第二百十話 嵐の偵察飛行
アレク達は、飛行空母ユニコーン・ゼロがゴズフレズ王国中部の都市ブナレスに到着するまでの間、それぞれ休息を取っていた。
--七時間後。
飛行空母ユニコーン・ゼロは、ブナレス周辺の前線の上空に到達する。
ベッドで眠っていたアレクは目覚めると、傍らで眠るルイーゼを起こさないように窓の外の景色に目を運ぶ。
東の地平線から僅かに顔を出した朝日が広がっていた夜の帳をめくり、夜明けを示す明け方の空に、所々、星がまたたく。
南の空には、大きな積乱雲が見える。
(朝か・・・)
「んっ・・・」
アレクの腕枕で眠りに就いているルイーゼが寝返りをうってアレクの胸の方に顔を向けて寄り添って来る。
アレクは、ルイーゼの顔に掛かっている髪を右手で除け、ルイーゼの可愛らしい寝顔を見詰める。
昨夜、愛し合った余韻に浸る至福のひと時。
もったいないとは思いつつも、アレクはキスしてルイーゼを起こす。
「んんっ・・・」
目を開けたルイーゼにアレクは優しく声を掛ける。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「うん」
ルイーゼは、昨夜、アレクに抱かれ熟睡していた。
「そろそろブナレスの前線に着く頃だ」
二人は身支度を整えると、ラウンジに向かう。
二人がラウンジのいつもの席で朝食を食べていると、ユニコーン小隊の他の者達もラウンジに集まって来る。
小隊のメンバーがそろって食事を終える頃、外が暗くなってきて、ラウンジの窓に雨が降り付ける。
窓の外を眺めながら、エルザは口を開く。
「陽が陰って暗くなってきた。・・・お天気が悪くなってきたわね」
アルも窓の外を眺めながら口を開く。
「雲の中に入ったのかな??」
アレクは答える。
「さっき、南の方にあった積乱雲の中に入ったと思う」
アルは嫌そうな顔で答える。
「うへぇ。それじゃ、外は雨か・・・」
トゥルムは口を開く。
「天気が雨でも、カスパニア軍は待ってはくれないからな」
アルは諦めたように答える。
「それは、そうだけどさ・・・」
食事を終えたアレク達は、一休みすると、ジカイラとヒナの待つ格納庫へと向かう。
アレク達が格納庫に着くと、他の小隊も時間通りに格納庫に集合してくる。
全ての小隊が時間通りに集まると、あらかじめヒナが貼り出した地図を基にジカイラが偵察作戦の概要を説明し、各小隊に偵察担当地域を割り振って指示する。
アレク達は、貼り出された地図で自分達の担当する地域を確認する。
地図を眺めながらアレクは口を開く。
「・・・今回はブナレスに近い地域だな。・・・それに広い」
ルイーゼは、貼り出された地図を確認しながら、小隊の偵察担当地域についてメモを取っていた。
アルも口を開く。
「・・・確かに広いな。こんなに広い地域だと小隊でまとまって偵察するより、一機ずつ広がって偵察した方が効率が良いだろ。拠点に配備されている固定弓や投石器には注意が必要だけど、地上部隊のカスパニア軍や人狩りは、飛空艇を墜とせる対空兵器なんて持っていないんだし」
トゥルムもアルの意見に賛同する。
「同感だ。雨も降っているし、効率良く偵察して早く終わらせよう」
ドミトリーも賛同する。
「確かに。カスパニア軍がこの雨の中を進軍しているとは、思えん」
アレクは答える。
「判った。今回は一機ずつ広がって一気に偵察しよう」
アレク達は飛空艇に乗り込むと、ユニコーン・ゼロの飛行甲板から離陸する。
降りしきる雨の中、上空で旋回しながら一度、編隊を組んだ後、ユニコーン・ゼロからブナレスの前線に向けて扇形に広がりながら偵察担当地域に向けて飛行する。
アレクとルイーゼの乗る機体ユニコーン・リーダーは、半時ほどで偵察担当地域に着き、高度を三十メートルまで下げて偵察を始める。
二人が着ている飛行服は、耐水性であったが完全防水という訳ではなく、雨に当たりながら飛空艇で偵察飛行するのは、あまり心地の良いものではなかった。
二時間ほど二人は飛空艇から地上を偵察するが、カスパニア軍の姿は無かった。
雨足はどんどん強くなり、やがて嵐になる。
天候の悪化により視界も悪化し、アレクとルイーゼは偵察どころではなくなってきた。
二人とも雨に濡れ、体温が奪われていく。
アレクは口を開く。
「まずいな。・・・嵐になって来た」
ルイーゼは答える。
「アレク。このまま飛行を続けるのは危険よ。どこかに降りて、一旦、嵐をやり過ごしましょう」
アレクは、飛空艇を操縦しながら嵐をやり過ごせる場所を探す。
やがて、人里離れた木立のそばに廃屋を見つける。
アレクは口を開く。
「ルイーゼ。あの廃屋の側に降りて、嵐をやり過ごそう」
「了解!」
アレクとルイーゼは、廃屋の側に飛空艇を着陸させると、二人は手際良く飛空艇から非常用備品箱を降ろし、飛空艇を木立の中に隠す。
木立から廃屋に向かう途中、二人の目の前に石像が現れる。
驚いた二人は、石像の近くに行って確かめる。
石像を眺めながら、アレクは呟く。
「人間の石像?」
人間の石像の顔を指先でなぞりながら、ルイーゼも口を開く。
「良くできているわね。・・・見て。他にも何体かある」
アレクがルイーゼの指し示す方向を見ると、同じような石像が何体か立っていた。
石像を確認した二人は、二人で非常用備品箱を廃屋の中に運び入れる。
廃屋は、以前は農家であったようで、暖炉があり、薄暗い屋内には干し草や薪がそのまま残されていた。
アレクは口を開く。
「寒いな・・・。暖炉で火を起こすよ。飛行服も乾かさなきゃ」
ゴズフレズといった竜王山脈の北側の北部地域の秋は、帝国より気温は低く、既に外気温は一桁台まで下がっていた。
ルイーゼは答える。
「そうね。お昼も近いし、何か簡単に食事を作るわ」
ルイーゼは、非常用備品箱から食品の入った小箱とランプを取り出して台所の方へ持っていく。
アレクとルイーゼは、濡れた飛行服を乾かすため、脱いで暖炉の側に吊るす。
下着姿のアレクは、室内を温めるため暖炉の火に薪をくべていくと、非常用備品箱から毛布を取り出して干し草の束を暖炉の前に置き、その上に毛布を広げソファーの代わりにする。
(・・・我ながら上出来だ)
アレクが干し草と毛布で作ったソファーに座り、もう一枚の毛布を羽織りながら暖炉の火にあたり始めると、ルイーゼが台所でランプを付けて食事の支度を始めたようであった。
アレクは、台所を見て驚く。
そこには、全裸でエプロンを付け、鼻歌交じりで料理するルイーゼの後姿があった。