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第十三話 貴族組とジークフリート

 アレクたちの居る階段の踊り場に向けて、二階から集団が階段を降りてくる。


 先頭にいるオカッパ頭、瓶底眼鏡(びんぞこめがね)、出っ歯で小柄のネズミのような、神経質そうな小男が口を開く。


「どけ! どけぃ! 賤民(せんみん)の分際で! 身の程を知れ!」


 先輩学生の一人が口を開く。


「チッ! 貴族組か!」


 先輩学生たちは、短く舌打ちしてそう言うと、ルドルフを残してその場から立ち去って行った。








 先輩学生の言葉を聞いたアレクが呟く。


「貴族組……」


 先頭に居るオカッパ頭の男が突っ立ったままのアレクに詰め寄る。


「なんだ? 貴様は?? どけ!」


 アレクが言い返す。


「……お前は?」


 オカッパ頭の男がアレクの胸を指で突っ付きながら告げる。


「貴様! 知らないのか? では、教えてやろう! 我こそは誇り高き帝国貴族! ヨーイチ男爵家の跡取りであるキャスパー・ヨーイチ三世とは、この私の事だ! 叔父上からこの名を継いだ時は、感動にこの身が震えたわ! 判ったら道を開けろ! この賤民(せんみん)が!」


 貴族組のキャスパー男爵が帝国第二皇子であるアレクの顔を知らないのも無理はなかった。


 士官学校の貴族組に入っている多くの貴族の子弟たちは、帝室への謁見や皇宮への参内さえ許されていない下級貴族の家柄である。


 上流貴族は、兵役免除特権を持っているため、そもそも士官学校や軍隊には来ない。


 極稀に上流貴族も士官学校に入学するが、それは皇太子ジークフリートの護衛を務めるソフィアやアストリッドなど、例外的な事例であった。


「アレク、こっちへ」


 アルがアレクの肩に手を置き、アレクを階段の踊り場に引き寄せると、そっと耳打ちする。


「先輩たちも貴族組と揉めるのは避けているようだな」


 ルイーゼとナタリーが床に這いつくばっているルドルフを抱き起こして、階段の踊り場の端に連れていく。


 ルドルフは、自分を抱き起こしたルイーゼに告げる。


「くっ……誰が助けてくれと頼んだ? 頼んだ覚えは無いぞ」


 ルイーゼが答える。


「貴方の仲間が助けを求めてきたわ」


 ルドルフは、自嘲気味に二人に話す。


「先輩たちがオレに絡んだ途端にバックレるような連中が仲間だと? 笑わせるな」








 貴族組の集団は、踊り場の端に身を寄せたアレクたちを一瞥すると、我が物顔で階段と踊り場の中央を通って歩いていく。


 その貴族組が、突然、歩みを止めた。


 アレクたちの前にいる貴族組の生徒が呟く。


「ん? どうしたんだ?」


「誰か、前から来たみたいだぞ?」


 少しすると、貴族組の先頭から順に、綺麗に中央から左右に隊列が割れる。


 そして、貴族組は、廊下と階段の端に身を寄せると、階段と廊下の中央に向かって片膝を着き、最敬礼を取る。


 貴族組の異変を目の当たりにしたアレクたちが驚く。


 アレクがアルに尋ねる。


「前から誰が来たんだ? 何が始まるんだ?」 


「さぁ?」









 貴族組は、前から左右に別れて廊下と階段の端に身を寄せ、中央に向けて最敬礼を取る。


 その貴族組の中央を歩くのは、護衛の二人の女を連れたアレクの兄である皇太子ジークフリートであった。


 兄のジークは、貴族組が跪く中を悠然と歩いていた。

 

 アルが傍らのアレクに耳打ちする。


「すげぇ……皇太子ジークフリート殿下……まるで皇帝(カイザー)だ」


 アレクはアルの傍らで、跪く貴族組の後ろから皇帝(カイザー)のように振る舞う兄のジークを見詰める。


(兄上……)


 ジークは、アレクの前まで来ると立ち止まり、アレクを見詰める。


 ジークとアレクの間にいた貴族組の生徒は、ジークの視線を避けるように、その場から立ち退いていく。


 ジークが立ち止まった途端、貴族組の先頭からキャスパーがアレクたちの元へ駆け寄ってきて、アレクたちに告げる。


「こらっ! 貴様ら! 皇太子ジークフリート殿下の御前であるぞ! 跪かんか! 無礼な賤民共が!」


 ジークは、右手を軽くかざしてキャスパー男爵を制止する。


 キャスパーは、ジークに深々と頭を下げると、一歩、後ろに下がる。


 ジークが周囲に告げる。


「こやつと話がしたい。他の者は外せ」


 キャスパーがジークに意見を言う。


「皇太子殿下! 何も、このような賤民を御自ら相手になさらずとも……」


 ジークは、キャスパーを横目で見下しながら再び告げる。


「外せ」


「ははっ!」


 キャスパーはジークに深々と頭を下げると、周囲に目配せする。


 すると、貴族組は、アレクたちとジークたちを避けるように階段を降りて、潮が引くように去っていった。


 アレクも小隊の仲間たちに告げる。


「君たちも外してくれ」


 アルがアレクに尋ねる。


「……大丈夫か?」


「大丈夫だ」


 アレクとルイーゼを除いた小隊の仲間たちもその場を離れていく。


 ルドルフは、ナタリーに肩を借りながら歩いて行った。









 階段の踊り場にいるのは、アレクとルイーゼ、ジークとソフィア、アストリッドの五人になった。


 ルイーゼは、ジークに向かって片膝を着いて最敬礼を取る。


 ジークは、アレクに歩み寄ると口を開いた。


「……貴様。士官学校への入学初日から補給処で乱闘騒ぎを引き起こすとは、どこまで父上と母上の顔に泥を塗るつもりだ?」


 アレクが答える。


「そんなつもりじゃ……」


 次の瞬間、ジークの右の正拳がアレクの顔を捕らえる。


 アレクは、立て続けに左の脇腹にも蹴りを受ける。


「ぐうっ……」


 その様子を見ていたルイーゼはジークに懇願する。


「殿下! 何卒、おやめ下さい! 殿下!」


 ジークは、懇願するルイーゼを無視してアレクを蹴り続け、連続でジークの蹴りを受けたアレクは、床に這いつくばる。


 ジークは、アレクの頭を踏み付けながらアレクに告げる。


「……お前は私の手で始末したほうが良いかもしれんな」


 ジークのラインハルト譲りの冷酷な目が、足の下のアレクに向けられる。


 アレクを見下すジークの目を見たルイーゼは、首の後から背中に掛けて鳥肌が立つ。


(本気だ! ジーク様は、本気でアレクを殺す気だ!)





 ジークの殺意を悟ったルイーゼの身体が反射的に動く。


 ルイーゼは、懐に隠していた短剣を逆手に持ってジークに斬り掛かる。


 ジークは、ルイーゼの攻撃を察知し、その場から大きく後ろに飛び退いて躱す。


 ジークの傍らにいたソフィアは、すかさず腰の長剣を抜いてルイーゼに斬り掛かり、斬り結ぶ。


 次の瞬間、ジークを挟んでソフィアの反対側にいたアストリッドも長剣を抜いてルイーゼに斬り掛かる。


 ルイーゼは、素早く後方転回してアストリッドの斬撃を躱すと、床から起き上がろうとするアレクを背中に庇い、三人に向かって逆手に持った短剣を構える。







 アレクとルイーゼに向かって長剣を構えるソフィアとアストリッドの間に、後ろに下がったジークが歩いて来る。


 ジークは、ルイーゼを睨み付けたまま、静かに告げる。


「……この私に剣を向けるとは。メイドの分際で」


 そう告げるとジークは、父ラインハルトから譲り受けた魔力が付加されたサーベルを腰の鞘から抜いた。







 床から起き上がったアレクは顔を上げ、兄のジークを正視する。


 アレクは、強烈な殺気を放つ兄ジークの姿に戦慄を覚える。


 アレクの全身に冷たい汗が吹き出る。


(まずい! 兄上は本気だ!! ルイーゼが殺される!!) 


 抜剣して戦闘態勢に入った上級騎士(パラディン)のジーク。


 長剣を構える竜騎士(ドラゴンナイト)のソフィアと魔法騎士(ルーンナイト)のアストリッド。


 武装して戦闘態勢の上級職三人対して、中堅職の二人は、騎士(ナイト)のアレクは丸腰、暗殺者(アサシン)のルイーゼは短剣のみであった。


 アレクたちの勝算は皆無に等しい。二人が逃げ切れない事も明らかであった。


 






 アレクは、必死に開いた右手をジークに向けて伸ばしながら夢中で叫ぶ。


「待て! 待ってくれ、ジーク! 兄上! 彼女はオレの女だ! 殺さないでくれ! 頼む!」


 アレクの言葉にジークはピクッと反応すると、アレクを見て呟く。


「『オレの女』……?」 


 アレクは、必死で続ける。


「兄上! 殺すならオレを殺せ! 頼む! このとおりだ!」


 アレクは、両手を床に着いて土下座すると、額を床に着け、必死にジークに懇願した。




 

 

 


 ジークは、一呼吸の間、アレクの土下座を見守ると口を開いた。


「『オレの女』……そういう事か」


 そう言うとジークは高笑いし、抜剣していたサーベルを腰の鞘に仕舞う。


 ジークの傍らのソフィアとアストリッドが、ジークの豹変ぶりを訝しんでその顔色を伺う。


「ジーク様……?」


 ジークは、戦闘態勢を解いてアレクの前で片膝を着くと、優しくアレクに話し掛ける。


「お前に『彼女』が出来たか。アレク」


 アレクが両手を着いて土下座したままジークの顔を見上げると、ジークはアレクに微笑み掛けていた。


 アレクが長年、見ていなかった兄の笑顔であった。


 ジークが続ける。


「……仲間は全力で守れ……恋人は今のように捨て身で守れ……良いな?」


 アレクは無言で頷く。


 ジークは立ち上がって振り返ると、従者の二人、ソフィアとアストリッドに告げる。


「行くぞ!」


 二人は抜剣していた長剣を腰の鞘に仕舞うと、ジークに一礼して、去っていくジークの後を付いて行く。


 ルイーゼは、緊張が解けてアレクの隣にへなへなと座り込む。


「……助かったんですね。私たち」


「ああ」


 アレクは、その場から去っていく兄ジークの背中を見詰めていた。


(……まだ、遠い……上級騎士(パラディン)……だが、届かない訳じゃない!)


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