第九十九話 帰寮、二人の想い
帝都での凱旋式が終わり、その日の夜、アレク達教導大隊を乗せた飛行空母は、帝都を離れ士官学校併設の飛行場に着陸した。
アレク達は飛行空母を降り、自分達の寮に帰った。
アレク達は、飛行空母で夕食を済ませてきたが、皆、寮の食堂に集まり、一息ついて寛ぐ。
アルは口を開く。
「久しぶりに帰って来たな」
ナタリーはアルに同意する。
「そうね」
エルザは不満気であった。
「私は、飛行空母のほうが良かったな~。また、どこかに遠征とか、ないかなぁ~?」
ナディアはエルザを諭す。
「そうそう、遠征は無いんじゃない?」
ナディアに諭されたエルザは、椅子の背もたれに寄り掛かり、口を尖らせる。
「む~」
一方、トゥルムは寮に戻って来たことを喜んでいた。
「久しぶりに返ってきた。これでやっと新鮮な魚が食べられる。飛行空母の塩付け魚は喉が乾くし、調理されている魚は、どうも口に合わなくてな」
エルザはトゥルムに答える。
「そっか。トゥルムは蜥蜴人だもんね」
エルザの言葉にドミトリーも同意する。
「魚が主食なのは、蜥蜴人の宿命だろう」
トゥルムは笑顔で答える。
「そのとおりだ」
ドミトリーは得意気にアレク達に告げる。
「その点、拙僧はドワーフだ。骨付き肉とアルコールがあれば、どこでも快適だ。むはははは」
ドミトリーの言葉に小隊の皆が笑う。
アレクは、小隊メンバーが談笑する微笑ましい姿を、ぼーっと眺めていた。
ルイーゼはアレクに話し掛ける。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
アレクが答える。
「んん? 考え事していたのさ。・・・ウチの小隊は全員無事で良かったなって」
ルイーゼが同意する。
「そうね」
原始的な鼠人との戦闘であったが、アレク達が所属していた教導大隊にも若干名の犠牲者は出ていた。
アレク達は、食堂での談笑を終え、それぞれ入浴を済ませて自分の部屋に戻る。
アレクは、鏡の前に立ち、鏡に映る自分の制服の胸にある帝国騎士十字章を見ていた。
叙勲された時の様子を思い浮かべながら、鏡の前で帝国騎士十字章を指で触る。
叙勲式で父である皇帝ラインハルトから、アレクがこの帝国騎士十字章を授与された時、アレクはラインハルトから言葉を掛けられていた。
『良くやった』と。
アレクは、ラインハルトから初めて認められた事が何よりも嬉しかった。
鏡の前でニヤニヤしているアレクを見て、ルイーゼがアレクに話し掛ける。
「アレク、どうしたの? 鏡の前でニヤけちゃって・・・」
ルイーゼからの問いにアレクは胸の帝国騎士十字章を示しながら答える。
「んん? コレさ」
「勲章?」
「うん。父上が『良くやった』って。父上から認められた事って初めてだから、嬉しくてね」
ルイーゼもアレクを褒める。
「そうなんだ。私もアレクは良く頑張っていたと思う」
ルイーゼの言葉にアレクは照れ臭そうに笑顔で答える。
「ありがとう」
「でも、陛下からの処罰は、まだ解けていないんでしょ?」
アレクは苦笑いする。
「・・・そっちはね。しばらくオレは、『平民』のままだろうな」
ルイーゼは笑顔でアレクに答える。
「私はアレクが平民のままでも構わないわよ。・・・一緒に居られるなら」
アレクは真剣な表情で語る。
「頑張って士官学校を卒業して、上級騎士になって、父上に認めて貰い処罰を解いてもらわないとな。・・・ルイーゼのためにも」
「アレク・・・」
「ルイーゼ、オレが士官学校を卒業したら、一緒にルードシュタットに行こう。・・・母上の実家さ。御爺様が居る。・・・兄上と比べられる事も無くなるし、皇宮ほどじゃないけど、城も屋敷もある」
ルイーゼはアレクに尋ねる。
「向こうでの生活や他の皆はどうするの?」
ルイーゼの言葉にアレクは少し考える。
「そうだな・・・。こうしよう! 士官学校を卒業したら、そのまま帝国軍に職業軍人として入隊して、ユニコーン小隊ごとルードシュタット駐在にして貰う! これなら給料も貰えるし、皆と一緒だ!」
ルイーゼは笑う。
「あはは。アレクらしいね」
「オレなりに一生懸命、考えたんだけどな」
ルイーゼは笑顔でアレクに話す。
「私はアレクが帝国第二皇子でも、平民のままでも、構わないわよ。・・・でも」
ルイーゼの言葉にアレクは訝しむ。
「でも?」
ルイーゼは、腕を組んで人差し指を立てて片目を瞑り、したり顔でアレクに告げる。
「アレクの二人目の奥さんや三人目の奥さんは、『メイド付きのお屋敷』が欲しいんじゃなかったかしら?」
ルイーゼの話を聞いてアレクはギクリとする。
(二人目の奥さんや三人目の奥さんって、ナディアとエルザの事だよな・・・)
「・・・そ、そうだったな」
帝国軍の職業軍人の騎士は高給取りであった。
アレクが職業軍人になり、アレクとルイーゼの二人だけなら職業軍人の給料で楽に生活できることだろう。
しかし、ナディアとエルザに『メイド付きのお屋敷』をそれぞれ買って与える事など、職業軍人の給料では到底、無理であった。
アレクはナディアとエルザの純潔を奪った以上、男として責任を取らねばならなかった。
ルイーゼは可愛らしくアレクに告げる。
「頑張って『帝国第二皇子』に戻るしかないわね。アレク」
苦笑いしたアレクは、鏡の前でガッツポーズを取る。
「よ、良し! 頑張るぞ! 父上に認めて貰って、処罰を解いてもらわないとな!」
アレクのガッツポーズ姿を見て、ルイーゼは後ろを振り向き口元に手を当ててクスリと笑う。
ナディアも、エルザも、飛行空母でアレクの母であるナナイを見て『アレクの実家は大金持ちだろう』と想像して、話半分で口にしているに過ぎず、アレクが二人に屋敷を買ってやると確約して肉体関係を持った訳ではなかった。
アレクの周囲で、アレクは本当は帝国第二皇子であり、ラインハルトからの処罰によって一時的に平民になって士官学校にいる事を知っているのは、ルイーゼだけであった。