第百六十七話 中立宣言
--翌日。
飛行空母ユニコーン・ゼロは、予定通り士官学校に併設されている飛行場に到着した。
飛行空母から士官が降りてきてジカイラに敬礼すると、到着を報告する。
「飛行空母ユニコーン・ゼロ、定刻通り到着しました。これより三日間、補給整備に入ります」
ジカイラも敬礼してきた士官に敬礼を返す。
「ご苦労」
ジカイラは、飛行場に到着したユニコーン・ゼロを見上げる。
(久しぶりだな・・・)
寮に居るアレク達の元にも飛行空母ユニコーン・ゼロの到着が知らされる。
到着を聞いたエルザが飛行空母への搭乗を待ちきれず、食堂で騒ぎ出す。
「来たぁ~! 皆、早速、飛行空母に乗ろうよ~!」
アルは騒ぐエルザに呆れる。
「お前、よっぽど飛行空母が好きなんだな」
エルザは、当たり前と言わんばかりに答える。
「当然でしょ! 食事は、厨房が一日三食用意してくれるし、デザートもスィーツもある! 部屋の掃除も、洗濯も、身の回りの事は全部してくれるんだから!」
エルザの答えを聞いたアルは突っ込みを入れる。
「・・・お前、よっぽど家事が嫌いなんだな」
エルザは、自信満々に答える。
「当たり前よ! 子猫のような可憐な乙女、ユニコーンのグラマラスな獣耳アイドルであるエルザちゃんに家事全般をやらせようってのが、そもそも間違いなのよ!」
エルザが騒ぎ出したこともあり、少し早いとは知りつつもアレク達は遠征の荷造りをして、士官学校に併設されている飛行場へと向かう。
飛行場へと向かう道すがら、アレクが持つ長剣を見てアルが尋ねる。
「お? アレク、どうしたんだ? その長剣?」
アレクは、アルに笑顔で答える。
「上級騎士になった記念に、父上が贈ってくれたんだ」
そう言うとアレクは、ゾーリンゲン・ツヴァイハンダーを鞘から抜いて、刀身をアルに見せる。
鞘から抜かれたゾーリンゲン・ツヴァイハンダーは、付与された魔力が溢れ、刀身から淡い青白い光を放つ。
その様子を見たアルが絶句する。
「スゲェ・・・」
アレクは、絶句して固まるアルに嬉しそうに笑顔で答える。
「だろ?」
アレクは、アルが父ジカイラから貰った海賊剣を見せられた時、羨ましくて仕方がなかった。
アレクは、『自分は父から愛されていない』と考え、落ち込んだが、上級騎士になった記念に父であるラインハルトから長剣を贈られたことがとても嬉しくて仕方がなかった。
アレク達が飛行場に到着すると、飛行場には既に飛行空母ユニコーン・ゼロが停泊していた。
飛行空母の乗船タラップの傍に立っていた出迎えの士官がアレク達の元にやって来る。
飛行場に着陸している飛行空母を見るなり、エルザは大喜びで走り出して出迎えの士官の脇をすり抜けてタラップを駆け上がって乗り込んで行く。
「一番乗り~!」
アレクは、飛行空母の士官に名乗る。
「教導大隊所属ユニコーン小隊隊長のアレキサンダー・ヘーゲル中尉です」
出迎えの士官は、笑顔と敬礼でアレク達を歓迎する。
「再び御一緒できるとは、光栄です。中尉。ユニコーン小隊の皆さん。どうぞ、こちらへ」
士官の案内でアレク達は、飛行空母に乗艦する。
アレク達の飛行空母での部屋割りは、以前に搭乗した時と同じ部屋割りであった。
女の子達は、それぞれ自分の部屋に荷物を置くとラウンジに集まり、ラウンジのカウンターでデザートを頼んで食べ始める。
アレクとアルは、それぞれ自分の部屋に荷物を置くと格納庫に足を運ぶ。
飛行空母ユニコーン・ゼロは、作戦行動のため飛空艇も搭載していた。
アレクとアルは、自分の乗る飛空艇を確認する。
アレクは口を開く。
「飛空艇も前に乗った時と同じか」
アルは、自分の乗る飛空艇の二門の主砲を手で撫でながら答える。
「そうだな」
自分の乗る飛空艇を確認し終えた二人は、ラウンジに向かう。
アレクは、ラウンジで自分達を案内してくれた士官を見つけ、ジカイラの事を尋ねる。
「ジカイラ中佐は?」
士官は答える。
「ジカイラ中佐は、皇宮での御前会議が終わり次第、こちらに来るそうです」
アレクは呟く。
「・・・御前会議」
--皇宮 会議室
皇宮の会議室にバレンシュテット帝国の要人達が集まっていた。
帝室からは、皇帝ラインハルト、皇妃ナナイ、皇太子ジークフリート。
帝国の各方面軍を率いる帝国四魔将たち。
帝国北部方面軍総司令 兼 帝国竜騎兵団団長 アキックス伯爵
帝国東部方面軍総司令 兼 帝国機甲兵団団長 ヒマジン伯爵
帝国南部方面軍総司令 兼 帝国不死兵団団長 エリシス伯爵
帝国西部方面軍総司令 兼 帝国魔界兵団団長 ナナシ伯爵
帝国政府からは、帝国魔法科学省長官ハリッシュ夫妻。
帝国軍からはジカイラ中佐、ヒナ大尉。
ラインハルトは口を開く。
「さて、我が帝国の主要な者達が集まったな。議題は、アキックス伯爵からの報告にあった『カスパニア王国軍のゴズフレズ王国侵攻について』だ。・・・結論から言おう。帝国は中立を宣言する。帝国の権益が損なわれない限り、外国同士の戦争に介入するつもりは無い。トラキア戦役が終わったばかりであるだけでなく、ダークエルフの本拠地はいまだに掴めず、奴らの脅威を排除しきれていない状況で人間同士で争っている場合ではない」
ジークは尋ねる。
「父上、質問よろしいですか? ・・・ゴズフレズ王国は帝国の友好国です。野心的なカスパニア王国によるゴズフレズ王国への侵略を許すおつもりで?」
ラインハルトは答える。
「侵略を許すつもりは無い。友好国であるゴズフレズ王国には、帝国から『観戦武官兼軍事顧問団』を派遣してゴズフレズ王国を支援する。ジカイラ中佐に教導大隊を率いてもらい、ゴズフレズ王国支援の任に当たってもらう」
ハリッシュは口を開く。
「なるほど。『職業軍人』の帝国軍正規兵ではなく、『軍属』の士官学校の学生を送る訳ですか。・・・グレーゾーンですね。それなら、ゴズフレズを『縄張り』と見ている列強のスベリエも、こちら側には噛み付けませんね」
ラインハルトは答える。
「学生達に実戦経験を積ませることもできる。一石二鳥だ」
エリシスは口を開く。
「カスパニアも、ゴズフレズも、スベリエも、帝国の兵団を派遣して、まとめて叩き潰したほうが手っ取り早いんじゃない? アキックス伯爵の帝国竜騎兵団なら、簡単でしょ」
アキックスはエリシスを諭す。
「帝国の軍事力を持って当たれば、三国を叩き潰すのは容易い。しかし、事はそう簡単ではない。カスパニアとスベリエは『列強』だ。どちら側にも同盟国が多数ある」
ヒマジンは付け加える。
「下手をすれば、『帝国vs世界』で戦争になるってことか」
アキックスは答える。
「そういう事だ」
エリシスは、悪びれずに続ける。
「良いじゃない? 全部、叩き潰せば? バレンシュテット帝国の軍事力なら、それも可能よ」
アキックスはやや強い口調でエリシスを諭す。
「陛下は、殺戮を望んではおられない。 無用な血は、流すべきではない」
エリシスは、ラインハルトをチラッと見て機嫌を伺うと、ラインハルトに一礼して口を開く。
「・・・御意」
ナナシは口を開く。
「ジカイラ中佐は、以前、港湾自治都市群でカスパニア王国軍十万を撃退している。今回のゴズフレズ王国支援の任務も適任だろう」
ナナシ伯爵から高く評価されたことにジカイラは真面目に答える。
「恐縮です。ナナシ伯爵」
ラインハルトは口を開く。
「アキックス伯爵。ゴズフレズ王国に派遣する教導大隊の補給と支援を頼む」
アキックスは答える。
「了解しました」
ラインハルトは続ける。
「最後になったが、皇妃。君の意見を聞かせて欲しい」
ナナイは微笑みながら答える。
「陛下の御意思のままに」
ラインハルトは締め括る。
「他に意見は? 無いな。・・・カスパニア王国軍のゴズフレズ王国侵攻について、バレンシュテット帝国は中立を宣言する。ジカイラ中佐、教導大隊を率いてゴズフレズ王国を支援せよ。以上だ」
ラインハルトの総括によって集まった者達は席を立ち始める。
ラインハルトは席を立つジカイラを呼び止める。
「ジカイラ!」
「んん?」
「これを持っていけ」
「これか・・・」
ラインハルトがジカイラに渡したのは、『次元の呼び鈴』であった。
エリシス伯爵が造った魔法道具で、片方を鳴らすと、どんなに離れていても、もう片方の鈴が鳴り、空中に地図を描いてその位置を示すものであった。
ジカイラは、以前、港湾自治都市群の探索の際にも、ラインハルトからこのアイテムを渡された事があった。
ジカイラが港湾自治都市群の探索任務を完遂して帝都に帰還した際に、ラインハルトに返却したものであった。
ラインハルトはジカイラに告げる。
「何かあったら、これを鳴らせ。例え、そこが世界の果てであろうとも、必ず私が迎えに行く」
ラインハルトは続ける。
「バレンシュテット帝国皇帝の名と我が剣にかけて、必ずだ」
ジカイラは、笑顔で答える。
「判ってるよ」
再びラインハルトは続ける。
「アレク達を頼む」
ジカイラは、真顔で答える。
「任せろ」
この日、御前会議の後。
バレンシュテット帝国は、カスパニア王国軍のゴズフレズ王国侵攻について、皇帝ラインハルトの名前で帝国の中立を宣言した。