第二百十八話 教導大隊vs魔獣大隊(一)
前進するアレク達の目前にカスパニア軍魔獣大隊の後背部隊の姿が迫る。
ドミトリーは、前衛メンバーに支援魔法を掛ける。
「筋力強化! 装甲強化!!」
ナタリーも自分に強化魔法を掛ける。
「「詠唱加速!!」」
「「魔力魔法盾!!」
アレクは、騎士盾を背中に背負うと、ゾーリンゲン・ツヴァイハンダーの刀身に左手で触れながら心の中で呟く。
(父上。力を貸して下さい。・・・力無き者達を守るために!!)
アレクの精神状態に反応するように、ゾーリンゲン・ツヴァイハンダーの刀身は、淡い青白い光の輝きを増していく。
意を決したアレクは叫ぶ。
「今だ! ナタリー! やれ!」
「了解!」
アレクの指示を受けたナタリーは、カスパニア軍に向けて手をかざし、魔法を唱える。
「火炎爆裂!!」
ナタリーの掌の先に魔法陣が三つ現れると、魔法陣から現れた爆炎がカスパニア軍に向かって一直線に進んで行き、カスパニア軍の後背部隊を爆炎で包む。
「ぐぁああああ!」
ナタリーの魔法で火達磨になったカスパニア兵達が、地面を転がり回り、背後から攻撃を受けたカスパニア軍の兵士達に動揺が走る。
「敵襲! 後ろからだ!」
「敵だ! 背後に敵軍が現れたぞ!」
「どこから?」
カスパニア兵の一人が叫びながら先頭のアレクに斬り掛かって来る。
アレクは、カスパニア兵の斬撃を屈んで躱すと、ゾーリンゲン・ツヴァイハンダーを水平に振るう。
淡く青白く輝く魔力が込められた刀身は、鎧を着込んだカスパニア兵の胴体を容易く一刀両断する。
アレクは改めてゾーリンゲン・ツヴァイハンダーの切れ味に驚く。
(凄い! 鎧を着た人間の胴体も一刀両断できる!)
そのままアレクは、二人目、三人目、四人目と、次々とカスパニア兵を斬り伏せ、魔獣大隊の中へ斬り込んで行く。
ユニコーン小隊の前衛のエルザ、トゥルム、アルもカスパニア兵を斬り伏せていくが、中堅職の他のメンバーより、上級職の上級騎士であるアレクは、カスパニア兵を圧倒して突出する。
アルは、アレクと同時にカスパニア軍と戦闘を開始したにもかかわらず、アレクに引き離され焦り出す。
(アレクの奴、速い! 速過ぎる! あれが上級騎士の力なのか!?)
アルは、カスパニア軍に斬り込んでいくアレクに叫ぶ。
「アレク! 前に出過ぎだ! 陣形が崩れてる!」
(しまった!)
アルの言葉を受けて、ハッとしてアレクは立ち止まる。
立ち止まるアレクの前にカスパニア軍の兵士達の中から、二体の食人鬼が現れる。
目の前に現れた棍棒を持った大きな食人鬼を間近に見て、アレクは息を飲む。
食人鬼は、自分より小さなアレクを見て、鼻で笑う。
アレクは、食人鬼を観察する。
(図体はデカいが、動きはニブそうだ。腕力での勝負は・・・止めておくか)
アレクは、食人鬼が手にしている棍棒に目を止める。
(武器は、こっちが上だ!)
アレクは、ゾーリンゲン・ツヴァイハンダーの切先を低く下げると、刀身を自分の身体の脇に構え、正面に来た食人鬼に対峙する。
そのアレクの背後には、ぴったりとルイーゼが寄り添う。
アルは、アレクに追い付こうと必死にカスパニア軍兵士達を斬り伏せて前へと進む。
アルの左斜め後方にトゥルムとエルザが続く。
アルは、立ち止まって食人鬼に対峙するアレクを見て叫ぶ。
「アレク! ルイーゼと二人で食人鬼を殺る気か!? 無茶だ!」
食人鬼は、アレクに向かって棍棒を振り上げると、横殴りに棍棒を振るう。
アレクも雄叫びを上げながらゾーリンゲン・ツヴァイハンダーを振り上げる。
「ウォオオオオ!!」
アレクのゾーリンゲン・ツヴァイハンダーは、食人鬼の棍棒の握りから先を斬り飛ばし、棍棒の先があらぬ方向へ飛んで行く。
「フゴッ??」
突然、棍棒の握りから先が無くなったため、食人鬼は手に持っている棍棒の握りを眺めて小首を傾げる。
(今だ! 斬り返し!)
アレクはゾーリンゲン・ツヴァイハンダーで斬り返すと、食人鬼の右脇腹を切り裂く。
「ゴァアアアアア!」
食人鬼は叫びを上げながら、切り裂かれた右の脇腹を両手で押さえて屈む。
アレクの後ろに付いていたルイーゼは、高く飛び上がって食人鬼の顔に取り付くと、左右の手に持った短刀を食人鬼の両目に突き立てる。
短刀で両目を潰された食人鬼は、叫びながら右手で自分の顔を押さえ、左手でルイーゼを捕まえようとする。
ルイーゼは、食人鬼の左手を避けて、再びアレクの背後に飛び退く。
アレクは大上段に構え、ノの字に食人鬼を斬り付ける。
魔力を帯びたゾーリンゲン・ツヴァイハンダーの鋭利な刀身は、食人鬼の分厚い筋肉を物ともせず左肩から腰の右側まで切り裂いていく。
食人鬼は、絶命して前のめりに崩れ落ちる。
アルは、アレクとルイーゼが二人で食人鬼を倒した様子を目の当たりにして驚く。
(まさか!? 二人で食人鬼を殺るなんて!!)
アル達の前に、もう一体の食人鬼が現れる。
食人鬼はアル達に向けて棍棒を振り上げると、横殴りに薙ぎ払う。
アルとエルザは後ろに飛び退いて食人鬼の棍棒の一撃を躱す。
「うぉっ!?」
「きゃっ!」
しかし、トゥルムは手に持っていた大盾で食人鬼の棍棒の一撃を受ける。
「ぐうぅっ!」
トゥルムは、大盾で棍棒の一撃を防いだものの、鈍い金属音と共にそのまま五メートルほど吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。
吹き飛ばされたトゥルムは、右肘を立てて上体を起こすと激しく咳き込む。
「カハッ! カハッ!」
ドミトリーがトゥルムの元に駆け寄る。
「トゥルム! 食人鬼と力比べをするなど、自殺行為だぞ!?」
トゥルムは苦笑いしながら答える。
「ああ。次からは、避ける事にする」
ドミトリーは、トゥルムに向けて両手をかざして回復魔法を唱える。
「治癒!!」
トゥルムの身体が淡い緑色の光に包まれ、傷を癒していく。
エルザは両手剣を八相に構えると、食人鬼に斬り掛かる。
「おりゃあああ!」
食人鬼は左腕を上げ、エルザの斬撃を左の前腕で受け止める。
分厚い食人鬼の筋肉にエルザの両手剣の刃が食い込む。
次の瞬間、エルザに目掛けて食人鬼の棍棒が振り下ろされる。
エルザは、両手剣を引き抜いて素早く後ろに飛び退き、振り下ろされた棍棒の一撃を避けると、自分の背後に駆け寄って来たナディアに話し掛ける。
「ちょっと! なんでアイツに私の攻撃が効いて無いワケ!?」
ナディアは、したり顔でエルザに答える。
「ちゃんと効いてるわよ? 単に食人鬼の筋肉が分厚くて、桁違いにタフなだけ」
食人鬼はエルザに狙いを定めると、数回、棍棒を振り下ろすが、エルザは軽装で身軽であり、全て素早く飛び退いて避ける。
食人鬼に狙われていたエルザは涙目でナディアに不満を告げる。
「あ~ん。もぅ! なんで私には、あんなのが迫って来るの!?」
ナディアは、エルザをからかうように答える。
「モテモテね~! 羨ましいわ!」
エルザは、ナディアに愚痴をこぼす。
「私は、筋肉ダルマはキライなの!」
ナディアは、食人鬼に向けて手をかざして召喚魔法を唱える。
「戦乙女の戦槍!!」
ナディアの手の先に三つの光の球体が現れると、それは三本の光の矢に形を変えて食人鬼へ目掛けて飛んでいき、その胸を貫く。
食人鬼は雄叫びを上げながらナディアに向けて棍棒を振るうが、ナディアは後ろに飛び退いて棍棒の一撃を躱す。
今度は、ナディアがエルザに愚痴をこぼす。
「戦乙女の戦槍が刺さっているのに死なないなんて! ・・・あの化物、本当にタフね!」
アルは、エルザとナディアの前に歩み出てエルザを追い回していた食人鬼に対峙すると、右腕に持った斧槍を水平に構え、腰を落として深く息を吸い込み、貯めの姿勢を取る。
(いくぜ! 一の旋!!)
アルの渾身の力を込めた斧槍の一撃が剛腕から放たれる。
アルの斧槍は食人鬼の左脇腹を捕らえ、分厚い筋肉を切り裂いて深々と食い込む。
「ガァアアアア!!」
食人鬼は、苦痛に叫びながら自分の脇腹に食い込んだアルの斧槍を左手で掴む。
アルは心の中で呟く。
(そう来たか!?)
アルは、素早く斧槍を手放して腰の鞘から海賊剣を抜き、食人鬼の懐に踏み込むと、食人鬼の喉を斬り払う。
喉を斬り裂かれ絶命した食人鬼は天を仰ぐように後ろに倒れ、崩れ落ちる。
(やったぜ!)
食人鬼を倒したアルは、斧槍を引き抜き、得意気に自分の後ろに居るナタリーの方を向いて目配せする。
アルの背後に食人鬼の影に隠れていたものが姿を現してくる。
ナタリーは、アルの背後に現れたものを見て驚いて叫ぶ。
「アル! 後ろ!」
ナタリーの叫びを聞いたアルが後ろを振り返ると、そこに現れたのは、蛇のような尻尾と蝙蝠のような翼を持った大きな雄鶏の化物。
鶏蛇であった。