしゃって、ジーク様は、いつも御無理をされておいでです」
そう言うとアストリッドは、バスローブの前を開ける。
「アストリッド……」
アストリッドは、ジークの前に立ち上がり、開けた自分の胸にジークの頭を抱き締める。
アストリッドはジークを想い、胸に抱き締めたその頭を優しく撫でる。
(……強く、優しく、誇り高く、美しい。……それでいて、とても純粋で、脆い人)
「……ジーク様。いつも強く在る必要はありません。せめて、アストリッドと二人きりの時くらい、甘えて下さい。我儘をおっしゃって下さい」
「アストリッド。私は、お前を第二皇太子妃にすることくらいしか、お前に報いてやれない。貴族の序列からいっても、皇太子正妃は伯爵家筆頭のソフィアだろう」
「私は構いません。ジーク様に妃が何人いようと、正妃だろうと、愛人だろうと。……ジーク様の傍に置いて下さい」
「アストリッド。私の傍にいて、これからも私を支えてくれ」
「……はい。ジーク様」
『神速と速攻の魔法騎士』帝国四魔将ヒマジン伯爵の娘。アストリッド・トゥエルブ。
ソフィアとは対照的な、物静かで大人しい澄んだ勿忘草色の髪と瞳の美少女だが、十四才で魔法騎士になった帝国最年少の魔法騎士である。
理知的で思慮深く洞察力に優れ、護衛という名目で皇太子妃候補としてジークに引き合わされると、皇太子であるジークが両親と周囲からの期待に応えるため、人前では強者として振る舞いつつ、陰では懸命に努力している事を見抜き、その人柄に惚れ込んでジークを深く愛するようになった。
大人しく優しい性格のため、勝ち気で気性の激しいソフィアに一歩譲っているところがあるが、父親譲りの卓越した剣技と多系統の魔法を使いこなし、皇太子妃候補となったその実力は折り紙付きである。
皇太子のジークは、ソフィアには『強者』『支配者』として振る舞うが、アストリッドには『弱さ』や『脆さ』を見せる事もある。
ジークにとってアストリッドは、立場上甘えることができなかった母親代わりであり、『二人だけの秘密』を共有する特別な存在であった。