第二百七話 北方の獅子王とダークエルフの女王
応接室で寛ぐアレク達の元に侍従が訪れ、アレクとルイーゼはジークの私室に呼び出される。
侍従がドアをノックして声を掛ける。
「殿下。アレク中尉とルイーゼ少尉をお連れ致しました」
「通せ」
侍従はドアを開けて恭しく一礼すると、アレクとルイーゼをジークの私室の中へ案内する。
ジークは、戦闘装備姿でソファーに座ったまま二人を出迎える。
「久しぶりだな」
「兄上・・・」
「遠慮するな。二人とも座れ」
ジークに促され、二人は机を挟んだジークの向かいのソファーに腰掛ける。
ジークは、向かいに座るアレクの制服の胸にゴズフレズ戦士勲章が付けられている事を見つけると、アレクに優しく微笑み掛ける。
「少し会わない間に立派になったな」
「ありがとうございます」
目標にしている兄ジークに認められ褒められて、アレクは少し嬉しかった。
アレクは、ジカイラから命じられた自分達の任務についてジークに説明する。
「ジカイラ中佐からゴズフレズの王女をハロルド王のいるティティスに連れて来るように命じられたのですが」
ジークは上機嫌に答える。
「そうか。なら、話は早い。ゴズフレズのカリン王女なら、このニーベルンゲンに乗艦している。そして、ニーベルンゲンもハロルド王の居るティティスに向かう。五時間ほどで着くから、お前達もこの艦で一緒に行くと良い」
「判りました」
ジークは、思い出したように二人に告げる。
「そうだ。改めて二人に伝えておこう。私は結婚したのだよ」
アレクは少し驚きながら答える。
「それは・・・おめでとうございます」
ルイーゼはアレクに追従する。
「おめでとうございます」
ジークは、苦笑いしながら答える。
「改めて三人の妃を紹介しておこう」
ジークは、手元のベルを鳴らして侍従を呼びつけると、三人の妃を呼んで来るように申し付ける。
程なくジークの三人の妃達はジークの私室にやって来る。
三人の妃達は私室に入り、ジークのソファーの傍に立つと、ジークは口を開く。
「紹介しよう。正妃のソフィア、第二妃のアストリッド、第三妃のフェリシアだ」
ジークは、三人の妃達にアレクとルイーゼを紹介する。妃達は、儀礼的に挨拶する。
「こちらも改めて。私の弟アレキサンダーと、その副官のルイーゼだ」
三人の妃達は、幾多の戦場を経験したアレクが精悍な顔つきになっている事に驚く。
ソフィアとアストリッドは、アレクがジークの弟であり、帝国第二皇子であることを知っていたが、フェリシアにとっては初耳であった。
フェリシアは呟く。
「アレク中尉が・・・、ジーク様の弟・・・」
フェリシアの呟きを聞いたアレクは苦笑いする。
フェリシアは、アレクの隣に座るルイーゼからの視線に気が付くと、視線を逸らす様に俯く。
紹介の後、ジークは、ゴズフレズの王城でのカリンの救出と、スベリエ王国の王太子アルムフェルトとの一件についてアレク達に話す。
アレク達もティティス奪還での出来事と、ジカイラから聞いた話、ニーベルンゲンに来るまで見聞きした事などをジークに話す。
ジークは尋ねる。
「アレク。このまま、スベリエが黙って引き下がると思うか?」
アレクは、ひと呼吸の間、考えるとジークに答える。
「どうでしょう? スベリエ側の優先順位の問題だと思います。ゴズフレズからカスパニアを排除しようとするのが先か、帝国を排除しようとするのが先か」
「なるほどな」
--翌日。スベリエ王国 王都 ガムラ・スタン
アレク達とジーク、カリンの乗るニーベルンゲンが威嚇射撃を行い、ティティスへ向けて航行し始めたのを受け、スベリエ飛行艦隊はゴズフレズの王城への攻撃を打ち切り、スベリエ本国へと引き上げていた。
スベリエ王国の王城は、王都ガムラ・スタンにあった。
王城の謁見の間には、鈍い音が繰り返し響き、悲鳴とうめき声がそれに続いていた。
大柄で屈強な壮年の男が、若者を木剣で繰り返し殴り付けていた。
壮年の男の髪は、堀の深い顔に見事な銀髪であり、白い獅子の鬣を想起させる。
壮年の男は、スベリエ王国国王フェルディナント・ヨハン・スベリエ。
繰り返し木剣で殴り付けられ、床にうずくまる若者は、スベリエ王国王太子アルムフェルト・ヨハン・スベリエであった。
廷臣たちは『猛将』として知られ『北方の獅子王』と恐れられる国王の鬼気迫る迫力に気圧され、木剣で王太子を繰り返し殴り付ける様を黙って見ていた。
フェルディナント王は、憤怒の形相で木剣でアルムフェルトを殴り付けながら、謁見の間にの怒声を響かせる。
「『目の前で、帝国の皇太子にゴズフレズのカリン王女を連れていかれました』だと!?」
殴り続けられているアルムフェルトは、床にうずくまり悲鳴を上げているのが精一杯であった。
「ぎゃん! ぎゃん! ぎゃん!」
「マヌケにもほどがある! お前は黙って、それを許したのか!? 何故、皇太子を斬るなり、捕えるなりしなかった!? ゴズフレズの王女は、お前の妃になる女なのだぞ! 皇太子は、帝国がゴズフレズに介入している『動かぬ証拠』なのだぞ!」
再び幾度も殴り付けられ、アルムフェルトは謝罪を叫ぶ。
「すびばせん! すびばせん!」
フェルディナント王の怒りは収まらず、憤怒の形相で木剣でアルムフェルトを殴り続け、怒鳴りつける。
「皇太子に臆するならまだしも、皇太子の妃に、女に臆するとは! 自分の妃になる女を皇太子に連れていかれ、女にビビって逃げ帰って来るなど、それでもお前は男かぁ!」
「ぐあっ! がぁっ! ぎゃあっ!」
「なぜ、ゴズフレズの王女を連れて来なかった! 属国のゴズフレズを、ゴズフレズ海峡を失えば、我がスベリエは滅ぶのだぞ!? 判っているのかぁ!」
父親であるフェルディナント王から何度も木剣で殴られ、顔や体のあちこちにアザや傷を作って床の上にうずくまるアルムフェルトが答える。
「・・・だって、相手は、飛竜に竜騎士に上級騎士ですよ? とても勝ち目ありませんよ」
再び、謁見の間にフェルディナントの怒声が響く。
「今まで散々、言って来ただろう? 『剣術の鍛錬をしろ』と! 『魔法の勉強をしろ』と! 勉強も鍛錬もせず、女の尻ばかり追い掛けているから、このような醜態を晒すのだ!」
フェルディナント王は、足元にうずくまるアルムフェルトの前に仁王立ちして見下ろすと、冷たく言い放つ。
「お前ようなフヌケなど、廃嫡して、宮刑(※去勢刑のこと)にした方が良いかもしれんな! そうしたら、女の尻ばかり追い掛ける事も無くなるだろう!」
アルムフェルトがフェルディナント王の足にすがりつく。
「そ、そんなぁ~。お許し下さい」
「だいぶ御機嫌斜めのようじゃな?」
謁見の間に声が響き、物陰から女と二人の従者が現れる。
女は、褐色の肌に尖った耳、長く美しいプラチナブロンドの髪で、黒革でできた水着のビキニとコルセットのような服を着ており、両肩にはケープのような薄布を羽織っている妖艶な美女であった。
新大陸にあるダークエルフ達の国、魔導王国エスペランサを統べるドロテア女王であった。
フェルディナント王が姿を現したダークエルフ達の方を振り向いて呟く。
「ドロテアか。いつの間に? どこから入って来た?」
ダークエルフのドロテア女王は、フェルディナント王に歩み寄りながら口を開く。
「ふふ。正面から堂々と入れたぞよ?。・・・帝国の皇太子は手強いと聞く。息子が下手を打ったからといって、あまり叱りつけるのも哀れではないか?」
フェルディナント王は、呆れたように答える。
「『戦って勝てない事』を叱っているのではない。『戦おうとせず逃げ帰って来た事』を叱っているのだ。 女相手に情けない! お前は、それでも男か!」
ドロテア女王は、薄ら笑みを浮かべながら、涙目のアルムフェルトに聞こえるようにフェルディナント王に語り掛ける。
「ふむ。フェルディナントよ。この男を宮刑にするのなら、我がしても良いか? ノコギリで男の印を切り取ってくれようぞ? さぞ楽しかろうて!」
アルムフェルトは、涙目で悲鳴を上げる。
「ヒ、ヒィイイイイ!」
フェルディナント王は、ため息交じりに答える。
「このようなフヌケでも、愚息なのだ。お前に処刑させる訳にはいかん。この愚かな愚息に、帝国の皇太子の才覚の一割でもあれば良かったのだが」
ドロテア女王は跪くと、涙目のアルムフェルトの顎に人差し指を当ててアルムフェルトの顔を上げ、覗き込みながら薄ら笑みを浮かべて答える。
「それは残念。この男なら、宮刑の際には、さぞ心地良い叫びを上げたであろうに」
アルムフェルトの顔が恐怖に凍り付く。
フェルディナント王はドロテア女王に話し掛ける。
「ドロテアよ。また、食人鬼を譲ってくれ。先日買った二体は、二体とも帝国の皇太子に殺られたようだ」
ドロテア女王は、立ち上がってフェルディナント王の方を振り向くと、妖しい微笑みを浮かべながら答える。
「・・・承知した。生きの良いのを届けさせよう」
闇の眷属であるダークエルフ達は、次の陰謀を企てていた。