第十六話 幼い頃の記憶
--少し時間を戻した士官学校
ジカイラたちは、士官学校八個小隊の飛空艇を引き連れて、士官学校の飛行場に帰投する。
ジカイラとヒナが、アレクとルイーゼの機体ユニコーン・リーダーの遭難について学生たちに知らせると、同じユニコーン小隊の仲間たちがジカイラとヒナに詰め寄って騒ぎ出す。
アルが口を開く。
「教官! アレクとルイーゼの捜索に行かせて下さい!」
ジカイラが答える。
「ダメだ! 二人の不時着地点は降雨地域、それにもうすぐ日没になる。お前たちが捜索に出たところで、二重遭難を引き起こすだけだ!」
エルザも口を開く。
「それじゃ、このまま何もしないんですか?」
ヒナが答える。
「エルザ、落ち着いて。翌朝、他の教官たちと二人の捜索に出るわ」
トゥルムが口を開く。
「翌朝の捜索に我々も一緒に行かせて欲しい!」
ジカイラが答える。
「翌朝には、二人の不時着想定地域の天候も回復する見込みだ。良いだろう。お前たちの随行を認める」
ジカイラの言葉にユニコーン小隊の仲間は、ようやく納得したようであった。
ジカイラが続ける。
「授業でも話したが、飛空艇は水に浮く。沈みはしない。……お前ら、そう心配するな。二人の機体は、撃墜された訳じゃない。今夜は、寮に帰って休め」
ジカイラに言われ、ユニコーン小隊の仲間は飛行場から寮への帰途に着く。
寮への帰り道でナタリーが呟く。
「……二人とも、大丈夫かな?」
アルが答える。
「きっと、大丈夫だろう」
ナディアが尋ねる。
「どうして、そう判るの?」
アルが答える。
「アレクのやつ、ああ見えて結構、タフだぞ?」
「そうなの?」
「ああ」
アルは、補給処で一緒に乱闘した『戦友』として、アレクたちは無事だと確信を持っていた。
アレクはハッとして周囲を見回すと、夜通し降っていた雨は既に上がっており、夜明けで明るくなった空には海猫のつがいが飛んでおり、砂浜に寄せては退く小波の音だけが響いていた。
重くなった瞼で、一瞬、瞬きしただけのつもりが、遭難による緊張と疲労から、ルイーゼを抱いたまま眠ってしまっていた。
アレクが傍らのルイーゼを見ると、彼女はアレクに身を委ねたまま、穏やかな寝息を立てていた。
アレクは、右手でルイーゼのセミロングの髪を避けると、毛布の首元の隙間を広げて肩越しに毛布の中を覗いてみる。
周囲が明るくなっていることもあり、毛布の隙間から形の良いルイーゼの胸が見える。
他の皇宮のメイドならば、アレクは後ろから悪戯していたかもしれない。
しかし、アレクは幼馴染のルイーゼに対して、その類の悪戯をすることを躊躇った。
アレクにとって、ルイーゼは『自分だけの母親』になってくれなかった母ナナイに代わる存在であり、幼い頃から傍にいて、自分のことを知っていてくれる心の支えであった。
アレクは、ルイーゼの胸を覗き見た罪悪感から、毛布の隙間を元に戻す。
ルイーゼは、アレクに抱かれて眠ったまま、夢を見ていた。
幼い頃の記憶。
ルイーゼは、両親に手を引かれてながら、物語に出てくるような豪華な馬車に乗る。
両親の顔は、もう思い出せない。
ルイーゼと両親を乗せた馬車は、しばらく街道を走る。
やがて馬車は、壮大な宮殿、皇宮へ入っていく。
馬車から降りると、再び両親に手を引かれながら、皇宮の中を歩いていく。
傅く侍従が扉を開け、部屋の中にルイーゼたち、三人を案内する。
豪華な調度品が並ぶ廊下を三人で進んでいく。
明るい風通しの良いテラスのある部屋で、白いワンピースを着た女性がルイーゼたち、三人を出迎える。
幼いルイーゼは、両親に手を繋がれたまま、女性の顔を見上げる。
(綺麗なひと……)
流れるような金髪。澄んだエメラルドの瞳。上品な美しい顔だち。
その女性は、幼いルイーゼに優しく微笑み掛ける。
両親は、ルイーゼの手を離すと、女性に対して跪く。
やがて両親は、ルイーゼをその部屋に残して部屋から出ていく。
侍従が傅き、乾いた音で扉が閉められる。
部屋にはルイーゼと女性の二人だけになる。
女性は、しゃがんで幼いルイーゼと目線の高さを合わせると、優しく抱擁し、ルイーゼの頭を撫でながら告げる。
「良く来たわね。ルイーゼ。今日からここが貴女の家よ」
(……皇妃様。……母様)
温かいお湯のお風呂。
フリルの着いた可愛い服。
初めて見る白いパンをお腹いっぱいに食べる。
女性は、部屋の奥から手を引いて男の子を連れてくる。
女性と同じ金髪。同じエメラルドの瞳。女の子のような綺麗な顔立ちの男の子。
男の子は、女性の服の裾を掴んだまま、じっとルイーゼを見詰める。
女性は、男の子を自分の前に立たせると、ルイーゼに男の子を紹介する。
「ルイーゼ。アレクよ。仲良くしてあげてね」
(……アレク)
ルイーゼは、アレクに身を委ねて眠ったまま、寝言を呟く。
「……皇妃様。……母様。……アレク」
ルイーゼの寝言を聞いたアレクは、驚いて彼女の顔を覗き込む。
ルイーゼは、アレクの腕の中で穏やかな寝息を立てて眠っていたが、その頬を一粒の涙が溢れるのをアレクは見逃さなかった。