第百三十六話 第八試合グリフォン小隊vsイオニア小隊
--小隊対抗模擬戦トーナメント 開始から二日目の昼過ぎ。
トーナメントの試合は、一日四試合ずつ行われ、今日はアレク達の小隊の対戦は無く、第五試合から第八試合までが行われていた。
試合が無いアレク達は昼食を済ませると制服姿で、試合会場周辺を散策していた。
陶器屋、毛皮屋、服屋や木製品屋、料理やお菓子といった出店が並び、お祭りの縁日のような賑わいを見せる。
会場周辺では芸人一座によるいくつものアトラクションも行われていた。
綱渡り、手品、人形劇、詠会、占いなどなど、多くの人だかりができていた。
人形使いが小さなステージで『革命戦役』を物語として演じており、アレク達は目を止める。
帝国軍要塞「死の山」での革命党の幹部達と、ラインハルト達の決戦。
輸送飛空艇に乗って逃げる革命党の幹部達を、飛空艇に乗ったラインハルト達が撃墜する。
帝都に向かう帝国軍要塞「死の山」を、爆炎の大魔導師ハリッシュが『隕石落とし』で破壊する。
それぞれの名場面で観衆は沸き立ち、ステージに拍手喝さいを送っていた。
アレクは傍らのルイーゼに話し掛ける。
「『革命戦役』は実在の歴史なんだが、英雄譚にもなっているんだな」
「そうね。十七年前の事なのに、伝説に昇華されているのかも」
「伝説か・・・」
そう呟くと、アレクは想いを巡らせる。
アレクの父である皇帝ラインハルトは、革命戦役で革命政府を倒した初代ユニコーン小隊の隊長であった。
そして、同じ小隊で副官を務めた母ナナイと結婚した。
両親が英雄であると、その子供に対しても周囲は期待を向ける。
黒い剣士ジカイラと氷の魔女ヒナの息子であるアルや、爆炎の大魔導師ハリッシュと大召喚士クリシュナの娘であるナタリーは、両親の名に恥じない才能と実力を持っている。
アレクの長兄であるジークは、懸命な努力の結果、帝国最年少の上級騎士になり士官学校を首席で飛び級で卒業した。
対して自分はどうか。
士官学校に入学して中堅職の騎士になり、トラキア戦役で活躍して帝国騎士十字章を叙勲された。
兄であるジークと自分との差は、少しは縮めることができたのではないか。
小隊対抗模擬戦トーナメントで優勝して父ラインハルトに認められたら、兄ジークとの差をもっと縮める事ができる。
アレクは、小隊対抗模擬戦トーナメントで優勝したいという決意を新たにする。
アレク達が人形劇の前で立ち止まっていると、エルザは屋台で買ったであろう串焼きを手にアレクの元にやってくる。
エルザは、笑顔でアレクに串焼きを差し出す。
「はい、アレク。ア~ン」
「ア~ン」
アレクは、エルザの持ってきた串焼きを一口食べる。
ニンニクとショウガの効いた鶏肉のような食感に、肉の間に挟んである辛みのある付け合わせが食欲をそそる。
「んん? 鶏肉か? ・・・美味い」
アレクの言葉にエルザは満面の笑みを浮かべて答える。
「でしょ?」
アレクは、エルザから串焼きを受け取ると、食べ続ける。
エルザは、ニコニコと笑顔を浮かべ、アレクが串焼きを食べ続ける様子を眺めていた。
串焼きを食べ終わったアレクがエルザに尋ねる。
「美味しかった。・・・鶏肉みたいだったけど、何の串焼きなんだ?」
エルザは、満面の笑みで答える。
「『スッポンと赤マムシのにんにく添え』の串焼きよ。『精力絶倫』の魔法薬もトッピングされてるのよ!」
エルザの言葉にアレク達は驚く。
アルは口を開く。
「スッポンと赤マムシの肉の間に挟んであったアレって、にんにくだったのか?」
エルザは得意気に答える。
「そうよ!」
エルザの答えを聞いたアルは、串焼きを全部食べたアレクの心配をする。
「おいおい・・・、スッポンに、赤マムシに、ニンニク五個だぞ? それに『精力絶倫』の魔法薬!? ・・・アレク、大丈夫か? アレを全部食べたから、鼻血が出るんじゃないか?」
アレクは答える。
「・・・なんか、夜、眠れなくなりそうだな。明日は試合があるのに・・・」
エルザはアレクの腕を取って告げる。
「え~。眠らなくていいじゃん。アレを食べたからには、きっと一晩中、ギンギンよ? エルザちゃんがアレクのお相手するんだから!」
アレクは苦笑いしながら答える。
「いや。試合前日に徹夜は無いわ」
エルザは、口を尖らせて不満を口にする。
「ぶ~。ルイーゼは毎日抱かれているのに~」
やり取りを見ていたナディアがアレクと腕を組むと告げる。
「大丈夫よ、アレク。私が眠りの精霊を召喚して、ぐっすり眠れるようにするから。だから今夜は私と一緒に寝ましょう」
ナディアの話を聞いたエルザは抗議する。
「ああっ! ナディア! ズルい! 私がアレクに精力料理を食べさせたのに、一晩中ギンギンなアレクを独り占めする気ね!」
「チッ!」
エルザの抗議の言葉を聞いたナディアは、横目でエルザをチラッと見ながら短く舌打ちする。
エルザとナディアのやり取りを見ていたアレクとアルは、二人で顔を見合わせて苦笑いする。
アレク達が通りに目をやると、ルドルフ親子がいた。
母親らしき女性がルドルフに告げる。
「ルドルフ。しっかりね!」
「ああ」
ルドルフは、言葉少なげにそう答えると、グリフォン小隊の試合会場に向けて歩いて行った。
エルザは小隊の皆に尋ねる。
「え? ルドルフが一緒にいた、あの女の人って誰? ルドルフのお母さん?」
アレクは答える。
「・・・話を聞いた限りでは、そうだろうね」
アレク達が見たルドルフの母親は、アレクの母であるナナイと同年代の、栗毛でおさげ髪、茶色の瞳の明るく快活な女性であった。
ナディアは呟く。
「ルドルフと違って、お母さんは明るくて優しい感じの人ね」
ナタリーは答える。
「そうね。明るくて、愛嬌があって。・・・良い人みたい」
ルイーゼは、ルドルフの母親の顔を見て訝しむ。
(あの女の人の顔、どこかで見た気がする・・・? たしか、皇宮で・・・?)
アレクはルイーゼに話し掛ける。
「どうしたんだ? ルイーゼ? 考え込んで?」
ルイーゼは答える。
「ルドルフは、口数が少なくて暗いのに、お母さんは明るい感じの人なんだなって」
アルは口を開く。
「まぁ、これからルドルフ達、グリフォン小隊の試合だし、みんなで見に行こうぜ」
トゥルムとドムトリーは同意する。
「そうだな」
アレク達もルドルフ達グリフォン小隊の試合会場へ向かって行った。
アレク達は、第八試合となるルドルフ達グリフォン小隊の試合会場に着いた。
アレクは口を開く。
「ルドルフ達の試合会場も『塹壕戦』なんだな」
アルは答える。
「奴らの対戦相手は、二年生のイオニア小隊か。一回戦目は、どこの小隊も塹壕戦みたいだ」
トゥルムは口を開く。
「皆、試合が始まったぞ」
試合が始まると、ルドルフ達グリフォン小隊、そして二年生のイオニア小隊も塹壕に入り、離れた場所から、魔法や弓矢や小型の投石器などで互いに攻撃しながら、少しづつ互いの距離を詰めていく。
アルは解説する。
「・・・アレが『塹壕戦』の普通の戦い方だろう? いきなり突撃をカマしたオレ達が珍しいって事だな」
トゥルムは大声で笑う。
「はっはっはっ。そうだろうな。普通、塹壕に対して、むやみに突撃したりはしない」
ルドルフ達は、ギリギリまで近づくと一斉に突撃する。
第八試合でただ一人の中堅職『騎士』であるルドルフは、近接戦闘で基本職しかいない二年生を圧倒する。
アルは戦況を解説する。
「グリフォン小隊は、騎士のルドルフと戦士が三人、僧侶に魔導師二人に斥候か。・・・イオニア小隊は、戦士二人に斥候と猛獣使い、僧侶二人に魔導師が二人・・・。まぁ、戦力的にはグリフォン小隊の方が上だわな」
アルの解説を聞いたナタリーは驚く。
「猛獣使い!?」
ルイーゼも驚く。
「珍しいわね。猛獣使いなんて」
アルは苦笑いしながら続ける。
「トーナメントは『猛獣禁止』だし。武器は鞭だけで防御力は皆無。遠距離も近接もダメって、使えない職種だろ・・・」
トゥルムは答える。
「・・・終わってるな」
ドミトリーは口を開く。
「皆、決着がついたぞ。グリフォン小隊が勝ったようだ」
アレク達が試合会場を見ると、ルドルフが奪取した旗を高く掲げて振っていた。
貴賓席で試合を見ていたジークは、傍らのラインハルトに話し掛ける。
「父上。あの騎士の隊長は、なかなかやるようですな」
ジークの言葉を聞いたラインハルトは答える。
「名前は、ルドルフ・ヘーゲルだ」
ラインハルトの答えを聞いたジークは驚く。
「・・・士官学校の小隊長の名前など、よく御存じで」
ラインハルトは、素っ気なく答える。
「まぁな」