第十四話 飛空艇
--翌日。
士官学校では、昨日の事件で話題が沸騰していた。
『皇太子ジークフリートと平民組のアレキサンダー・ヘーゲル、この二人の間に何があったのか?』であった。
アレクは、小隊の仲間や先輩学生達から質問攻めに合ったが、その口は重く、『皇太子にちょっと小突かれただけ』と答えるだけであった。
アレクとしては、格好良く皇太子である兄のジークフリートや護衛の二人の女を叩きのめしてルイーゼを守りたかったが、相手の三人との実力差があまりにも大き過ぎて、それは叶わぬ思いであった。
アレクは、父ラインハルトからバレンシュテット姓を名乗ることを禁じられている上、さすがに『皇太子ジークフリートとは兄弟だが、その兄に土下座して必死に懇願しました』とは、格好悪くて誰にも言えなかった。
暗い表情のアレクに対して、ルイーゼはすこぶる上機嫌であった。
女の子達に対して、ジークとアレクの話を少しだけ脚色して話していた。
無論、ジークとアレクが兄弟であることや、アレクが第二皇子である事は伏せている。
教室の片隅で、興味津々にルイーゼに詰め寄る小隊の女の子三人に対して、ルイーゼは昨日の事件を解説する。
「……それで、皇太子殿下と護衛の女二人が、私達を無礼討ちにしようと抜剣して構えたのよ!」
獣耳を向け、身を乗り出してエルザがルイーゼに尋ねる。
「それで! それで! それで!」
ルイーゼが皆に解説を続ける。
「そしたら、アレクが皇太子殿下に土下座して必死に懇願したのよ」
ナディアがルイーゼに尋ねる。
「へぇ~。アレクは皇太子になんて懇願したの?」
ルイーゼは、上機嫌に解説を続ける。
「『待て! 待ってくれ!! 彼女はオレの女だ! 頼む! 殺さないでくれ! 殺すならオレを殺せ! 頼む! このとおりだ!』って、必死に」
ナタリーはルイーゼの話に感動したようであった。
「アレク、カッコ良い!」
エルザが尋ねる。
「んで! どうなったの!?」
ルイーゼが上機嫌に続ける。
「そしたら、皇太子殿下は、必死に懇願するアレクを見て高笑いして行っちゃったのよ」
ナディアが口を開く。
「そうなんだ。……アレクってば、女の子みたいな顔しているのに、捨て身で女の子を守るなんて、結構やるじゃないの!」
エルザが呟く。
「『彼女はオレの女だ!』、『殺すならオレを殺せ!』か……。なかなか言えることじゃないよね~」
ナタリーが同意する。
「そうだよね」
ナディアは、ルイーゼをイジリ始める。
「それで……大好きな『私のアレク』から『オレの女』だと認定されて、ルイーゼは機嫌が良いのね」
ナディアの言葉にルイーゼは照れて頬が赤くなる。
「……うん」
ルイーゼの話は、たちまち士官学校の女の子達の間に広まり、『皇太子から捨て身で彼女を守った男子』として、アレクの株は、うなぎ登りに上がっていった。
--午後。
午後は飛空艇の操縦訓練であった。
練習用飛空艇『コンプテタ』
魔導発動機二機搭載
複座式ティルトローター機
この世界の飛空艇は、重力を浮遊水晶による魔法の浮力によって相殺し、プロペラの推力によって飛行する。
軍事大国であるバレンシュテット帝国は、魔法科学を発展させて前近世レベルの文明を築き上げ、アスカニア大陸において『頭一つ飛び抜けた存在』となり、中世レベルの文明しか持たない諸外国を圧倒していた。
特に『浮遊水晶』の技術は、バレンシュテット帝国が独占している魔法科学技術であった。
飛空艇の操縦はパイロットとナビゲーターの二人一組で行い、状況によって交代することが一般的であった。
教官のジカイラが大声を張り上げる。
「今日は飛空艇の基礎飛行訓練だ。離陸して、この周辺を一周りする」
士官学校の学生達は、初めて乗る飛空艇に皆、興奮気味であった。
アレクとルイーゼは、飛空艇に乗り込む。
「手順通りやれば大丈夫。心配ないよ」
「うん」
アレクは、ルイーゼを気遣っていた。
「発動機始動!」
アレクは、掛け声と共にエンジンの起動ボタンを押す。
魔導発動機の音が響く。
ルイーゼが続く。
「飛行前点検、開始!」
ルイーゼは掛け声の後、スイッチを操作して機能を確認する。
「発動機、航法計器、浮遊水晶、降着装置、昇降舵、全て異常無し!」
ルイーゼからの報告を受け、アレクは浮遊水晶に魔力を加えるバルブを開く。
「ユニコーン・リーダー、離陸!」
アレクの声の後、大きな団扇を扇いだような音と共に機体が浮かび上がる。
「発進!」
アレクは、クラッチをゆっくりと繋ぎ、スロットルを徐々に開ける。
プロペラの回転数が上がり風切り音が大きくなると、機体は徐々に上昇していった。
「一,〇〇〇、……一,五〇〇、……二,〇〇〇」
アレクの声が伝声管を伝って、ルイーゼに聞こえてくる。
ルイーゼが地上の景色に目を向けると、その目に映る景色に思わず感嘆の声が漏れる。
「……綺麗」
士官学校と、その周囲の田園風景。
黒煙を上げながら鉄路を走る鉄道。
遠くに港があり、どこまでも続いているであろう澄み切った紺碧の空と青く広い海が広がっていた。
海の上を行き来する帆船が小さく見える。
「目標高度到達。視界、良好。南東、微風。異常無し。」
ルイーゼの耳にアレクの声が伝声管を伝って聞こえてくる。
上空の僅かな風がルイーゼの顔を撫でる。
ルイーゼは周囲の景色を見回す。
海の対岸に白い層雲が僅かに伸び、天頂からはさえぎる物のない太陽の日差しが降り注ぐ。
そして、はるか上空を小さな雲が流れていく。
(綺麗! こんなに広い! 自由な空!)
アレクとルイーゼは、帝国第二皇子とメイドであり『身分』というものに隔てられていたが、空にルイーゼとアレクを隔てるものは何も無い。
ルイーゼは、アレクと一緒にどこまでも飛べる気がした。