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第一・五話 皇宮のメイド、ルイーゼ・エスターライヒ

 皇宮のメイド、ルイーゼ・エスターライヒは、貴賓室で行われていた茶会の後片付けをしていた。


 不意に扉が開けられ、黒縁メガネを掛けた黒目黒髪のメイドが入ってくる。


 黒縁メガネのメイドは、驚いたように声を上げる。


「ルイーゼ!? ここ、アレク様付きの貴女の受け持ちじゃないでしょ!? どうしたの?」


 ルイーゼは、突然声を掛けられて少し驚くが、諦めたように答える。


「モニカさん!? ええ……でも、いいんです」


 黒縁メガネのメイド、モニカは事情をすぐに察し、ルイーゼに告げる。


「また、あの三人ね! ルイーゼに仕事を押し付けて、自分達はサボって!」


 モニカには心当たりがあった。子爵家出身の三人のメイドである。


 意地の悪い彼女達は、身分の違いを盾に、自分達より身分の低い出身のメイド達に仕事を押し付ける事を日常的に行っていた。


 男爵家出身のモニカも、何度か、彼女達に意地悪く当たられた事があったが、モニカの仕事ぶりがジークに認められ、モニカがジーク付きメイドに抜擢されてからは、ピタリと止んでいた。


 モニカから皇太子であるジークに告げ口されたら、子爵家出身の自分達など、ひとたまりもないからであった。


 モニカが口を開く。


「私から、ジーク様に言って……」


 モニカがそこまで口にすると、慌ててルイーゼが遮る。


「いいんです! ジーク様には言わないで下さい!」


 モニカがジークに話したら、ジークはすぐにメイド長に命じ、ルイーゼの処遇は改善されるだろう。


 だが、それは『自分のメイドの面倒をみることさえ、できないのか』とますますアレクの評価は下がってしまう。


 ルイーゼとしては、自分が辛い目にあっても、アレクの評価が下がることは、絶対に避けたかった。


 モニカは、ルイーゼの置かれている状況と、アレクに対する気持ちを知っていたため、引き下がる。


「……そう。判ったわ。私も手伝うから」


 そう告げると、モニカはルイーゼの仕事を手伝う。


「すみません。ありがとうございます」


 二人で行ったため、貴賓室の片付けは、ルイーゼが思っていたよりも早く終わる。






 一日の仕事を終えたルイーゼは、メイド長に仕事を終えた事を報告してローブを羽織ると、皇宮を出て帝都の一角へと向かう。


 人通りの少ない帝都の一角に、その建物はあった。


 重厚なレンガ造りの建物で、一見、古風な商館に見える。


 ルイーゼは、商館の入口で門番として立っている人相の悪い男に書類を見せると、商館の中に入って行く。


 商館の中には別の人相の悪い男がおり、ルイーゼをエスコートする。


「こっちだ」


 ルイーゼは、ローブを脱いで手荷物と、男に案内されながら商館の奥にある薄暗い一室に入り、本棚の後ろに造られた扉に入るように促される。


「ここだ」


 本棚の後ろの扉の先は階段になっており、地下へと続いていた。


 ルイーゼが階段を降りきって抜けると、その先は広い地下室になっていた。


 妖艶な大人の女性がルイーゼを出迎える。


 妖艶な大人の女性は、体の線が浮き出る東洋系の真紅のドレスを着ており、スリットが開く腰から美しい太腿が顕になっているが、気に留める様子もない。


 東洋系の顔立ちでサラサラとした長い黒髪の、腰に二本のショート・エストックを下げている大人の色香を振り撒く妖艶な美女。


 その女は、マリー・ローズ。


 斥候(レンジャー)盗賊(シーフ)職業(クラス)で最上位職の『忍者』のマスタークラスであり、アスカニア暗殺者(アサシン)ギルドの首領であった。


 マリー・ローズは、ルイーゼに告げる。


「よく来たわね」


「はい」


「今日は投擲から」


「はい」


 ルイーゼとマリー・ローズは、地下室の一室にある投擲の練習場へ行く。


 ルイーゼは練習場でナイフを手に投擲の練習を始め、マリーローズは傍らで練習の様子を眺める。


 ルイーゼの投げるナイフは、次々と標的のほぼ中心に刺さっていく。


 マリー・ローズは、ルイーゼの投擲の技量に感心する。


「上手くなったわね。次は組手よ」


「はい」


 ルイーゼとマリー・ローズは、再び地下室の一室にある組手の練習場へ行く。


 練習場の中心でルイーゼとマリー・ローズが組手を始める。


「ハァッ!!」


 ルイーゼは、右、左、右と正拳突きを繰り出すと、連続で回し蹴りを放つ。


 しかし、マリー・ローズはルイーゼの攻撃を全て躱すと、ルイーゼの喉に右手を掛け、左手でルイーゼの腰を折り曲げ、ルイーゼは仰向けに倒れる。


「あうっ!?」


 マリー・ローズは、仰向けに倒れるルイーゼが頭を打たないように右手で支えていた。


 マリー・ローズはルイーゼを支えたまま、微笑んで告げる。


「良いわ。上達が早い。さすが皇妃様の紹介ね。冒険者手帳も無いのに、既に貴女の実力は中堅職の暗殺者(アサシン)並みよ」


 そこまで口にすると、マリー・ローズはルイーゼを立たせて、再び告げる。


「いいこと? 貴女は女よ。男と腕力で争わないこと。幸い、貴女は、可愛らしい顔と恵まれた容姿を持っている。女なら『女であること』を武器にしなさい」


「判りました」




 

 ルイーゼ・エスターライヒ。騎士爵家の娘でアレクと幼馴染で同い年の皇宮のメイドであった。


 ルイーゼは、貴族とは名ばかりの貧しい実家の口減らしのため、幼少の頃から皇宮にメイドとして奉公に出されていた。


 皇妃ナナイは、食い詰めた両親から捨てられたも同然に皇宮へ奉公に出され、メイドとして働くには幼過ぎたルイーゼを引き取って自分の手元に置き、二人とも可愛がって育てた。


 ルイーゼが十二歳になるとナナイの元から引き離され、他のメイド達と同じ宿舎へ移された。


 宿舎へ移されたルイーぜは、『自分は再び捨てられた』とベッドで泣いていたが、その様子を見かねたメイド長はルイーゼを諭した。


「ルイーゼ、よく聞いて。皇族の皇妃様と騎士爵家の貴女は、身分が違うの。もう家族のように一緒に暮らすことはできないのよ。でも、貴女はとても運が良いの。この皇宮の外は、十二歳の貴女に住む場所は無いし、働ける仕事も無い。毎日食べていく事も出来ないわ。けれど、貴女は皇宮にメイドとして居られる。ここには雨風を避けて住める部屋があって、メイドの仕事があって、三度の食事もある。皇妃様の御慈悲よ。働いて御恩返ししなきゃ。一生懸命、努力していると、必ず貴女には幸運が訪れて幸せになれるわ」


 メイド長は、気持ちの優しい人の良い、恰幅の良い年配の女性であり、ルイーゼの面倒をよく見てくれた。


 ルイーゼは、メイド長から言われた事を信じて、メイドとして皇宮で働き始める。





 一週間ほど過ぎた頃。


 ナナイは、メイドとして働いているルイーゼを見つける。


 メイドであるルイーゼの側から、皇族であるナナイに話し掛ける事は禁じられていた。


 ルイーゼはナナイの姿を見ると、メイド長に教えられた通り、メイドとして通路の脇に身を寄せ、頭を下げる。


 頭を下げるルイーゼに、ナナイは優しく語り掛ける。


「ルイーゼ。アレクを見守ってあげてね」


 ルイーゼは嬉しかった。


 ナナイは、決してルイーゼを見捨てた訳では無く、皇族と騎士爵という身分の違いから、十二歳になったルイーゼと共に暮らすことができなくなったのであった。


 そしてナナイから『アレクを見守る』という役目を告げられた。


 ルイーゼは、ナナイに頭を下げたまま答える。


「はい。一命に代えても、アレク様をお守り致します」


 それからルイーゼは、仕事が終わってから冒険者ギルドを訪れ、登録水晶に自分の職業(クラス)適性を診断してもらう。


 ルイーゼには、斥候(レンジャー)盗賊(シーフ)職業(クラス)に適性があることが判り、技能を身に付けるためナナイに紹介して貰ったのが、マリー・ローズが首領を務める『アスカニア暗殺者(アサシン)ギルド』であった。


 ルイーゼは、皇宮での仕事が終わったら、『アスカニア暗殺者(アサシン)ギルド』で訓練、技能修業する日々を始める。





 そして、二年が過ぎ、ルイーゼが十四歳になった時、メイド長の言葉どおり幸運が訪れる。


 帝国では十四歳で成人となり、『成人式(デビュタント)』を迎える。


 皇族や貴族の子弟や子女は、十四歳で迎える『成人式(デビュタント)』で、婚約者(フィアンセ)とダンスを踊ることが帝国社交界の伝統であり常識であった。


 裏を返せば、貴族の子弟や子女は、『成人式(デビュタント)』で一緒にダンスを踊る相手が婚約者(フィアンセ)であった。


 第二皇子アレクが『成人式(デビュタント)』で一緒にダンスを踊る相手を決めるため、皇帝ラインハルトの命により、皇宮の玉座の間に、アレクとその両親である皇帝ラインハルトと皇妃ナナイ、帝国の上級貴族とその子女達が集まる。


 アレクは、玉座が置かれている雛壇の上から、集まった上級貴族達を一瞥する。


 アレクは、知っていた。


 上級貴族達は、帝国最年少で上級騎士(パラディン)となった皇太子である長兄ジークと、第二皇子のアレクを比較し、アレクのことを小馬鹿にしていた。


 再び、アレクは、玉座が置かれている雛壇の上から、集まって目の前に並ぶ上級貴族の子女達を一瞥する。


 上級貴族の子女達は、皇宮で頻繁に開催されるお茶会に参加しては、皇太子である長兄ジークと同い年に生まれなかったことを嘆き、アレクの婚約者(フィアンセ)候補として玉座の間に呼び出されることを『貧乏くじ』と呼んで自嘲して話していたにもかかわらず、着飾って澄ました顔で玉座の間に並んでいた。


 アレクは上級貴族たちによる自分への陰口を知っており、彼らを一瞥しただけで興味無さそうに、ぷいと横を向いて雛壇の舞台袖へと歩いて行くと、舞台袖で控えるルイーゼの手を取る。


「ルイーゼ。こっちへ」


 そう言うと、アレクは手を引いてルイーゼをラインハルトの前に連れて来る。


 アレクは、幼馴染のルイーゼだけは、アレクをジークと比較して小馬鹿にしたり見下したりしないことを知っていた。


 アレクがラインハルトに告げる。


「父上。私は彼女と『成人式(デビュタント)』に出ます」


「判った。良いだろう」


 こうして、ルイーゼはアレクと『成人式(デビュタント)』で一緒にダンスを踊ったのであった。


 上級貴族たちは、『成人式(デビュタント)』の一件で、成人式(デビュタント)の意義を理解していない愚か者、帝国の伝統を軽んじる者、血迷ってメイドを成人式(デビュタント)の伴侶に選んだ者として、ますますアレクを小馬鹿にするようになった。


 しかし、『成人式(デビュタント)』でアレクがルイーゼを伴侶に選んだことは、アレクに想いを寄せるルイーゼに決心をさせるには、十分すぎる出来事であった。


 『私は、命に代えてもアレクを守る。アレクのために生きる』


 ルイーゼは、そう心に決めたのであった。




 

ーー二年後。


 ルイーゼは、いつものように、昼近くまで寝ているアレクのために食事を用意すると、アレクの部屋に持っていく。


 ルイーゼが部屋で食事の準備を済ませると、アレクが寝室から起きて来て食事を始める。


 ルイーゼは、アレクが起きてきたことを確認すると、アレクが寝ていた寝室のベッドメイキングを始める。


 作業中、ルイーゼは、幾度と無く後ろを振り返り、隣の部屋で食事をしているアレクの様子を伺う。


 アレクは、ルイーゼの居る寝室に入って来る様子も無ければ、ルイーゼに悪戯することも無かった。


 最近のアレクは、皇族に逆らえない皇宮のメイド達に、いやらしい悪戯をするようになっていた。


 しかし、幼馴染のルイーゼには、一切、そのような悪戯はしてこなかった。


 ルイーゼとしては、想いを寄せるアレクが女の身体に興味があり、自分を求めてくるなら、許すつもりでいた。


『自分は、アレクから女として見られていないのではないか』


 一抹の不安がルイーゼの心を過る。




 遂に事件が起こる。


 アレクがメイドに悪戯したことに皇帝ラインハルトが激怒し、アレクを殴り倒した上、士官学校へ入学させることが決まる。


 その直後、ルイーゼは、ナナイからのフクロウ便の手紙を受け取る。その手紙には、このように書かれていた。


『アレクの『護衛 兼 お目付け役』として、一緒に士官学校へ行って欲しい』


 こうして、皇宮のメイドであるルイーゼは、皇妃ナナイの命により、第二皇子アレクと共に士官学校へ行くこととなった。

  

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