第百八十九話 潜入、城塞都市ティティス
ナディアは、アレクの腕の中で目が覚める。
周囲を見回すと、まだ薄暗く、夜明け前であることが判った。
傍らで眠るアレクの寝顔を見詰めながら、昨夜、アレクと愛し合った余韻に浸る。
ナディアは、アレクを起こさないように毛布を少しめくって、アレクの身体を覗き見る。
ナディアは覗き見しながら、アレクの事を考える。
(ふふ。・・・女の子みたいな顔して)
ナディアは、めくった毛布を元に戻し、再びアレクの寝顔を眺める。
(・・・女の子みたいな美形で、強くて、優しくて、お金持ちで、直向きな努力家)
(・・・頑張って、上級騎士にもなった)
ナディアは、最初は『メイド付きお屋敷』を買って貰うためにアレクに近づいたが、肌を合わせて交わり、情を重ねるうちに自分がアレクに本気になっている事に気が付く。
ナディアは、眠っているアレクの顔に掛かる前髪を指先で除ける。
(ルイーゼがアレクに惚れ込むのも判る)
(・・・女なら、傍に居て支えたくなる。・・・この腕に抱かれ、護られたくなる。・・・独り占めしたくなる)
(・・・いけない、いけない。エルフの私が、高望みし過ぎね)
ナディアは、眠っているアレクの額にキスすると、アレクを起こさないように床から出て、再び身体を拭き、身を清める。
ナディアが身支度を整えてテントの外に出ると、東の空が明るくなり始めていた。
朝陽が上り、アレク達とジカイラは、揚陸艇で事前にティティスと、その周辺を上空から偵察する。
アレクが揚陸艇から望遠鏡で地上を見ると、ティティスの周辺は、前線から退却してくるカスパニア軍A軍集団でごった返しの状況であった。
ティティス市内に入りきれないカスパニア軍や傭兵団、人狩りなどが城壁の外周で野営しており、その兵士達を相手に商売する商人や娼婦たちで溢れ返っていた。
ジカイラが言っていた通り、城壁で囲まれたティティスに地上から潜入する事は、困難である事は明らかであった。
望遠鏡でティティスの周囲を見たアレクがジカイラに報告する。
「以前、中佐がおっしゃっていた通りです。ティティスの城壁周辺はカスパニア軍で溢れ返っており、地上からの潜入は、かなり厳しいと思います」
ジカイラは、アレクからの予想していた通りの報告に納得したように答える。
「まぁ、戦場の都市や酒保なんてそんなものさ。・・・日没後に海からの潜入したほうが良いだろう」
アレク達ユニコーン小隊によるティティス潜入は、日没後に海上から行われる事になった。
--夜。
潜入する準備を終えたアレク達は、揚陸艇でティティスの沖合の上空へ出る。
揚陸艇は、海上に着水して跳ね橋を降ろす。
穏やかな夜の海は凪いでおり、夜空に浮かぶ三日月の光を反射して幻想的に輝いていた。
揚陸艇の格納庫でジカイラはアレク達に声を掛ける。
「気をつけてな!」
「はい!」
アレクは小隊に号令を掛ける。
「みんな、行くぞ!」
アレクの掛け声でアレク達は、荷物や装備を積み込んだ小舟を跳ね橋から海上へと押し出すと女の子達から順に、次々と飛び乗る。
小舟には、先頭から忍者のルイーゼ、魔導師のナタリー、エルザ、ナディア、ドミトリー、トゥルムとアル、最後にアレクが飛び乗った。
ドミトリー、トゥルム、アル、アレクの四人が櫂で漕ぎ、夜の港へ向けて小舟を漕ぎ進める。
アレク達は、夜のティティス港内に小舟を漕ぎ進めて行く。
夜の港は、見張りの姿はおろか、人の気配さえ無く、小波の音だけが響いていた。
泊地には漁船がもやいで係留されて並び、船揚場には小舟が並んでいた。
埠頭に係留されているカスパニア軍艦の窓から漏れる明かりと、護岸で煌々と焚かれている篝火の列が見える。
アレク達は、遠巻きにカスパニア軍艦を眺めながら、漁業区画を目指して小舟を進める。
アルは口を開く。
「・・・デカい船だな」
ドミトリーは答える。
「カスパニアのキャラックだ。外洋を航行できるだけあって、それなりに物資も運べるだろう」
アレクも口を開く。
「カスパニアは、この船で新大陸に行っているのか?」
アルは答える。
「ああ。・・・もっとも、カスパニアの主な貿易なんて、奴隷と麻薬だけどな」
ナタリーは呟く。
「奴隷と麻薬・・・」
ルイーゼは口を開く。
「カスパニアは、アスカニア大陸で捕まえた人々を奴隷として新大陸で売って、そのお金で新大陸で麻薬を仕入れてアスカニア大陸で売っているのね」
ドミトリーも口を開く。
「マフィアの親玉のような国だ」
トゥルムは口を開く。
「国という規模で、ロクな事をしていないな」
アルは口を開く。
「まったくだ。・・・って、そろそろ漁業区画の船揚場だぞ」
アレクは指示を出す。
「よし! 小舟を船揚げ場に上げよう」
「了解!」
アレク達は小舟を船揚げ場に着けると、海に入り、膝まで浸かりながら小舟を船着き場に上げる。
ルイーゼとナディアが船揚げ場の周囲を見回り、警戒する。
ルイーゼは口を開く。
「周囲に人の気配は無いわ」
アレクは、漁港周辺の建物を見回すと、船揚げ場の一角にある倉庫を指差す。
「まず、あの倉庫を調べよう」
エルザは疑問を口にする。
「倉庫なんて、調べてどうするの?」
アレクは答える。
「この街で探索を始める前に、まず隠れ家が必要だろ?」
「な~るほど。私達の『秘密基地』ってことね!」
「そういう事だ」
アレクの答えにエルザは納得したようであった。