第百七十八話 勝利と敗北
飛行空母ユニコーン・ゼロに居るジカイラの元に、強行偵察に出た各小隊からの報告書が続々と届く。
ジカイラとヒナは、羊皮紙に綴られた報告書に目を通すと、大きな地図に得られた情報を書き込んでいく。
ジカイラは、呟きながら報告書を読み上げると地図に情報を書き込む。
「ユニコーン小隊が、ここの集落でカスパニアの『人狩り』に遭遇し、交戦。敵を殲滅。村人達の救出に成功・・・」
ジカイラの呟きを聞いていたヒナは感心したように口を開く。
「・・・あの子達、やるじゃない」
「まぁな」
ジカイラは同様に報告書を読み上げながら、地図に書き込んでいく。
「フェンリル小隊、カスパニア軍の野戦陣地を発見。位置を確認して帰還せり」
「グリフォン小隊、移動中のカスパニア軍部隊を発見、位置を確認して帰還せり」
「ウロボロス小隊、移動中のカスパニア側奴隷商人の隊列を発見、位置を確認して帰還せり」
「ガーゴイル小隊、移動中のカスパニア側人狩りの奴隷輸送車の車列を発見、位置を確認して帰還せり」
「ヘルハウンド小が、カスパニア軍の輸送部隊を発見、後送される負傷兵、捕虜多数。位置を確認して帰還せり」」
「バジリスク小隊、ここの森の手前でカスパニアの傭兵団に遭遇し、交戦するも敗走。隊長が行方不明。・・・はぁ!?」
ジカイラの声が裏返る。
ヒナも驚きを隠せず、苦笑いしながらジカイラに尋ねる。
「敗走して、隊長が行方不明って・・・」
ジカイラは呆れたように答える。
「まぁ、戦争だから勝つ時もあれば、負ける時もあるだろうよ。・・・例えば、基本職しかいない小隊が師団規模の軍隊を相手に戦って勝つのは、まず、無理だろう?」
ジカイラは小首を傾げながら続ける。
「・・・それにしても『隊長が行方不明』って、どういう事だ??」
ヒナはジカイラに尋ねる。
「バジリスク小隊って、確か貴族組よね?」
ジカイラはヒナに答えつつ、報告書の続きを読んでいく。
「そうだ。なになに・・・『小隊は、三百人規模のカスパニア側傭兵団を発見、これを攻撃せり』って、・・・アホか!?」
ジカイラが読み上げた報告書の内容を聞いたヒナは絶句する。
「三百人・・・」
「バジリスクの隊長って、たしか・・・」
「キャスパー・ヨーイチ三世よ」
ジカイラは諦めたように答える。
「・・・あのオカッパ頭の跡取りか」
アレク達は、ユニコーン・ゼロのラウンジで夕食を取りながら、寛いでいた。
いつもの窓際の席にアレク達が座り、歓談しながら食事していると、平民組のグリフォン、セイレーン、フェンリルの各小隊の面々がアレク達の元にやって来る。
ルドルフは口を開く。
「お前達は、無事だったようだな。村を襲っていた『人狩り』を壊滅させるなんて、やるじゃないか」
アレクはルドルフに答える。
「ああ」
アルは口を挟む。
「帝国騎士十字章に輝くオレ達にとっちゃ、人狩り相手なんて、当然の勝利だけどな!・・・『無事だったようだな』って、無事じゃなかった連中が居るのか?」
ルドルフは答える。
「バジリスク小隊がカスパニアの傭兵団にやられたらしい」
ルドルフの答えを聞いたアレク達は驚く。
アルは口を開く。
「やられたって、戦死者が出たのか?」
ルドルフは苦笑いしながら答える。
「いや。隊長一人を除いて全員無事に帰還したようだ」
アレクは、ユニコーン小隊の仲間達と顔を見合わせると口を開く。
「隊長って、あのキャスパーか!?」
アルも驚いて尋ねる。
「あのオカッパ頭、死んだのか?」
ルドルフは答える。
「いや、退却したバジリスクの奴らが、奴が傭兵団に捕まるところを目撃したらしい」
アルは呆れたように答える。
「『目撃した』って、仲間は奴がカスパニアに捕まるところを見てたのかよ?・・・要は、仲間からも見捨てられた訳だ」
ルドルフは苦笑いしながら答える。
「そうらしい」
アレク達が一通り話終えたところで、以前、アレクにラブレターを渡したフェンリル小隊の僧侶の女の子エマがアレクを給湯室に呼び出す。
アレクは尋ねる。
「どうしたの?」
二人きりの給湯室で、エマは頬を赤らめながらアレクに告げる。
「アレク中尉。カスパニア戦の初勝利、おめでとうございます。北部で最初の戦勝ですね」
アレクは、照れながら答える。
「ありがとう」
「私からお祝いにプレゼントを渡したいのですけど、驚かせたいので、目を瞑っていて貰えますか?」
「いいよ」
アレクは、エマから頼まれた通り、素直に目を瞑る。
アレクの唇に、しっとりと濡れた温かく柔らかいものが押し当てられる。
エマは、つま先立ちで背伸びをしてアレクの唇に自分の唇を重ねていた。
「んっ・・・」
アレクが目を開けると、エマは照れながら悪戯っぽく笑顔を見せて答える。
「私からのプレゼントです。私の初めてのキス、受け取って下さい」
(え!?)
驚くアレクに、エマは笑顔で告げる。
「アレク中尉、これからも頑張って下さい!」
エマは、真っ赤な顔で照れながらアレクにそう告げると、給湯室から走り去っていった。
--夜。
森の近くの平野のあちこちに焚き火が焚かれ、男達が集まっていた。
その内の一つ。
柄の悪い男達が焚き火を囲んで夕食を取っていた。
カスパニアが奴隷貿易の金にモノをいわせて雇った傭兵団であった。
焚き火を囲む男の一人は呟く。
「夕方の連中は、一体、何だったんだ? いきなり攻撃してきたかと思ったら、逃げ出して?」
仲間の男達は答える。
「魔法使いも居たようだな」
「小隊でオレ達に突っ込んでくるとか、イカレてるぜ」
男の言葉に、他の男達は下卑た笑い声を上げる。
「それで捕まえたのが、このオカッパ頭のチビ一人って訳か」
男達は、一斉に捕虜の方を見る。
オカッパ頭、瓶底眼鏡、出っ歯で小柄のネズミのような、神経質そうな小男。
捕虜というのは、傭兵団に捕まって荒縄でぐるぐる巻きにされたキャスパー・ヨーイチ三世であった。
キャスパーは叫ぶ。
「おい! お前ら!」
男達の一人は、面倒臭そうに答える。
「何だ? チビ?」
「帝国貴族たる、この私に、この扱いは何だ! 貴族として扱え!」
男は呆れたように答える。
「なぁ~にが『帝国貴族』だ。チビ」
「うるさい! 皇太子殿下の側近たる私に、無礼は許さんぞ!」
男は不満を口にする。
「はいはい。お前の許しなんて必要ねぇよ。全く。・・・女でも捕まえてたなら、今頃、お楽しみだったのに。人狩りや奴隷商人に売れば、良い金にもなったのに。・・・よりによって、こんな眼鏡のチビなんか捕まえやがって」
キャスパーは怒りの声を上げる。
「帝国貴族に向かって、チビとは何だ! チビとは!」
男は諦めたようにキャスパーを見下ろしながら呟く。
「しゃあねぇな。このチビで我慢するか」
男は、縄でぐるぐる巻きにされたキャスパーを木箱の上にうつ伏せに寝かせると、ズボンとパンツを下ろして脱がせる。
「おい! まて! 貴様! 何をする気だ!?」
男は左手で キャスパーの尻を撫で回す。
「ヘッ。女みたいな柔らかい尻しやがって。『帝国貴族』というのも、まんざらじゃねぇかもな」
「おい! よせ! 止めろ! 貴様!」
「へへへ。軍隊じゃ、よくある話さ」
「ま、まさか?? 貴様! 何をする気だ!?」
「ぐぁあああああ! やめろぉおおおおお!」
「おぉ! このチビ、なかなか良いじゃねぇか!」
他の男が口を開く。
「そうか? じゃあ、次、オレの番な」
キャスパーは絶叫する。
「おまえらぁああああ!」
キャスパーは、傭兵団の男達に次々と掘られていた。