第二十一話 相棒ともう一人のヘーゲル
小隊の女の子達が夕食の準備を始める。
最初は、ルイーゼとナタリーの二人だけであったが、最近はエルザとナディアも手伝い、四人で行うようになっていた。
『肉食女子』のエルザとナディアは、料理の腕を上げて彼氏を作ることが目的であった。
アレクとアルは、二人並んで食堂のソファーに座る。
アルがアレクに話し掛ける。
「なぁ……お前って、何者なんだ?」
「『何者』って……?」
「革命戦役の英雄の父さんが『お前の伴をしろ』って言ってたし、お前と同じヘーゲル姓の奴が士官学校に居たり、皇太子がお前を小突いたり……お前、只者じゃないだろ?」
アルの言葉に、アレクは、相棒のアルには自分の素性を打ち明けようかと迷う。
アレクが迷っていると、アルが続ける。
「職業決めで、いきなり中堅職の『騎士』になった事からも、只の『金持ちボンボン』って訳でもないだろうし。……まぁ、オレはお前が何者でも良いさ。話したくなったら、話してくれ」
そう言うと、アルは女の子四人が夕食の準備をする微笑ましい姿を眺める。
素性を打ち明けるタイミングを失ったアレクも、アルの視線の先を見る。
アルは、視線を女の子達に向けたまま、再び隣に座るアレクに話し掛ける。
「アレク。お前、あの四人の中で、誰が好みのタイプだ? やっぱりルイーゼか?」
アルにそう言われて、アレクは改めて四人の女の子を見る。
ルイーゼ、ナタリー、ナディア、エルザ。
四人とも美人であった。
しかし、アレクの答えは決まっていた。
「ルイーゼだよ」
アレクは、制服の上にエプロンを付けて、そそくさと食事の支度をするルイーゼのスタイルの良い後ろ姿を眺める。
ルイーゼは、アレクにとって『幼馴染』であり、『特別な存在』であった。
アレクがアルに聞き返す。
「そういう、アルはどうなんだ?」
「オレか? オレはナタリーがタイプなんだよな。お嬢様でさぁ~」
アルの以外な答えにアレクは驚く。
「そうなんだ」
照れ臭そうにアルが答える。
「お嬢様の彼女を『守ってあげたい』と思うんだよね」
アルの言葉にアレクは微笑む。
「そっか。応援するよ」
「ありがとう」
アレクは、本音で自分の恋話を語るアルの事を考える。
(アルは、ナタリーが好きなのか。小隊で何かあったら、二人になる機会を作ってあげないとな)
アレクとアルが語りあっているうちに夕食の準備ができ、小隊の仲間たち全員が揃って夕食を食べ、雑談で盛り上がる。
--夕食後。
アレクとアルは、連れ立って補給処に買い物に出かける。
二人が補給処に着くと、補給処の出入り口前に人だかりができており、騒動になっていた。
アルは、集まった野次馬の隙間から、人だかりの中を覗こうと背伸びして覗き込む。
「なんだぁ?」
アレクがアルに尋ねる。
「何の騒ぎだ?」
「さぁ?」
二人が野次馬の後ろにいると、集まっていた野次馬の人だかりが急に別れ、二人の前に、中から男が転がり出てくる。
軍監の怒鳴り声がする。
「貴様ぁ! 何様のつもりだ!」
軍監の一人がそう怒鳴ると、軍監達は集まって転がり出てきた男を警棒でメッタ打ちにする。
アルがアレクに話し掛ける。
「……おい。アイツ、ルドルフじゃないか?」
アレクが転がり出てきた男の顔を見ると、先日、アレク達と補給処で乱闘したグループのリーダー格のルドルフであった。
アレクは、アルに答える。
「そうだ。ルドルフだ」
ルドルフは、軍監達に警棒で袋叩きにされて地面に這いつくばると、軍監達に両腕を抱えられ、引きずられて連行されていった。
軍監の一人が叫ぶ。
「来い! 懲罰だ!」
ルドルフが軍監達に連行されていくと騒動は収まり、野次馬達は皆、帰って行った。
アルがアレクに話し掛ける。
「……アイツ、荒れてるみたいだな」
「そうなんだ」
「うん。ルドルフは、オレ達以外にも、喧嘩や乱闘をやらかしたり、先輩達や貴族組とモメたりしているようだぜ?」
「荒れているなぁ……」
「しかし、よりによって軍監と揉めるって、アイツ、バカじゃないのか? 『軍監』ってのは、士官学校内の呼び名で、学校の外じゃ『憲兵』って呼ばれているんだぞ」
士官学校の学生は『軍属』ではあり、『正規の帝国軍人』という訳ではない。
そのため、帝国軍所轄施設である士官学校の内部の司法と、学生の風紀維持、指導教育に当たる憲兵を『軍監(軍の監督)』と呼んでいた。
連行されたルドルフは、後ろ手に手錠を掛けられると、腰の高さほどの天井しか無い、狭く暗い懲罰房の中に放り込まれ、その床の上に転がる。
ルドルフを放り込んだ軍監の声が響く。
「そこで頭を冷やせ!」
軍監は、ルドルフにそう告げると懲罰房の扉を締める。
ルドルフは、懲罰房の床の上から閉じられた扉を睨み上げた。
ルドルフ・ヘーゲルは、自分の生い立ちを呪い、荒れていた。
ルドルフは、ルードシュタット領郊外の工房に生まれた。
彼は、自分の父親の顔を知らず、未婚の母と母の姉夫婦、祖父の元で育った。
彼の母は、明るく快活な働き者の女性で、隣近所や周囲からの評判は良かった。
しかし、田舎には良くありがちなことで、彼は、周囲から彼の母が『未婚の母』であることを詰られながら育った。
心無い人達が、ルドルフと彼の母を『淫売』『売女の子』などと罵る度にルドルフは突っ掛かり、頻繁にトラブルを引き起こしていた。
ルドルフは、何度も母に自分の父親のことを尋ねたが、彼の母は、頑として彼の父親の名前を明かさなかった。
父親の名前を尋ねると、彼の母は、只、寂しそうに微笑んでこう答え、ルドルフを諭すだけであった。
「私と貴方の父親が愛し合ったのは、たった一度だけ。その愛の結晶が貴方よ。貴方の父親は『至高にして最強の騎士』。貴方は、その血を受け継いだ息子。どうか、自分自身を大切にして」
ルドルフは、ずっと自分自身にこう言い聞かせていた。
「母さんは、最上位の神官職である首席僧侶だ! 奴らの言う『淫売』や『売女』であるはずがない! 母さんが父さんの名前を明かさないのは、何か秘密にする理由がある! いつの日か、自分で父さんを探し出してやる!」
ある日、ルドルフは『士官学校に行きたい』と自分の決意を母に話した。
自分の父親は、『至高にして最強の騎士』。それならば、自分も騎士になって父親を探すつもりであった。
ルドルフが自分の決意を母に打ち明けた夜、彼の母は『貴方の決意を貴方の父親に知らせる』と手紙を書いていた。
ルドルフの決意を知った周囲は『士官学校は、成績優秀で品行方正でなければ入れない。不良のルドルフには、とても無理だ』と冷ややかに笑っていた。
しかし、ルドルフは一度の受験で士官学校に合格する。
不良であったルドルフの士官学校入学が、彼の父親の口添えであることを知っているのは、ルドルフの母だけであった。