表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/543

第一話 第二皇子、平民として士官学校へ

 始原の炎ありき。


 創造主は、始原の炎から世界を造り、神々と対になる魔神達を造り給う。


 始原の炎、残りは金鱗の竜王となった。


 創造主は神々と魔神達に告げる。


「汝らは世界を形造れ」


 創造主は金鱗の竜王に告げる。


「汝は世界を調停せよ」


 言葉を残し、創造主は去る。


 神々は人と亜人、精霊を造って(しもべ)とし、魔神達は悪魔と魔獣、妖魔を造って(しもべ)とした。


 神々と魔神達は、領土を巡って相容れず、創造主の言葉を忘れ、世界を造らずに(しもべ)を率いて互いに争う。


 争いは幾千年もの間続き、遂に金鱗の竜王がいきり立つ。


 金鱗の竜王は、始原の炎を吐いて神々の肉体を滅ぼした。


 魔神達は金鱗の竜王を恐れ、悪魔と共に地獄へと通じる地下深い穴に逃げ込む。魔獣は大陸から世界の端へと逃げて行った。


 金鱗の竜王は、大陸を自分の領地として眠りに就く。


 かくして世界は未完成のまま、アスカニア大陸に人と亜人、精霊と妖魔の時代が到来せり。



-アスカニア大陸創世記 詩編 序章-






 暴力革命による動乱を終結させた『革命戦役』から十七年後。



--帝都ハーヴェルヴェルク 皇宮


 身なりの良い金髪の少年が廊下を歩いてくる。


 母親に似た美しい顔立ちと美しいエメラルドの瞳とは相反して、視線の先は、退屈しのぎに何かを探しているように見えた。


 皇宮のとある部屋からメイドが出て来る。メイドは黒目黒髪の十代後半の少女であった。


 部屋での仕事を終え、次の仕事場へ向かうところだろう。


 廊下を歩く少年は、部屋から出てきたメイドに目を止める。


 メイドも少年の存在に気が付き、廊下の片隅に身を寄せると、少年に向けて頭を下げる。


 少年がメイドに話し掛ける。


「おい」


「はい」


 少年に声を掛けられたメイドは、「困った事になった」と少し表情を曇らせる。


「ちょっと来い!」


 少年は、メイドの手首を掴むと力ずくで引っ張っていく。


 驚いたメイドが口を開く。


「あの・・・、困ります! まだ、仕事がありますので」


 少年は、メイドの言葉を無視して手を引いたまま、どんどん早足で歩いていく。


 そして、少年は、皇宮の一角にある書庫にメイドを連れ込む。


 書庫といっても、皇宮の書庫は小さな図書館程の規模があり、帝国の歴史書や地図、過去の戦争の記録などの書物が本棚にぎっしりと並んでいた。


 少年は、書庫の奥にある閲覧席の机の前までメイドを連れ込むと、メイドの前に仁王立ちして告げる。


「脱げ」


 メイドは、俯いて少年に尋ねる。


「あの・・・、服ですか?」


「そうだ」


 少年の言葉にメイドは「悪い予感が当たった」という表情を浮かべる。


「・・・畏まりました」


 メイドは恥じらいから俯いたまま、着ている服を一枚一枚と脱ぎ、後ろの閲覧席の傍らに脱いだ服を畳んで置いていく。


 メイドは下着姿になって少年の前に立つと、少年に尋ねる。


「これで・・・よろしいでしょうか?」


 少年は、勝ち誇ったような顔でメイドに告げる。


「まだだ。全部だ。・・・脱げ」


「・・・畏まりました」


 メイドは泣き出しそうな顔で下着を脱ぐと、畳んだ服の上に脱いだ下着を置く。


 メイドは恥じらいから、両手で身体を隠しながら立ち涙声で少年に訴える。


「どうか・・・もう・・・お許し下さい」


「許す? 何をだ?」


 メイドが目に涙を浮かべ、涙声で少年に許しを乞いた、その時であった。







 突然、扉が開き、ドレスを着た女性が書庫に入ってくる。


 皇妃のナナイであった。


 ナナイは、少年とメイドの痴態を目撃すると、激怒して怒鳴る。


「アレク!! またメイドの()に悪戯して!!」


 少年の名前は、アレキサンダー・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット。愛称、アレク。


 皇帝ラインハルトと皇妃ナナイの次男であり、バレンシュテット帝国第二皇子である。


 アレクは、驚いてナナイの怒鳴り声が聞こえた方を向く。


「母上!?」


 ナナイの姿を見たアレクは、脱兎の如く、その場から走って逃げ出す。


「『書庫に行く』と言っていたから、勉強しているかと思えば!!」


「『女体の神秘』についての実習ですよ!」


「待ちなさい!!」


 ナナイも、息子のアレクを走って追い掛ける。


 走って追い掛けてくるナナイに向かって、アレクは逃げながら軽口を叩く。


「母上! あんまり怒ると美しい御顔に小ジワが増えますよ!」


 からかわれたナナイの顔が益々赤くなる。


「今日は許さないから!!」


 ナナイは、書庫の一角に息子のアレクを追い詰める。


「逃がさないわよ!」


 ナナイは、正拳でアレクに殴り掛かるが、アレクは紙一重でナナイの拳を避ける。


 普通の母親なら平手打ちにするのだろうが、皇妃のナナイは聖騎士(クルセイダー)であり、格闘戦も体術もかなりの腕前であった。


 ナナイが、右、左、右と連続でアレクに殴り掛かるが、いずれもアレクは避ける。


 再びアレクが軽口を叩き、ナナイを挑発する。


「当たりませんねぇ~。母上」


「何だと!?」


 アレクの挑発に激昂したナナイが、本気を出す。


 ナナイは上半身を大きく反らせると、大きく脚を開いて回し蹴りを放つ。


 アレクは、ナナイの回し蹴りを両腕で受け止める。


 回し蹴りを受け止め、両腕に走る鈍痛にアレクが顔を歪める。


「ぐうっ・・・!!」


 次の瞬間、再びアレクは脱兎のごとく走って逃げる。


「くっ!!」


 ナナイも再びアレクを追い掛ける。








 アレクとナナイが廊下に出ると、廊下の先から二人の少女を従えた少年が現れる。三人とも制服姿であった。


 少年が口を開く。


「どうしました? 母上。 ・・・アレク!?」


 アレクが少年に驚く。


「兄上!?」


 現れた少年にナナイが話し掛ける。


「ジーク! アレクを捕まえて!」


 ジークと呼ばれた少年は、金髪で顔も容姿もラインハルトの少年時代にそっくりであったが、瞳の色だけが違い、その色は母親のナナイと同じ美しいエメラルドであった。 


 ジークフリート・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット。愛称、ジーク。


 皇帝ラインハルトと皇妃ナナイの長男であり、バレンシュテット帝国皇太子である。


 若くして上級騎士(パラディン)となった実力は、父親のラインハルト譲りの才能と努力の賜物であった。


 ジークに付き従う制服姿の少女は、『大陸最強の竜騎士』と名高いアキックス伯爵の孫娘、ソフィア・ゲキックス。


 燃えるような紅い髪と瞳を持った、気が強そうに見える凛とした竜騎士の美少女であった。


 もう一人の制服姿の少女は、『神速と速攻の魔法騎士』ヒマジン伯爵の娘、アストリッド・トゥエルブである。


 ソフィアとは対照的な物静かな印象の澄んだ勿忘草色の髪と瞳の魔法騎士の美少女であった。


 三人は、士官学校の休みに合わせてジークの実家である皇宮に来ていた。


 ナナイの言葉を聞いたジークが苦々しく口を開き、アレクの前に立ち塞がる。


「アレク! 貴様!!」


「チッ!!」


 アレクは短く舌打ちすると、上目遣いに兄のジークを睨み付け、拳で殴り掛かる。


 ジークはアレクの左右の拳を避けると、反撃の拳を繰り出す。


「ぐはっ!!」


 ジークの拳はアレクの顔面を捉え、アレクは短い嗚咽と共にその場に倒れる。


 ジークは更に、倒れたアレクを数回蹴り飛ばすと、その頭を踏み付ける。


 ジークは、踏み付けたアレクを冷酷に見下しながら怒りに満ちた口を開く。


「アレク! 貴様・・・。母上は身重なのだぞ? 貴様は、父上や母上を助け、弟や妹達を導く立場だろう! バレンシュテット帝国第二皇子という自分の立場を理解しているのか?」


 ナナイの胎内には、新しい命が宿っていた。


 兄のジークに頭を踏み付けられたまま、アレクはジークを睨み上げ、口を開く。


「くそっ・・・。一つしか違わないのに、エラそうに!!」


 ナナイがジークとアレクの二人の間に割って入る。 


「ジーク! やりすぎよ! アレクを殺す気!?」


 ナナイに仲裁され、ジークはアレクの頭から足を避けると、口を開く。


「母上は甘いのです! こうして甘やかすから、アレクがツケあがるのです!!」


「何事だ! 騒々しい!!」


 執務室から二人の少年の父親である皇帝ラインハルトが現れる。


「「父上!」」


「「陛下!」」


 ジークは、短く言葉を口にすると廊下の端に身を寄せ、踵を鳴らして直立不動の姿勢を取り、ラインハルトに向けて一礼する。


 ジークに付き従うソフィアとアストリッドも廊下の端に身を寄せるが、彼女達は片膝を着き、ラインハルトに向けて最敬礼を取る。


 アレクも口を開くと、両手をついて這いつくばった床から起き上がり、ラインハルトの方を見る。


 ラインハルトは、畏まるジーク達三人に軽く右手をかざして楽にするように伝えると、ナナイの元へ歩いていく。


 ナナイは、ラインハルトに事の一部始終を話す。





 ラインハルトは、大きくため息を吐くとアレクに尋ねる。


「・・・それで。アレク。お前は、そのメイドを妃にしたいのか?」


 アレクが答える。


「いいえ。そんなつもりはありません」


「では、どういうつもりだ?」


「遊んでいただけです」


 次の瞬間、ラインハルトの正拳がアレクの顔面に炸裂する。


「ゴッ!?」


 短い嗚咽と共にアレクは殴り飛ばされ、廊下の壁にぶつかると床にへたり込む。


(何だ!? 見えなかった! 父上に殴られたのか??)


 ラインハルトが床にへたり込むアレクの前に立って告げる。


「・・・良いか? アレク。お前も年頃だ。『()()()()()()()()()』のは構わない。その子と一緒に街でデートしても、遠掛けしても良い。だが、帝室の権威を傘にきて『()()()()()()()()()()()()()』は許さん!! 男なら、言葉と行動に責任を持て!!」


 アレクは、床にへたり込んだまま、ラインハルトを見上げて呟く。 


「帝室の権威・・・」


 皇宮で務めるメイドは、皆、帝国の下級貴族の次女三女達であり、彼女達が皇太子や皇子達の目に止まり『御手付』となれば、彼女達自身だけでなく、実家の栄達も約束されたようなものであった。


 皇帝ラインハルトは、下級貴族出身という身分と実家を巻き込むという立場から、帝室の皇子達に抵抗できないメイド達を玩具(おもちゃ)にして(もてあそ)ぶことを許さなかった。


 ラインハルトは、二人の女性従者を連れて軍人らしく毅然とした長男のジークを見た後、床にへたり込んだまま自分を見上げる次男のアレクの様子を見て、少し考える素振りを見せる。


 ラインハルトはアレクに告げる。


「・・・アレク。お前は根本的に鍛え直さねばならないようだ。来期からお前もジーク同様、士官学校に入れ!」


 アレクが文句を言う。


「ええっ!? 私が?? 嫌ですよ!!」


 ラインハルトは、アレクに諭す。


「兄のジークは、士官学校で全科目満点で首席。評価は全てA。来期、飛び級で上の学年へ編入だ。お前もジークを見習って、少し頑張ってみろ!」


 兄と比較されたアレクは、強烈に兄のジークを皮肉る。


「私に兄上を見習えですって!? 十代で『愛人』が二人も居る兄上を?? 私はメイド一人に、ちょっとイタズラしただけで、ここまでの仕打ちを受けているのに!?」 


「「『愛人』って・・・!!」」


 アレクに『ジークの愛人』と揶揄されたソフィアとアストリッドは、二人揃ってその言葉を口にすると、照れて赤面する。


 ソフィアは頬を赤らめてジークの腕を取ると、その顔色を伺いながら嬉しそうに甘えるような猫撫で声でジークに尋ねる。


「そんな。『愛人』だなんて・・・。ジーク様。私、ジーク様の愛人だと思われているようです。どうしましょう」


 アストリッドも頬を赤らめ、横目でチラッチラッとジークを伺いながら、口を開く。


「私は、両親からジーク様の閨の御相手も務めるように仰せつかっております」


「貴様、私を愚弄するか!!」


 アレクに皮肉られたジークは、床にへたり込むアレクを再び蹴り飛ばす。 


「よせ。ジーク」


 ラインハルトは、静かにそう言うと右手を軽く上げ、ジークを制止する。


 ジークは、素直にラインハルトの制止に従い、一歩下がると再びラインハルトに向けて一礼する。


 ラインハルトがアレクに向けて続ける。


「アレク。お前が『バレンシュテット』姓を名乗ることを禁じる! 平民として士官学校の平民組に入れる! 良いな?」


 アレクは涙目でラインハルトを見上げる。


「そんな・・・」 



 


 こうしてバレンシュテット帝国第二皇子 アレキサンダー・ヘーゲル・フォン・バレンシュテットは、平民のアレキサンダー・ヘーゲルとして、バレンシュテット帝国軍士官学校 平民組への入学を余儀なくされた。






 暴力革命による動乱を終結させた『革命戦役』から十七年後。


 物語はここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! [一言] 追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/06/06 22:15 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ