第百九十三話 ティティス探索(三)
アレクとルイーゼは、市庁舎の裏口に回る。
裏口には見張りのカスパニア兵が一人で立っていた。
「見張りは一人ね。・・・アレク、やるわよ!」
ルイーゼは、建物の影から周囲を確認すると、弓に矢をつがえてカスパニア兵に狙いを定め、矢を放つ。
ルイーゼが放った矢は音も無くカスパニア兵の首を貫き、見事に一撃で仕止める。
アレクとルイーゼの二人は、市庁舎の裏口に駆け寄ると、カスパニア兵の死体を裏口の側の植え込みの影に隠し、ルイーゼが扉を解錠する。
二人は、慎重に市庁舎の中の様子を伺いながら、建物の中に忍び込んでいく。
ルイーゼは、壁の案内図を指し示しながら口を開く。
「アレク。建物の案内図があるわ」
「ちょっと待って。現在位置は・・・」
アレクとルイーゼは、裏口近くの壁に掲示してあった建物の案内図で現在位置を確認し、建物の大まかな構造を把握する。
市庁舎は石造りの三階建ての建物で、建物の中央と東西の両端に階段があり、いかにも『中世の地方都市の役場』といった趣の質素な建物であった。
一階は、窓口や倉庫、一般職員の作業区画、二階は会議室や書庫といった倉庫区画、三階が市長室や応接室がある貴賓区画となっていた。
アレクは口を開く。
「三階を目指そう」
二人は、裏口から建物の東側の階段へ向けて小走りで進む。
大部屋の前の通路を二人が駆け抜けると、壁越しに中で働いているであろう人々の話し声が聞こえてくる。
階段に誰もいないことを確認した二人は、東側の階段を上り二階へ上る。
市庁舎二階の倉庫区画は、会議室や書庫が多く、ほとんど人の気配は無かった。
ルイーゼは『機材倉庫』と書かれている部屋の鍵を開錠すると、アレクを引っ張り込み、二人で部屋の中に入る。
突然のルイーゼの行動にアレクは驚く。
「・・・どうしたんだ? ルイーゼ。こんな倉庫に入って?」
ルイーゼは笑顔で答える。
「アレク、ここで待っていて欲しいの」
「え!?」
「・・・二人で動くと目立つから。それに潜入なら、忍者の私一人の方が見つかりにくいわ」
ルイーゼの言葉には一理あった。
上級騎士であるアレクには斥候系盗賊系の技能は無かったが、忍者であるルイーゼは、全て身に付けていた。
ローブの下に鎧を着込んだアレクと二人で一緒に行動するよりも、ルイーゼ一人の方が見つかりにくく、身軽に動けることは明らかであった。
「・・・判った。オレはここで待っているから、くれぐれも危険は避けて。気を付けて」
「大丈夫よ」
ルイーゼはアレクにそう告げると、メイド服に着替え、背中にショートソードを隠す。
「こっちのほうが目立たないでしょ?」
元々、皇宮で『アレク付きのメイド』であったルイーゼのメイド服姿は様になっており、全く違和感の無いものであった。
ルイーゼは、自分からの申し出を受けてくれたアレクにキスする。
「アレク。愛してる。・・・ここで待ってて」
ルイーゼは、心配そうに自分を見詰めるアレクに可愛らしく微笑み掛けると、倉庫を後にする。
一人で通路に出たルイーゼは、閉めた扉に背を付けたまま目を瞑り、静かに深呼吸をする。
(カスパニア軍の司令官を仕留める! 軍の情報を奪取する! ・・・アレクのために!)
カスパニア軍の司令官を暗殺する事は、今回の任務に含まれていない。
ルイーゼの独断であった。
ルイーゼは、アレクが率いるユニコーン小隊の戦果を上げ、アレクの評価を上げる事に必死であった。
皇帝ラインハルトによってアレクに課せられた懲罰を解いてもらうには、アレクの評価を上げる事が一番確実であり、近道であった。
アレクが帝国第二皇子に復帰するためであれば、ルイーゼはどんな事でもやり、どの様な手段でも取るつもりであった。
深呼吸を終えたルイーゼの表情は、戦士の顔つきへと変わる。
ルイーゼは音も無く走り出すと、階段を三階へと駆け上がって行った。
ルイーゼは、市庁舎三階の貴賓区画に入る。
通路には、応接室などに出入りしているカスパニア軍士官が数人居るのが見える。
ルイーゼはメイドらしく、少し目線を落として静かに通路を歩いていく。
途中、何人かのカスパニア軍士官とすれ違うが、誰もルイーゼを怪しむ者は居なかった。
ルイーゼは応接室の前まで歩くと、ドアをノックして開け、一礼して中に入る。
「失礼致します」
応接室には誰も居らず、カスパニア軍の将校が事務所代わりに使っているようで、部屋には向かい合って置かれたソファーと、その間に長いテーブルがあり、カスパニア軍の書類が雑多に置かれていた。
(・・・これは、カスパニア軍の情報!)
ルイーゼは、それらしい羊皮紙の書類を布袋に詰め込む。
応接室の一角に置いてあった食器運搬用のワゴンの中に書類を詰め込んだ布袋を入れると、ワゴンを押しながら部屋を出て、一礼してドアを閉める。
「失礼致しました」
ルイーゼは、何事も無かったようにワゴンを押しながら、そのまま市長室を目指して通路を歩いて行く。
やがてルイーゼは市長室の前に着き、ドアをノックして開け、一礼してワゴンを押しながら中に入る。
「失礼致します」
市長室は三部屋あり、執務室と控え室、給湯室があったが、カスパニアの将軍が接収して使っているようで、ルイーゼが入った執務室の壁には、書き込みが幾つもある大きな地図が張られており、執務用のテーブルの脇には、カスパニア国旗と白いヒゲが強調された軍人の顔が描かれた軍旗が掲げられていた。
ルイーゼが周囲を警戒していると、控室の方から男女の声が聞こえてくる。
「・・・ああっ。・・・あん。・・・今、起きたばかりよ?」
「・・・ふふふ。良いではないか。お目覚めの一発だ」
ルイーゼが控室の様子を窺うと、控室には豪華な天蓋付きのベッドが持ち込まれ、カスパニア軍の将軍らしい男と娼婦のような女が睦あっている最中であった。
ルイーゼは、背中からショートソードを取り出すと、潜伏スキルを使って自分の気配を殺して天蓋付きのベッドに近づく。
男が女の上に乗って二人がキスしたのと同時に、ルイーゼは男の背中にショートソードを突き刺し、そのまま男の背中から男女二人とも貫く。
「ぐうっ!」
男は女とキスしながら、一言、うめき声を上げ、絶命する。
「んんんん!!」
男とキスしながらルイーゼの姿を見た女が、驚愕して目を見開いたまま、絶命する。
(・・・仕留めた!)
ルイーゼは、ベッドで抱き合ったまま絶命した二人の死体を一瞥すると、ショートソードの血糊を拭って背中に仕舞い、執務室の机に向かう。
執務室の机の上や、机の周辺にある羊皮紙の書類や書き込みのある地図を手際良くワゴンの布袋に詰めていく。
ルイーゼは、ワゴンを押しながら市長室を出ると、一礼してドアを閉める。
「失礼致しました」
仕事を終えたルイーゼは、何事も無かったかのように、東側の階段に向かってワゴンを押していく。
ルイーゼは、東側の階段に向かう途中で、カスパニア軍士官に呼び止められる。
「お前、見ない顔だな? 新人か?」
ルイーゼは、俯きながら答える。
「はい」
カスパニア軍士官は下卑た笑みを浮かべると、ルイーゼの右腕を掴んで迫ってくる。
「フフ。可愛い顔をしているな。・・・オレの妾にならないか?」
「困ります! お止め下さい!」
カスパニア軍士官は、近くの応接室のドアを開けると、力任せにルイーゼを強引に部屋の中に引っ張り込む。
「来い!」
「ああっ!」
ルイーゼを連れ込んだカスパニア軍士官が応接室のドアを閉めた瞬間、ルイーゼは掴まれていた腕を振りほどくと、左手でカスパニア軍士官の口を塞ぎ、右手で自分の太腿の内側に隠してある短刀を取り出すと、カスパニア軍士官の下あごから脳天へ短刀を突き刺す。
刺されたカスパニア軍士官は、白目を剥いて痙攣しながら絶命する。
ルイーゼは、白目を剥いたまま痙攣し続けるカスパニア軍士官の死体に冷たい微笑みで呟く。
「ごめんなさい。私の身も心も、アレクのものなの」
ルイーゼは、動かなくなったカスパニア軍士官の死体を応接室のソファーの影に隠すと、連れ込まれた応接室を後にする。
通路に戻ったルイーゼは、東側の階段の手前にワゴンを置くと、書類や地図の詰まった布袋だけを持って階段を降りていく。
二階に降りたルイーゼはアレクの待つ『機材倉庫』と書かれている部屋に戻って来る。
部屋で待っていたアレクはルイーゼを出迎える。
「お帰り! ルイーゼ、無事だったか?」
ルイーゼは、アレクに笑顔を見せると、メイド服から黒皮の上下の服に着替えながら答える。
「大丈夫、上手くいったわ! 脱出しましょう!」
アレクとルイーゼは、来た道を戻り、再び裏口から市庁舎の外へ出ると、隠れ家にしている倉庫に向かう。




