第百三十四話 結婚初夜 ジークフリートとフェリシア(一)
ラインハルトは、貴賓席から試合会場で奪取した旗を高らかに掲げて振るアレクを見て、上機嫌で隣の席のジークに話し掛ける。
「アレクの奴、なかなかやるじゃないか」
ジークも弟であるアレクの活躍と勝利に機嫌良く答える。
「はい。近接戦闘が可能な兵を集め、相手の防御体勢が整う前に突撃、一気に戦場を駆け抜けて本陣まで攻め込み、伏兵で相手の陣形を崩して叩く。アレクは、良く相手と戦場を見ているかと」
ラインハルトは、ジークとは反対側の隣席に座るナナイに話し掛ける。
「アレクを士官学校に入学させたのは正解だったな。少し見ない間に随分と成長したようだ」
ナナイも微笑みながら同意する。
「そうですね」
次男であるアレクの活躍を目の当たりにし、ラインハルトは、この日、一日中、上機嫌であった。
--時間を戻した 皇太子ジークフリートの結婚式から三日目 昼。
フェリシアは、物憂げな表情で皇宮の自分の部屋から外を眺めていた。
妃の序列。
順番から言えば、いよいよ今夜がフェリシアの『結婚初夜』、自分がジークに抱かれる順番となる。
フェリシアは、トラキアの王族の姫として修道院で育ち、男性経験の全く無い処女であった。
男女の睦事に関する知識も無い。
異性に触れられたのも、手を握られたのも、手の甲にキスされたのも、結婚式でのファーストキスも、ジークが最初であった。
フェリシアの心情を察してか、フェリシア付きの女性士官がフェリシアに話し掛けてくる。
「フェリシア様、いよいよ今夜ですね」
フェリシアは物憂げな表情のまま、話し掛けてきた女性士官の方を見て答える。
「ええ」
女性士官は、フェリシアが考えているであろうジークとの初夜の事、メイド達から耳にしたジークの噂話をし始める。
「フェリシア様。皇太子殿下は、夜のほうはとても御強いとの事です」
フェリシアは、女性士官の言っている事の意味が分からず、聞き返す。
「・・・夜のほう?」
「はい。正妃のソフィア様は、殿下から夜通し求められ、抱かれていたとのことです」
フェリシアは、女性士官からソフィアがジークに夜通し抱かれていた事を聞いて驚く。
「『夜通し』って、一晩中、殿下に抱かれていたのですか!?」
女性士官は、頬を赤らめ恥じらいながら答える。
「はい。・・・ソフィア様は、殿下から一晩に六度も抱かれ、汗だくで腰が抜けて動けなくなったそうです。あの竜騎士のソフィア様が『腰が抜けて動けなくなる』ほどですから、それはもう・・・」
女性士官の話にフェリシアは絶句する。
女性士官は続ける。
「アストリッド様も同じように一晩中、殿下に抱かれて、翌朝は、殿下と御一緒に入浴されたそうです」
フェリシアは、更に驚く。
「ええっ!? アストリッド様は、・・・で、殿下と一緒に入浴されたのですか?」
女性士官は、頬を赤らめ恥じらいながら答える。
「はい。それはもう仲睦まじい御様子」
結婚したとはいえ、男女が一緒に入浴するなどフェリシアには考えられない事であった。
フェリシアは、不安に思っている事を女性士官に尋ねる。
「・・・ごめんなさい。私、判らなくて。・・・殿方に抱かれた時は、どのようにすれば・・・?」
女性士官は、微笑みながら話す。
「殿下は、繊細で優しい御方ですから、殿下のおっしゃる通りにして、殿下に身を委ねれば、優しくして頂けると思います」
「そうなのですか」
「はい」
女性士官は『繊細で優しい御方』とジークの事を評した。
フェリシア自身も、ジークに飛空艇に乗せて貰ったり、ジークの優しさに触れた事はある。
トラキア戦役の際に、飛行空母の中でフェリシアの護衛を務めていた四人の女性士官達をトラキア戦役が終結した時、そのままフェリシアの護衛として『帝国東部方面軍』から『帝国中央軍 皇宮付き武官』として、転属させたのもジークの計らいであった。
「顔見知りの方が話しやすいだろう?」
ジークは、フェリシアにそう語っていた。
アスカニア大陸最大で最も壮麗な皇宮は、帝国の多くの女性たちが憧れる夢の宮殿であったが、フェリシアにとっては、自分を閉じ込める冷たい大理石の牢獄であった。
女が異郷の地で一人で意地を張り続けるには、この巨大な大理石の牢獄は冷た過ぎた。
国内外の有力な貴族や王族といった後ろ盾のないフェリシアにとって、夫である『ジークからの庇護』は、なくてはならないものであった。
皇宮で唯一のフェリシアの庇護者がジークであった。
ジークからの庇護が無くなれば、フェリシアの居場所も無くなってしまう。
フェリシアがジークに逆らえない理由でもあった。
--夜。
湯浴みで身体を清めたフェリシアは、自室でバスローブ姿のままジークの使いの侍従が呼びに来るのを待っていた。
ドアをノックする音の後、侍従の声がする。
「失礼致します。フェリシア様。皇太子殿下が寝室にお呼びです」
「直ぐ参ります」
フェリシアは、緊張した面持ちで侍従の後についていき、ジークの寝室に向かう。
侍従がジークの部屋のドアをノックして告げる。
「殿下。フェリシア様をお連れ致しました」
「入れ」
侍従はドアを開けると頭を下げ、フェリシアの入室を促す。
フェリシアがジークの部屋に入ると、ジークは既にベッドで横になって居た。
フェリシアは、緊張を隠せないまま、ジークの傍らに座る。
「殿下、お呼びでしょうか」
フェリシアからの問い掛けにジークは笑顔で答える。
「ふふ。結婚したのだ。他人行儀な『殿下』はよせ。他の妃達と同じように名前で呼んでくれ」
フェリシアは、少し遠慮がちにジークを名前で呼ぶ。
「判りました。・・・ジーク様」
「それで良い」
ジークはベッドで上半身を起こすとフェリシアを抱き寄せ、フェリシアの顔に自分の顔を近づけると、その黒い大きな瞳を見詰める。
「・・・気持ちの整理は着いたのか?」
「はい。私はトラキアの王族です。覚悟はできています」
ジークはフェリシアにキスする。結婚式以来、二回目のキスであった。
「んっ・・・」
ジークは、フェリシアの身体が小刻みに震えている事に気が付く。
「震えているな。・・・怖いのか?」
フェリシアは、ジークの機嫌を伺うように上目遣いに答える。
「・・・はい」