第十九話 覚悟
--アレクとルイーゼが遭難し、救助されてから数日後。
いつものように朝、起きてきた者から順に朝食のため、食堂に集まる。
その日、ドワーフのドミトリーが起きてきたのは、最後であった。
「おはようございます」
ドミトリーの挨拶の声が食堂に響く。
起きてきたドミトリーの姿に他の小隊全員が驚く。
アレクが口を開く。
「ドミトリー、その頭はどうしたんだ?」
ドミトリーは、ツルツルに剃り上げて、青々とした自分の頭を撫でながら答える。
「拙僧は、修道僧に職が決まりましたので、思い切って頭を丸めました」
アルも口を開く。
「『拙僧』って、なんか坊主みたいだな」
ドミトリーが苦笑いしながら答える。
「坊主も何も、拙僧は、修道僧です」
トゥルムも口を開く。
「君の覚悟の現れだな」
「そのとおり。悟りを得て『悟りの道』と『格闘武術』を極めたいと」
エルザがドミトリーを茶化す。
「ドミトリーってば、タダでさえドワーフ特有の堀の深い顔なのに、ツルツル頭にしたから、かなり迫力でてるよ?」
「そうですか?」
「そうよ」
ナタリーも口を開く。
「気を悪くしたらごめんなさい。……怖いと思う」
「むぅ……」
ルイーゼも苦笑いしながら口を開く。
「とても私達と同い年に見えないよね……」
「そうですか」
エルフのナディアが得意気に口を開く。
「……ここは、このナディアお姉さんが、可愛いあだ名を付けてあげましょう」
ドミトリーは怪訝な顔をする。
「……あだ名?」
「みんな、その頭、怖がっているでしょ? だから、愛称があったほうが良いわ」
「ふむ」
ナディアは思いついた『あだ名』を次々と口にする。
「生ハゲ」
「……」
「ボンズマン」
「……」
「ツルピカ丸」
「……」
「マルガリータ」
ナディアが『マルガリータ』と口にした途端、食卓に居る全員が吹き出して大笑いする。
「ブッ!」
「あははは!」
仲間たちに笑われたドミトリーは不満を口にする。
「むぅ……『マルガリータ』とは、女の子の名前ではありませんか!」
「可愛らしいじゃない?」
「悟りを得て『格闘武術』を極めるのに、可愛らしいあだ名は必要ありません!」
「あら? 気を悪くしたらごめんなさい」
「いえ。拙僧も何の前置きも無く、いきなり、この頭にしたので」
アレクが口を開く。
「ドミトリーの、その頭は、先輩達でも怖がると思うよ」
アレクの言葉にドミトリーが笑顔を浮かべる。
「拙僧でも『抑止力』になれますかね!?」
アルもフォローする。
「まぁ、絡まれることは無くなるだろうね」
「そうですか!」
アレクとアルの言葉に、ドミトリーは嬉しそうに笑顔を見せていた。
--昼過ぎ。
午後の授業は、帝国軍の歩兵戦術についての講義であった。
隊列を組んで戦闘する基本的な歩兵の戦術についての講義であったが、蜥蜴人のトゥルムは、目を輝かせて教官の話を聞いていた。
講義が終わっても、興奮冷めやらぬ様子で、アレク達に話し掛ける。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ! 帝国軍の歩兵戦術は、まったくもって素晴らしい!」
アレクがトゥルムに尋ねる。
「あの歩兵戦術の、何がそんなに良いんだ?」
「我々、蜥蜴人にあのような戦術は無い。ただ、力任せに棍棒や槍で目の前の敵を殴ったり、突いたりするだけだ。それに対して、帝国軍の歩兵戦術は画期的だ! 歩兵が隊列を組んで盾を並べて敵の攻撃を防ぎ、呼吸を合わせて一斉に攻撃するとは! ……バレンシュテット帝国がアスカニア大陸の覇者になった理由がよく判る! 実に画期的な戦術だ! まったくもって素晴らしい!」
アルが気の抜けた声で口を開く。
「そうなのか?」
トゥルムは拳を握りながら力説する。
「そうだとも! この歩兵戦術は、何としても私が会得して、部族の皆に教えなければ!」
熱く想いを語るトゥルムに対して、アレクが提案する。
「良かったら、小隊のみんなで練習するか? 講義で話だけ聞いているのと、実際やってみるのとは、色んな意味で勉強になると思うんだけど」
トゥルムは立ち上がって答える。
「おぉ! 是非!」
アルも賛同する。
「良いね。オレも実際にやったことはないから、モノは試しだな」
話を聞いていたエルザとナディアが不満気に答える。
「え~」
ルイーゼが二人をたしなめる。
「隊長命令よ。文句言わないの!」
ルイーゼにたしなめられ、二人は渋々、了承する。
放課後、アレク達、ユニコーン小隊は武装して校庭に集まる。
アレクが、自分達の自習で行う歩兵戦術の監督を教官のジカイラに頼むと、ジカイラは快く引き受けてくれた。
アレクは小隊の編成を考えていた。
前列は、体格に優れるアルとトゥルムを中心に置き、その両脇をアレクとエルザで固める。
後列は、近接戦もできるナディアとルイーゼを両翼に置き、攻撃魔法を使うナタリーと回復魔法を使えるドミトリーを中心に置く。
結果、前列は左から順に、エルザ、トゥルム、アル、アレク。後列は、ナディア、ドミトリー、ナタリー、ルイーゼとなった。
小隊は、前列と後列に別れて並ぶ。
アレクがジカイラに話し掛ける。
「教官、お願いします」
「判った。いくぞ!」
ジカイラが掛け声を掛ける。
「Achtung!」
(気を付け!)
小隊全員が直立不動の姿勢を取る。
「Präsentiert das Gewehr!」
(構え!)
掛け声に合わせて、前衛のエルザ、トゥルム、アル、アレクは、並んで盾を構える。
早速、ジカイラからダメ出しされる。
「盾は、胸の高さで揃えろ!」
前列の四人は、盾の高さを合わせる。
「Reichsritter, vor!」
(帝国騎士、前へ!)
小隊の八人は、盾を構えたまま、歩調を合わせて前進する。
「Warten!」
(待機!)
小隊の八人は、盾を構えたまま、歩みを止める。
「Attacke!」
前列の四人は、盾で相手を押し返し、武器で攻撃する動作をする。
「お前達、初めてにしては上手いじゃないか」
小隊の動作を見たジカイラは、アレクたちを褒める。
数回の練習でユニコーン小隊は、帝国軍の歩兵戦術を会得することができた。
ユニコーン小隊は、帝国軍の歩兵戦術の自主練習を終え、寮に帰り夕食と入浴を済ませる。
アレクは、自分の部屋のベッドで横になって、考え事をしていた。
(ドワーフのドミトリーは、悟りを得て『格闘武術』を極めるために士官学校に来ている)
(蜥蜴人のトゥルムは、ここで得た知識や技術を部族に伝えるため、勉強している)
(みんな、自分の目標なり使命に、一生懸命、取り組んでいる)
(じゃあ、自分は……? 父上に『行け』と命令されたからか?)
(最初はそうだった。 ……けど、今は力が欲しい)
(ルイーゼを守れる力が欲しい。父上や兄上に一歩でも近付きたい)
アレクは、自分の目標なり使命に、直向きに取り組んでいる仲間達に触れ、自分の目標を改めて認識した。