第百四十話 形勢
--貴賓席。
ラインハルトは、貴賓席からオペラグラスでルイーゼの戦いぶりを見ていた。
上機嫌でラインハルトが、傍らのジークに話し掛ける。
「アレクの小隊のあの娘、なかなかやるではないか」
ジークはラインハルトの方を向いて答える。
「ルイーゼですか? 皇宮でアレク付きのメイドをしていた娘です」
ジークの答えを聞いたラインハルトは、怪訝な顔で呟く。
「・・・皇宮の、・・・メイド?」
(皇宮のメイドが、なぜ士官学校に?)
ジークの答えにラインハルトは考えるが、すぐにピンとくる。
(さては! ナナイの仕業だな! ・・・あれほど『アレクを甘やかすな』と言ったのに)
ラインハルトは、ジークと反対側に座るナナイの方をチラッと見る。
ナナイは、ラインハルトからの視線に気付かない振りをしてオペラグラスで試合を観戦していた。
(まぁ、良い・・・。メイドを一人、傍に付けただけだ)
ラインハルトは、ナナイがルイーゼをアレクの元に差し向けた事に気付いたが、咎める事はせず、黙認する事にした。
--試合会場『屋内戦』
ルイーゼが後ろ回し蹴りで転倒させた戦士が起き上がる。
「ナメた真似しやがって!」
ナディアは起き上がった戦士にレイピアで斬り掛かり、戦士と剣戟を始める。
戦士は、斬り掛かって来るナディアの容姿を見て驚く。
「・・・エルフ!?」
エルフのナディアの斬撃は、戦士の攻撃よりも遥かに速いものであった。
ナディアが使っているレイピアは、片手剣よりも細身であり、一撃の威力に劣るが、その分、速さがあり、刺突することもできた。
ナディアは、斬撃にフェイントと刺突を混ぜ、ナディアが斬撃を放つ度にレイピアの鋭い剣先が風切り音を立てる。
ナディアと戦士が剣戟を繰り返しているうちに、ルイーゼが三角蹴りで倒した魔導師も起き上がる。
魔導師はアレクに向けて杖を構えると、魔法を唱え始める。
「キェエエエエ!」
次の瞬間、雄叫びと共にドミトリーの踵落としが魔導師の側頭部に炸裂し、魔導師は白目を剥いて地面に崩れ落ちる。
ドミトリーは、動かなくなった魔導師に告げる。
「拙僧の存在を忘れてもらっては困るな!」
ナディアと戦士は、剣戟を続けていた。
剣の速度と剣技ではナディアが勝るものの、一撃の重さと力、スタミナは戦士の方が上であった。
次第にナディアの息が上がって来る。
ナディアは呟く。
「・・・しぶといわね。しつこいのは嫌いよ!」
ナディアは、左手で腰に下げている水筒のふたを開けると、水の精霊を召喚し、戦士の顔に突っ込ませる。
水の精霊は、球状の水の塊として戦士の顔に突っ込み、顔にぶつかった水の精霊は、水飛沫となって消えていく。
「うわっぷ!?」
突然、顔に水の塊がぶつかって来た戦士は驚き、防御態勢を取って後退る。
「チッ!」
後退った戦士は、周囲を見回して自分達の形勢不利を悟ると、本陣を目指して逃げ出した。
戦士の逃げ出した先にはルイーゼが居たが、ルイーゼは通路の端に身を寄せると戦士を素通りさせて逃がした。
アレクは、故意に戦士を素通りさせたルイーゼに驚く。
「ルイーゼ!?」
ルイーゼは、驚いた顔で駆け寄って来るアレクに告げる。
「アレク! 後を追うわよ! 本陣まで彼が案内してくれる!」
「なるほど! そういう事か!」
アレク達四人は、逃げ出した戦士を追い掛けていく。




