第百八十六話 子供達と希望、背後からのひと突き
アレク達が揚陸艇の跳ね橋の傍で小休止していると、奴隷輸送車から解放された小さな子供達が揚陸艇に乗り込むために跳ね橋の前にやって来る。
やってきた子供達は、跳ね橋の傍で軽食を食べているエルザに目を止める。
小さな女の子は、エルザをジーッと見ながら話し掛ける。
「お姉ちゃん、尻尾生えてる~。・・・本物?」
エルザは、女の子の前に跪いて目線の高さを合わせると、笑顔で答える。
「この尻尾? 本物よ~」
そう言ってエルザは、猫のような長い尻尾を動かして、尻尾の先を女の子の手に握らせる。
女の子は、目を輝かせて喜ぶ。
「わぁ~! 柔らかい! モフモフしてる!!」
女の子の傍の、別の子供が驚く。
「凄い!!」
子供達がエルザの周りに集まって来る。
別の子供はエルザに尋ねる。
「お姉ちゃん、その耳も?」
子供からの問いにエルザは笑顔で答える。
「そうよ~。本物よ」
そう言うと、エルザは獣耳をヒコヒコと動かして見せる。
「凄い!」
「可愛い!」
子供達が大喜びする姿に、エルザは満面の笑顔で答える。
子供達の相手をしているエルザの傍にナディアがやって来て、エルザに話し掛ける。
「ここいらじゃ、獣人は珍しいようね」
エルザはナディアに答える。
「そうみたい」
子供達は、今度はナディアに興味を示す。
小さな女の子はナディアに尋ねる。
「お姉ちゃん、綺麗。・・・絵本で見たエルフみたい」
子供からの問いに、ナディアはエルザと同じように跪いて目線の高さを合わせると、苦笑いしながら答える。
「『エルフみたい』って・・・。お姉ちゃんはエルフよ?」
「本当? 妖精みたい」
「ホントよ~。今、水の精霊を呼んで見せてあげるわ」
ナディアはそう言うと、腰の水筒のふたを開け、水の精霊を召喚して自分の掌の上に乗せ、子供達に見せる。
「ほら!」
召喚された水の精霊は、掌サイズで小さな女の子の形をしており、ナディアの掌の上で子供達に向かって一礼して手を振って見せる。
子供達は、ナディアが召喚した水の精霊を見て、目を輝かせて大喜びする。
「わぁあああ!」
「凄い!」
微笑ましい光景にアレク達も口元が緩み、心が和む。
跳ね橋の奥からヒナが子供達を呼ぶ。
「みんな~。早く乗ってね~」
「はーい!!」
ヒナの声に子供達は、跳ね橋を登っていき、エルザとナディアに手を振る。
「お姉ちゃん、またね~」
「バイバイ~」
エルザとナディアは、揚陸艇に乗り込んで行く子供達を手を振って見送る。
子供達が揚陸艇に乗り込んだ後、ナディアはエルザに話し掛ける。
「あれくらいの年齢の子が一番、可愛いわね」
「そうね~」
「私、子供欲しくなっちゃった・・・」
「私も・・・」
ナディアとエルザは、意見が一致すると、二人とも同時にアレクの方を向く。
二人と目線が合ったアレクは、飲んでいたお茶を盛大に吹き出す。
「げほっ、げほっ・・・。だから、なんで二人とも、そこでオレの方を見るんだよ!?」
ナディアは口を開く。
「だって、子供を作るには『相手』が必要じゃない?」
エルザも口を開く。
「そうよ~。女だけじゃ、子供作れないもん!」
アレクは苦笑いしながら答える。
「それは、そうだけど・・・」
ナディアとエルザは、頬を赤らめながらアレクの傍まで歩いて来る。
ナディアは、アレクに顔を近づけると、アレクの頬を指で突っ突きながら、そっとアレクに耳打ちする。
「私にアレクの子供、孕ませてね」
エルザも、ナディアとは反対側でアレクに顔を近づけると、そっとアレクに耳打ちする。
「私は、男の子でも、女の子でも良いわ」
二人の言葉に驚くアレクを他所に、ナディアとエルザは連れ立ってアレク達から少し離れた草むらに歩いていくと、『将来、アレクにメイド付き屋敷を買って貰った後、自分の子供達とどのように暮らすのか』を夢中で語り合っていた。
二人が草むらに歩いて行った後、ルイーゼは後ろからアレクに抱き付いて耳打ちする。
「だぁ~め。アレクの赤ちゃんは、私が最初に産むんだから」
「ルイーゼ・・・」
「アレク、子供は何人欲しい?」
「子供は多い方が賑やかでいいな・・・」
「もぅ・・・、何人産ませるつもり?」
アレクは、ルイーゼの頭を優しく撫でながら、考えていた。
『この世界が残酷に出来ていようとも、自分達は希望を持つことができる』と。
小休止の後、カスパニア軍に捕らわれていた人々を救出した教導大隊は、二手に別れる。
ジカイラ達は、揚陸艇で救出した人々を運び、アレク達はカスパニア軍主力の背後を突くため、飛空艇で野戦陣地から飛び立っていく。
アレク達が教導大隊の最後に飛び立つ時、無人の野戦陣地をナタリーは魔法で焼き払う。
野戦陣地から立ち上る黒煙を後に、アレク達は、次の戦場へ向かう。
程なくアレク達の前にカスパニア軍の背後が見えてくる。
カスパニア軍は三部隊に別れ、ゴズフレズ軍を包囲しようと動いていたが、ゴズフレズ軍のネルトン将軍は戦闘しながら巧みに軍を引き、カスパニア軍の包囲を逃れていた。
アレクは口を開く。
「ルイーゼ、各機へ伝達。『ユニコーン小隊、対地攻撃用意。第一撃は、大将旗周辺を狙う』」
「了解!」
ルイーゼは、手旗信号で僚機にアレクからの指示を伝える。
ルイーゼの手旗信号を見たアルは口を開く。
「『大将旗周辺を狙う』か・・・。了解! カスパニア軍の背後はガラ空きだ! 外道どもにカマしてやろうぜ!」
ユニコーン小隊の各機は、地上攻撃に向けて低空飛行に入る。
アレクは口を開く。
「距離、二千! ・・・主砲、発射用意!!」
アレクは、飛空艇の主砲の照準をカスパニア軍中央部隊の大将旗周辺に定める。
ルイーゼは、右手に持つ手旗を高く掲げる。
アレクはトリガーを引き、攻撃命令を下す。
「今だ! 撃て!」
ルイーゼが掲げる手旗が、勢いよく振り下ろされる。
編隊を組むユニコーン小隊の四機の飛空艇から一斉に主砲が発射され、八発の砲弾がカスパニア軍が掲げる大将旗を目指して真っ直ぐに飛んで行く。
発射された砲弾は大将旗周辺に二発づつ命中、轟音と共に次々に爆発し、カスパニア軍の大将旗とその周辺が吹き飛ぶ。
アレク達が低空飛行で戦場の上空を通過すると、教導大隊の到着を知ったゴズフレズ軍は、兵士達が両刃の戦斧を掲げて歓声が沸き起こる。
「ウォオオオオ!!」
アレク達ユニコーン小隊に続いて、グリフォン小隊、フェンリル小隊、セイレーン小隊がカスパニア軍へ地上攻撃を行い、波状攻撃を加えていく。
アレク達四個小隊が上空を大きく旋回していると、教導大隊の貴族組や上の学年の先輩達もカスパニア軍の左右の部隊を空襲していた。
アルは呟く。
「貴族組や先輩達でも、役に立つ時があるんだな」
アルの言葉にナタリーは、口元に手を当ててクスリと笑う。
教導大隊による背後からのひと突きは、カスパニア軍に大きな打撃を与える。