第二百十六話 教導大隊、中部戦線へ カスパニア王太子とダークエルフ
--翌朝
自室で眠っていたジカイラは士官に呼び出され、寝ぼけ顔で艦橋にやって来る。
ジカイラは、艦橋の士官に尋ねる。
「・・・どうした? こんな朝早くから??」
士官は血相を変えてジカイラに報告する。
「前線のゴズフレズ軍部隊とカスパニア軍が交戦しています!」
「ほう?」
ジカイラが艦橋の窓から士官が指し示す先を望遠鏡で見ると、地上ではあちこちから黒煙が立ち上ぼり戦闘を繰り広げていた。
ジカイラは、カスパニア軍の中に食人鬼と鶏蛇の姿を見つけ、その数を数える。
(・・・例の魔獣大隊だな!)
ジカイラは、士官に指示を出す。
「例の魔獣大隊が前線に現れた! 教導大隊に呼集を掛けろ! 戦闘装備で格納庫に集合だ!」
「ハッ!」
士官に指示を出したジカイラも装備を整えに自室へ戻る。
ほどなく格納庫にアレク達、教導大隊が集合する。
ヒナが全員揃っていることを確認すると、ジカイラは口を開く。
「傾注せよ! 既に聞き及んでいる者も居るだろうが、中部戦線に食人鬼三十二体と鶏蛇十六体を引き連れたカスパニア軍の大隊、通称『魔獣大隊』が出現した。オレ達、教導大隊の任務は、この『魔獣大隊』を叩く事だ!」
アレク達を除いて、貴族組の者などは魔獣大隊の事を知らず、ジカイラの話を聞いた教導大隊の者達は色めき立つ。
「カスパニアの魔獣大隊!?」
「カスパニアに、そんな部隊が居たのか!?」
教導大隊の者達がざわめくが、ジカイラは構わず続ける。
「現在、地上でゴズフレズ軍の前線部隊がカスパニアの魔獣大隊と交戦中だ。我々は、まず、飛空艇で魔獣大隊の上空を低空飛行で通過しながら砲撃し、十六体の鶏蛇を叩く。次に、魔獣大隊の背後に飛空艇を強行着陸させて、ゴズフレズ軍の前線部隊と前後で挟み撃ちにする。夕刻にはハロルド王とネルトン将軍が率いるゴズフレズ軍主力が前線に到着する。・・・それまでに魔獣大隊を叩くぞ! 『攻撃開始』は、緑の信号弾が合図だ。 以上!」
「おおっ!」
ジカイラから作戦内容を聞いた教導大隊の者達は、それぞれ自分達の飛空艇に乗り込んで行く。
アレク達、ユニコーン小隊も自分達の飛空艇に乗り込み、順番に飛行甲板から離陸して飛行空母の上空で旋回しながら編隊を組むと、他の小隊も順次、飛行甲板から離陸して上空を旋回しながら編隊を組んでいく。
教導大隊が揃って編隊を組んで飛行空母の上空を旋回していると、ジカイラとヒナの乗る揚陸艇が飛行甲板から離陸してくる。
やがて、揚陸艇から『緑の信号弾』が打ち上げられる。
『攻撃開始』の合図であった。
--ゴズフレズ中部の都市 ブナレス 市庁舎
市長室では、騎士風の二人の男と、鎧を着た細身の男が歓談していた。
騎士風の二人の男は、カスパニア王国の王太子カロカロと、カスパニア王国王立騎士団の騎士レイドリックであった。
鎧を着た細身の男は、人間ではなかった。
褐色の肌に尖った耳。意匠を凝らしたミスリルの鎧を身に付け、レイピアを腰から下げている。
ダークエルフの王国である、魔導王国エスペランサの魔法騎士、シグマ・アイゼナハトであった。
王太子カロカロは、上機嫌でシグマに話し始める。
「シグマ。お前から買い入れた鶏蛇と食人鬼達の部隊は、なかなかの活躍ぶりだ。お陰で、既にゴズフレズ西方の主要三都市を落とし、ゴズフレズ領の西半分は我がカスパニアの占領下にある。・・・フフフ。我がカスパニアの勝利は近いぞ」
上機嫌で語るカロカロを騎士レイドリックはたしなめる。
「殿下。遺憾ながら申し上げます。北部の都市ティティス一帯は、ゴズフレズに奪回されました。・・・ゴズフレズ軍は、このブナレスに迫りつつあるとの事です」
レイドリックの言葉に、カロカロは不機嫌になる。
「ティティス一帯の北部をシロヒゲに任せたのは、失敗であった」
二人のやり取りを聞いていたシグマは、呆れたように口を開く。
「鶏蛇と食人鬼は、大切に扱って貰いたいものだ。特に鶏蛇は、捕まえてここまで連れて来るのに、手間が掛かるのでな」
カロカロは、苦笑いしながら答える。
「判っている! 大金を払って、お前達ダークエルフから買い入れたのだ! そう簡単に死なれては困る!」
シグマは、レイドリックに尋ねる。
「占領した北部を失い、ゴズフレズ軍がこの街に迫っていると言ってたな? ・・・ゴズフレズ軍など、たかが斧戦士の集まりでしかない。・・・どういう事だ?」
レイドリックは答える。
「どうやら、敵の中に恐ろしく手練れの部隊がいるようだ。・・・そいつらは、北部のA軍集団を率いた将軍シロヒゲを暗殺し、ティティスの見張り塔を爆破。市内でストーンゴーレムを暴れさせたと聞いている」
シグマは、あざ笑うかのように乾いた笑い声を上げる。
「ハハハハ! 『敵にしてやられた』といったところか!」
あざ笑うシグマの態度に、カロカロだけでなく、レイドリックも不機嫌になる。
レイドリックは続ける。
「それだけではない。ゴズフレズの宗主国であるスベリエ王国が大艦隊と六万の軍勢を派兵してきた。戦況は変わりつつある」
シグマは怪しい笑みを浮かべる。
「ほう? スベリエが動いたか・・・」
カロカロは口を開く。
「どうやら、更に妖魔や魔獣を買い入れる必要がありそうだな」
シグマは、笑いを堪えながら答える。
「フッ・・・。カスパニアが金さえ払うなら、また妖魔でも魔獣でも連れて来てやる。・・・感謝して貰いたいものだな」
カロカロは、口を開く。
「シグマ。ドロテア女王陛下にカスパニアからの感謝の意を伝えてくれ」
シグマは、再び怪しい笑みを浮かべる。
「判った。女王陛下に、しかと伝えよう。・・・では、失礼する」
そう告げると、魔導王国エスペランサの魔法騎士、シグマ・アイゼナハトは、ブナレスの市長室から去って行った。