第二十話 ジークフリートとソフィア
士官学校の寮の敷地は、貴族の子弟が居住する『貴族居住地区』と『平民居住地区』に分かれていた。
平民用の寮は、二階建ての建物を二棟で繋げた大きな建物であった。部屋は全て個室であり、四部屋で一棟。二棟で一つの寮になっており、八人で一つの寮を使用している。
貴族用の寮は、貴族子弟用の棟と使用人用の二棟からなり、一人で一つの寮を使用していた。
その貴族居住地区の最奥に『迎賓館』と言って良い寮があった。
皇太子ジークフリートが居住している『寮』である。
その大きな建物は二階建てであり、大勢の使用人が居るだけでなく、建物の周囲を鉄柵で囲い、昼夜を問わず衛兵が四方を警備していた。
ジークは、一階の大浴場で入浴していた。
大浴場にはプールのような広い浴槽が二つあり、熱い湯とぬるま湯の二種類があったが、ジークは浴槽の縁に両腕を広げて寄り掛かるようにぬるま湯の浴槽に浸かり、大理石でできた獅子の彫像の口から出てくるお湯を眺めていた。
ジークが湯船に使って寛いでいると、湯気の立ち上る大浴場の出入り口を開閉する音がする。
立ち上る湯気の中から現れたのはソフィアであった。
ソフィアは、セミロングの美しい紅い髪を結い上げ、全裸で大浴場に入って来た。
ジークは、浸かっている湯槽の中からソフィアを見ると口を開く。
「ソフィアか。これへ」
そう言ってジークは鼻先でソフィアに傍らに来るように指示する。
「はい」
ソフィアは嬉しそうにそう答えると浴槽に入り、ジークの傍らへ歩いて行く。
ジークの傍らまで来るとソフィアは跪き、両手でジークの頬に触れながら、熱い口付けを交わす。
「んん……」
キスし終えると、ジークの右肩に自分の体を委ねるように寄り掛かりながら、浴槽に浸かる。
ジークがソフィアを褒める。
「上手くなったな」
「ありがとうございます」
ソフィアは、指先でジークの胸に文字をなぞり、ジークに甘えながら呟く。
「……ジーク様。早く、私を寝所で抱いて下さい」
「そう、急ぐな」
ジークがソフィアに告げる。
「許してくれ。私の立場上、婚姻前に妃を孕ませる訳にはいかない。それに、他の貴族たちの手前、皇太子妃をお前一人だけにするという訳にもいかない」
ソフィアが真顔でジークを見詰めながら答える。
「ジーク様の立場は判っています。しかし、私は孕んでも構いません。他に妃が何人居ても構いません」
ソフィアは、ジークにベタ惚れであった。
ジークは穏やかに微笑みながら答える。
「そう、急ぐな。物事には手順がある。妃を娶るより、士官学校を卒業するのが先だ。それに、私とて、卒業をただ待つつもりは無い」
ソフィアが尋ねる。
「と、申しますと?」
「戦場に赴き武勲を上げる。私は父上に『戦場に行かせろ』と上申するつもりだ」
「ジーク様が戦場へですか!?」
「そうだ。これには二つ理由がある。飛び級で士官学校を卒業するためと、戦場で武勲を上げ実績を作るためだ」
ジークが続ける。
「単純に私が父上から帝国を引き継いでも、何の実績も無い私に貴族達も臣民達も心服はしないだろう。私は、父上と同等以上の武勲を上げ、実績を作らねばならないのだ! 私が父上から『帝国を引き継ぐ』その日のためにな!」
ジークはソフィアを抱き上げ、自分と向かい合って跨がせるように座らせると、正面からその瞳を見詰める。
ジークのエメラルドの瞳とソフィアの紅い瞳が合う。
ジークがソフィアに静かに告げる。
「……私についてきてくれるか? ソフィア」
ソフィアは、ジークの頭を胸に抱いて答える。
「もちろんです。……ジーク様、私が傍についております。陛下から帝国を引き継げるのは、ジーク様しかおりません」
『大陸最強の竜騎士』と名高いアキックス伯爵の孫娘、ソフィア・ゲキックス。
燃えているような紅い髪と瞳を持った美少女だが、帝国最年少の竜騎士であり、飛竜に乗って大空を駆り、他の竜騎士を従えて先陣を切るという、その気性は極めて激しく、祖父のアキックス伯爵も手を焼くほどであった。
皇帝ラインハルトとアキックス伯爵は、アキックス伯爵の孫娘であるソフィアに『護衛という名目で皇太子のジークに引き合わせるので、皇太子の妃候補に』と提案した。
皇太子妃など、普通の貴族令嬢なら飛びつく良い縁談だが、気性の激しいソフィアは『女に守られるような、軟弱な男の妃になるつもりはない!』と拒否。
アキックス伯爵がソフィアをなだめると『私と戦って勝てる男なら、護衛してやる!』と息巻く始末であった。
『大陸最強の竜騎士』と名高いアキックス伯爵が直々に剣術の手ほどきをしただけあり、ソフィアの剣術は相当の腕前で、十四歳で帝国最年少の竜騎士になってからは無敗を誇っていた。
困り果てたアキックス伯爵が皇帝ラインハルトに相談し、皇太子のジークとソフィアの剣術試合を行うことになった。
結果、上級騎士であるジークが竜騎士のソフィアに勝ち、初めて剣で敗れたソフィアは、自分に勝ったジークに心酔する。
ジークは、父のラインハルトから引き継いだ端正な顔と端麗な容姿、プロボクサーのような鍛えた肉体と明晰な頭脳の持ち主であり、帝国最年少の上級騎士でもあった。
ソフィアがジークの虜になるのにそう時間は掛からなかった。