第百二十二話 エルザの回復、配置転換
エルザは、アレクの首に腕を回して自分の元に引き寄せてキスする。
「んっ・・・んんっ・・・」
キスを終えたエルザは、アレクの口に人差し指を当てアレクの目を見詰めながら話し始める。
「・・・アレクが私を助けてくれたんだね。・・・意識が無くなるまで、微かに聞こえていたんだ」
「何が?」
「爆弾が爆発した時、アレクが必死に私の名前を呼んでた。・・・『エルザ! エルザ!』って」
改めてエルザから面と向かって言われると、アレクは少し気恥ずかしくなる。
「・・・そ、そうだったかな?」
エルザは、照れながらアレクにお礼を言う。
「アレク。助けてくれて、ありがとう」
次の瞬間、医務室のドアが開くとユニコーン小隊の仲間たちが現れ、二人の様子を見た女の子達が叫ぶ。
「ああっ!」
小隊の仲間たちの目に映ったのは、エルザの上に身を乗り出して顔を近づけて迫るアレクと、アレクの唇に人差し指を当て『ちょっと待って』といった感じのエルザの姿であった。
ナディアは口を開く。
「心配してお見舞いに来てみたら、抜け駆けしてるなんて!」
ルイーゼは、頬を赤らめたまま上目遣いにアレクに告げる。
「・・・アレク。・・・いやらしい」
ナタリーも口元に手を当て、頬を赤らめて二人を見詰める。
アルは、アレクの肩にポンと手を置くとしみじみと語り始める。
「・・・なぁ、アレク。『ひと仕事終えて女を抱きたい』というお前の気持ちは判るが、せめてエルザが退院してからにしたらどうだ?」
トゥルムもアルに続く。
「私も同じ意見だ、隊長。エルザを抱くことよりも、エルザが退院することのほうが先だろう」
ドミトリーもトゥルムとアルに続く。
「煩悩だ。まさしく煩悩だ。・・・隊長は、煩悩に捕らわれ過ぎだ」
アレクは、小隊の仲間達に向けて言い訳する。
「いや、ちょっと待って! 誤解だって!」
エルザも口を開く。
「あ~ん、もぅ! ・・・せっかく良い雰囲気だったのに、みんなして『愛の営み』の邪魔しないでよ~!!」
アレクとエルザの言葉に、小隊の仲間達が笑う。
--少し時間を戻した 飛行空母ユニコーン・ゼロ 格納庫
ジカイラとヒナの乗る揚陸艇が帰還すると、艦橋からエリシスとリリーが格納庫にやって来る。
各小隊が捕虜にしたトラキア解放戦線の者達を視察に来たのであった。
エリシスはジカイラとヒナを労う。
「中佐、大尉。お疲れ様。どうやら戦果は、大漁だったようね」
ジカイラは悪びれた素振りも見せずに答える。
「まぁな」
エリシスとリリーは、揚陸艇から降ろされた捕虜たちの近くに歩いて行く。
開襟シャツの胸元を大きく広げ、胸の谷間を見せて歩く二人の美女に対して、トラキア解放戦線の捕虜達は口笛を吹いたり冷やかし始める。
リリーは、口笛を吹いた男の前で立ち止まると、男の肩口に右手の人差し指と中指を揃えて突き付ける。
男が下卑た笑みを浮かべ、リリーを舐めまわす様に見る。
「へへ・・・」
次の瞬間、リリーの二本の指の爪が伸び、伸びた爪が男の肩を貫く。
男の絶叫が格納庫に響き渡る。
「ぐぁあああああ!」
リリーが伸ばした爪の長さを元に戻して男の肩から爪を引き抜くと、男はその場にしゃがみ込む。
リリーは、しゃがみ込む男に侮蔑の目線で見下しながら穏やかに告げる。
「たかがトラキアの蛮族風情が。エリシス伯爵に無礼であろう」
「うわわわ・・・」
リリーの近くの捕虜達が一斉に怯み、後退りする。
エリシスは捕虜たちの前に歩み出て、優しく微笑みながら捕虜達に告げる。
「貴方達に教えて欲しい事があるの。順番に八つ裂きにするから、楽しみに待っててね。・・・死んだら、私の下僕として生き返らせてあげる」
エリシスとリリーが、トラキア解放戦線の捕虜達を尋問して解放戦線の本拠地がトラキアのカルロフカにある事を聞き出すのに、さほど時間を必要としなかった。
そして、二人の尋問の後に、生き残った捕虜は居なかった。
エリシスとリリーは、皇帝ラインハルトからの勅命を忠実に実行した。
--翌日、帝都 皇宮
皇宮に居るラインハルトの元にエリシスが羊皮紙で綴った報告書がフクロウ便で届く。
ラインハルトの元には、エリシスからの報告書とジカイラからの報告書があった。
ラインハルトが二人からの報告書を分析すると、大きく二点であった。
トラキア解放戦線の本拠地がトラキア第二の都市カルロフカにあること。
帝国の力をもう一度トラキア人達に見せつける必要があること。
ラインハルトは少し思案した後、新たな勅命を発した。
帝国東部方面軍が攻略を担当し、トラキアで包囲し続けているカルロフカの攻略担当をヒマジン伯爵の指揮下である帝国東部方面軍から、エリシス伯爵の指揮下である帝国南部方面軍に変更するものであった。
アレク達の居るジカイラ中佐の部隊には、帝都への帰還命令が下された。