第二百十二話 カスパニア魔獣大隊
--少し時間を戻した ブナレス近郊の前線上空
アレク達は飛空艇に乗り込むと、ユニコーン・ゼロの飛行甲板から離陸する。
降りしきる雨の中、上空で旋回しながら一度、編隊を組んだ後、ユニコーン・ゼロからブナレスの前線に向けて扇形に広がりながら偵察担当地域に向けて飛行する。
アルとナタリーの乗る機体ユニコーン二号機もアレク達同様、半時ほどで偵察担当地域に着き、高度を三十メートルまで下げて偵察を始める。
二時間ほど二人は飛空艇から地上を偵察するが、カスパニア軍の姿は無く、雨足はどんどん強くなり、やがて嵐になる。
アルは口を開く。
「ナタリー! 一旦、地上に降りて嵐をやり過ごそう!」
「了解!」
アルとナタリーは、飛空艇を操縦しながら嵐をやり過ごせる場所を探す。
やがて、二人は村の近くにある水車小屋を見つけると、その側に飛空艇を着陸させて、水車小屋に併設されている穀物倉庫の中に飛空艇を隠す。
二人は、飛空艇から非常用備品箱を降ろす。
無人の穀物倉庫は薄暗く、水車小屋と渡り廊下で繋がっており、水車が回す丸太の軸が機械音を上げて大きな石臼を回して穀物を挽き続けている音が響いていた。
アルは、穀物倉庫の窓際に歩いていくと、隠れながら窓から外の様子を窺い、ナタリーは非常用備品箱を開けて中身を確認する。
非常用備品箱は、アルが常に手入れしているため中身は綺麗に一式揃っており、全ての備品が使える状態であった。
非常用備品箱の中身を確認したナタリーは、感心してアルを褒める。
「アル。流石ね。備品は綺麗に一式揃っていて、全部使える状態よ」
ナタリーに褒められたアルは、窓から外の様子を窺いながら照れ臭そうに答える。
「まぁね。『海賊の嗜み』ってやつさ」
アルは、父ジカイラの口癖を真似てナタリーに答える。
(・・・ここは飛空艇を隠す事もできるし、雨を凌ぎながら隠れる事もできるが、民家に近過ぎる。・・・マズいな)
アルは、ナタリーに告げる。
「ナタリー。少し周囲の様子を探って来る。ここで待ってて」
アルの言葉にナタリーは答える。
「アル! 私も行く!」
「雨に濡れるよ?」
「もう濡れているから、平気。・・・アルと一緒が良い」
「判った」
アルはナタリーを気遣うが、ナタリーの意志は変わらなかった。
意を決した二人は、身を隠していた村はずれの穀物倉庫から、近くの民家へ小走りで向かう。
二人は民家の軒先まで来ると、アルが窓から民家の中の様子を探る。
(・・・人の気配がしない)
二人は、民家の玄関に移動してアルが玄関のドアに手を掛けると、簡単にドアが開く。
「・・・鍵が掛かっていない?」
二人は民家の中に入ると、建物の中を見渡す。
民家の中は、ごく最近まで人が暮らしていた跡はあるが、住民の姿は無かった。
アルは呟く。
「最近まで人が住んでいたようだ。・・・保存食や食器、衣類なんかも、そのまま置いてある」
ナタリーは尋ねる。
「ここに住んでいた人達って、どうしたのかな?」
「判らない。カスパニア軍が攻めて来たんで、避難したのかも」
アルとナタリーの二人は、集落にある他の民家を数件探索するが、どこも同じ様子であった。
集落を探索した二人は、穀物倉庫に戻る。
アルは呟く。
「どこの民家も似たような感じだな。『取るものも取り敢えず』って、ところだ」
ナタリーは答える。
「よほど、急いでいたのかな?」
「うーん・・・」
アルは、住民が姿を消した理由について考えながらも、雨に濡れたナタリーが凍えて小刻みに震えている事に気が付く。
竜王山脈の北側地域の秋の外気温は、既に一桁台まで下がっており、ナタリーの体温を奪っていた。
「ナタリー、凍えているじゃないか! 濡れた飛行服を脱いだ方が良い!」
ナタリーは答える。
「・・・着替え、持ってきてないの」
アルは備品箱をゴソゴソと調べると、着替えを取り出す。
「オレのシャツで良かったら、あるよ」
アルは、父ジカイラの言いつけ通り、万が一に備えて様々なものを用意していた。
「アル。ありがとう」
アルが自分の着替え用のシャツをナタリーに渡すと、二人とも飛行服を脱いで着替える。
アルは、着替えてパンツ姿になると、手際良く作業を行う。
備品箱からランプと屋外調理用のコンロ、毛布を取り出し、飛空艇の機首と左の翼端にロープを張って、濡れた飛行服を干す。
備品箱の上にランプを置いて点灯させ、椅子代わりに穀物の入った麻袋を置き、暖房代わりに屋外調理用のコンロを点火する。
ナタリーも濡れた飛行服と下着を脱いで裸になり、濡れた髪と身体をタオルで拭くと、アルのシャツを頭からすっぽりと被る。
着替えを済ませたナタリーは、麻袋の上にちょこんと座るとコンロの炎に当たる。
アルが作業を終えて毛布を手にコンロが置いてある場所に戻って来ると、麻袋の上に座るナタリーのシャツ姿を見て立ち止まり、魅入ってしまう。
父ジカイラに似て筋骨隆々として体格の良いアルの男物のシャツは、小柄なナタリーには大きなサイズであった。
麻袋の上に座るナタリーは、本人は気が付いていないものの、シャツの首の部分からナタリーの肩口が大きく見える上、シャツ越しに身体の線が見て取れる。
更にシャツの裾から下の部分も見えていた。
アルは、照れながらナタリーに話し掛ける。
「ナタリー。その・・・」
ナタリーは、小首を傾げてアルに尋ねる。
「どうしたの?」
アルは、言いにくそうにナタリーに告げる。
「その・・・、『見えてしまう部分』が多いんだけど・・・」
ナタリーは、口元に手を当ててクスクスと笑いながら悪戯っぽくアルに答える。
「二人きりなんだし、良いじゃない。・・・私の裸を見るのは、初めてじゃないでしょ?」
アルは、気不味そうに答える。
「そうだけどさ・・・」
二人は着替えたものの、暖房のコンロの火力は弱く、ナタリーは再び凍えて震え始める。
「ナタリー。こっちへ」
アルは、ナタリーを自分の元へ引き寄せて膝の間に座らせると、後ろから覆い被さるようにナタリーを抱き締める。
そして、自分も背中から毛布を羽織り、ナタリーごと毛布にくるまる。
アルの体温がナタリーに伝わり、凍えるナタリーを温める。
「どう? 寒くないかい?」
「ありがとう。・・・暖かい」
ひと時の間、アルに温めて貰って体温を取り戻したナタリーは、傍らに置いた鞄を開けて無人の民家から持ってきた食糧をアルに見せ、微笑みながら告げる。
「アル。民家の台所にパンとチーズ、ソーセージがあったわ。・・・お昼ご飯にしましょ」
笑顔のナタリーにアルも笑顔で答える。
「もう昼か。・・・そうだな。何も食べて無いし」
二人は、ナタリーが手に入れた食糧で簡単に食事を済ませる。
二人が食事を終えて一休みしていると、獣の鳴き声が聞こえてくる。
「鳴き声!?・・・なんだ?」
アルは、コンロの火を消すと立ち上がり、自分が羽織っていた毛布でナタリーを優しく包む。
「ナタリー、ここに居て。ちょっと様子を見て来る」
そう告げると、アルは窓際で隠れながら外の様子を窺う。
降りしきる雨の中、集落の大通りを歩いて行く男達が居た。
アルは、その男達を観察する。
先頭を歩く男達は、鎧姿の兵士であり、カスパニアの旗を槍の穂先に付けていた。
(・・・カスパニア軍の部隊!)
続いて現れたのは、革の服を着た半裸の男達で、腰に巻いた鞭を下げている。
(あれは・・・猛獣使い?)
歩いて行く集団の合間に大きな妖魔達の姿があった。
(それに、食人鬼!)
食人鬼達の後に、蛇のような尻尾と蝙蝠のような翼を持った大きな雄鶏の化物が数体続く。
雄鶏の化物の姿を見たアルは、声を押し殺して驚愕する。
(あれは、まさか!? 鶏蛇だ!)
歩いて行く男達と食人鬼達の人数、鶏蛇の数は、大隊規模のようであった。
(戦力は、大隊規模・・・)
大隊の後ろには、荷馬車の列が続く。
荷馬車の荷台には、鶏蛇によってであろう、石にされた人々が乗せられていた。
(あれは・・・石にされた人達!)
カスパニアの魔獣大隊を見たアルは、考えていた疑問が解ける。
(・・・そういう事か!)
アルは、ナタリーの元に戻ると、囁くように話す。
「シッ! 静かに! ・・・ナタリー、今、カスパニアの魔獣大隊がこの集落を通過している」
アルの言葉にナタリーは驚く。
「ええっ!?」
アルは説明を続ける。
「あいつら、鶏蛇を連れている。・・・知っているだろう? 石化息で石化させる能力を持った魔獣さ。・・・それが数体いる。その他に食人鬼達も連れていた」
ナタリーはアルに尋ねる。
「それじゃ、この村の人達って・・・」
アルは答える。
「・・・恐らく、カスパニア軍が鶏蛇の石化息で村の人々を石化して、食人鬼達が石化した人達を荷馬車に乗せて、誘拐したんだ。・・・奴隷商人に売るために!」
「そんな!」
「石化された人間は、逃げ出したりしないし、食べ物も水も必要無いからね。・・・カスパニア軍め!」
アルとナタリーは穀物倉庫に潜みながら、カスパニア軍の魔獣大隊が集落を通過する様子を偵察していた。