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第百六十四話 鳴動

-- アレク達の野営訓練から、三か月後。


 バレンシュテット帝国の地に涼風が訪れる。


 夏は緑に覆われていた帝国各地に広がる広大な小麦畑は、その実りによって頭を垂れ、陽の光を反射して金色に輝く絨毯のように広がり、秋の涼風に波打っていた。


 帝国各地から皇宮に上げられる報告書には、『農産物は豊作』と書かれており、それらは皇帝ラインハルトの機嫌を良くした。


 そしてラインハルトを最も喜ばせたのは、皇妃ナナイの出産であった。


 出産後も母子共に健康であり、アレクの十五人目の兄弟の誕生は、帝国では毎年のように皇子や皇女が生まれているにもかかわらず、帝都一帯には祝賀ムードが広がっていた。


 皇宮前広場には民衆が集まって祝い、皇宮のバルコニーから皇帝ラインハルトと産まれた子供を抱いた皇妃ナナイが現れ、皇宮前広場に集まった民衆に手を振って答えると、民衆は歓声を上げて祝い、やがて、その歓声は歓呼に変わっていく。


「「帝国、万歳(ジーク・ライヒ)!!」」


「「帝国、万歳(ジーク・ライヒ)!!」」


「「皇帝、万歳(ジーク・カイザー)!!」」


「「皇帝、万歳(ジーク・カイザー)!!」」


 民衆からの祝意に手を振って答えたラインハルト夫妻は、皇宮内の部屋に戻る。


 バルコニーから皇宮内の部屋に入ったラインハルトの元に、侍従から帝国北部方面軍を所轄するアキックス伯爵からのフクロウ便の報告書が届けられる。


 ラインハルトは封印を切って、羊皮紙に綴られた報告書に目を通す。


 傍らで赤子を抱くナナイが心配そうにラインハルトの顔を見上げて尋ねる。


「アキックス伯爵から? ・・・何かあったの?」


 ラインハルトは、不安げなナナイの頬に手を当て、微笑みながら答える。


「どうやら、カスパニアに動きがあったらしい。・・・君が心配することは無い」


 ラインハルトは、侍従の方を向いて告げる。


「ジカイラ中佐を呼べ。御前会議の招集もだ」


「畏まりました」


 侍従は、恭しく一礼すると、ラインハルト夫妻の居る部屋を後にする。








--翌日。


 ジカイラはヒナを連れて、皇宮を訪れる。


 ジカイラ夫妻は、侍従によって皇帝の私室に案内され、ラインハルト夫妻に会う。


 ジカイラは口を開く。


「また、子供が産まれたんだって? ・・・これで何人目だ??」


 ラインハルトは答える。


「十五人目さ」


 ヒナは、部屋の奥でゆりかごで子供を寝かしつけるナナイの元に歩いていく。


「ナナイ、出産おめでとう! 元気そうね!」


 ゆりかごを揺らしながら、ナナイは笑顔で答える。


「ありがとう、ヒナ」


 ジカイラはラインハルトとの会話を続ける。


「覚えてるか? その昔、ナナイの後姿を見て『あの(ケツ)なら子供十人はいけるだろう』と言ったが、十五人産むとは恐れ入ったぜ」


 ラインハルトは苦笑いしながら答える。


「そう言えば、寮でそういう話をしたな。・・・その後、お玉を持ったナナイに詰め寄られて、お互い大変だった」


 ジカイラも苦笑いする。


「そう! そう! ・・・ところで、話って、何だ?」


 ラインハルトは真顔で話し始める。


「カスパニア王国が国境を越えてゴズフレズ王国に侵攻した」


 ラインハルトの言葉にジカイラも真顔になる。


「ほう? あのカスパニアが・・・」


 ジカイラは、ヒナと共に港湾自治都市群でカスパニア王国軍を撃退した事があった。


(※詳しくは、拙著『アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女』を参照)


 ラインハルトは続ける。


「バレンシュテット帝国は中立を宣言する。正式には御前会議での決定後だが」


 ジカイラは呟く。


「・・・ゴズフレズを見殺しにするのか? 中小国だろ? 列強のカスパニアに噛み付かれたら、ひとたまりもないだろう?」


 ラインハルトは答える。


「ゴズフレズ王国は帝国の友好国だが、列強のスベリエ王国に従属する同盟国なのさ。・・・もし、帝国がゴズフレズを助けようと派兵したら、ゴズフレズを『自国の勢力圏』としている列強のスベリエ王国が帝国に宣戦布告してくるという訳だ」


 ジカイラは呆れたように答える。


「あべこべだな・・・。要するに、帝国は『ゴズフレズを助けたくても、動けない』って事か」


 ラインハルトは苦笑いしながら答える。


「そういう事だ。・・・そこでお前に頼みがある」


 ジカイラは聞き返す。


「何だ?」


 ラインハルトは口を開く。


「帝国の『観戦武官兼軍事顧問』として、士官学校の学生を連れてゴズフレズへ行ってくれ」


 ジカイラの目付きが変わる。


「・・・ほう?」


 ラインハルトは解説する。


「士官学校の学生は『軍属』だが『職業軍人』ではなく派兵には当たらない。『観戦武官、及び軍事顧問団の派遣』は、宣戦布告の口実にならないギリギリの線だ」


 ジカイラは不敵な笑みを浮かべる。


「勅命ってことか。・・・オレの出番って訳だな」


 ラインハルトは続ける。


「そうだ。可能な限りゴズフレズを支援してやってくれ」


 ジカイラは口を開く。


「・・・準備に一週間、時間が欲しい。あと、ユニコーン・ゼロを使わせてくれ」


 ラインハルトは答える。


「・・・判った。そうしてくれ」





 


 ジカイラとヒナは士官学校に戻ると、アレクを含む、教導大隊の各小隊長を呼び出し、勅命の内容を説明する。


「・・・という訳だ。オレ達は、陛下からの勅命により、帝国の『観戦武官兼軍事顧問団』としてゴズフレズへ行く。一週間後だ」


 アレク達、各小隊長達が答える。


「了解しました!」

 





 『革命戦役』から十七年後。


 皇太子ジークフリードと妃達。


 アレクとルイーゼ、アルとナタリー。そしてルドルフ。


 『トラキア戦役』を戦い抜いた初代ユニコーン小隊の息子達は、再び大陸に燻り始めた戦乱の火種に身を投じる事となった。


 アスカニア大陸の覇権を巡る戦乱の火種は燻り、その鳴動を始めていた。


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