臆病転生者でもチート能力を与えたら最強になるわけだが
折原響は小心者で臆病だった。どれほどの臆病なのかといえば、通学中に不意に友人から肩を叩かれただけで驚き、思わず赤信号に飛び出してしまうくらいだ。
その結果、彼はトラックに跳ね飛ばされた。
響は死を自覚をした。挨拶で肩を叩いてきた友人と、事故に巻き込んでしまったトラック運転手に申し訳なさを感じ、ごめんなさいと心の中で詫びた。
次に目を開くと雲の上で老人と向き合っていた。
「ちょっとした手違いで死なせてスマンね。そのかわりと言ってはなんだが、別世界で新しい人生を歩むとよい」
目を丸くする響に、老人は嘆息した。「なんと察しの悪いヤツじゃ」とこぼす声が少年には聞こえた。
「いわゆる異世界転生ってヤツじゃよ。もう出がらしのような設定じゃが、よくあることなので出がらしにもなるんじゃ。そう、ワシは神様じゃよ」
聞いてもいない質問の答えまでつけられたが、響は未だ状況を掴めていない。『異世界転生』という単語は、彼もオタクの端くれなので理解できるが、あくまでフィクションだからこそである。現実に、しかも自分の身に降りかかるなど信じられるものではなかった。
返事がないのをよいことに、神様を自称する老人は続けた。
「とりあえずファンタジー系でよいな? どこぞの王族の息子としておくか。生まれながらにして膨大な魔力を持ち、あらゆる魔術に精通し、どんな攻撃も自動で跳ね返す絶対領域を常時発動し、世のすべてを切り裂く聖剣を持ち、育てば美形で長身、さらには絶倫にしてやろう」
老人は自分の案に満足げに何度もうなずいている。
「あ、あのっ」
「なんじゃ? 気に入ったか? そうじゃろう。ワシのすることに間違いはない。ワシを存分に崇めてよいぞ」
「い、いえ、そうじゃなくて、異世界転生って、僕は死んだってこと?」
老人はまたため息をついた。物わかりの悪い少年には呆れてしまう。
「何を今さら。そうじゃ、ヌシは死んだ。オリハラヒビキの人生は終了したんじゃよ。これからは新しい世界で新しい名前と体を持って生きていくのじゃ」
「それで、異世界で王族の子供になるの?」
「うむ。生まれながらの勝ち組じゃよ。知識だけではなく武術・芸術・魔術の分野でも高等教育を受けられるぞ。将来は国を治める王となるじゃ」
「それって僕なんかに務まるのかな……。できればそういう重荷は背負いたくないというか……」
「なんじゃ、本当に小心者よの。だが、要望なら仕方あるまい。そうじゃな、辺境の村の村長の息子あたりならよいか?」
「それくらいなら、うん、たぶん……」
響はそれすらも迷いつつ妥協した。
「……まぁ、素養さえしっかりしておれば生まれはハンデにはならんじゃろう」
神様も妥協した。
「それと、膨大な魔力も困るよ。そんな力があったら大きな責任を伴うことになるし……」
「カーッ、この臆病者めっ。なんたる贅沢。わかった、一般人よりマシ程度にしておいてやるわい」
鼻を鳴らす神。
「あと、絶対領域? それってどんな攻撃も跳ね返すなら、例えば誰かが手を差し出してきても弾いたりしない? 攻撃とそうでないものをどうやって判定するの?」
「オン・オフ機能をつけてやるわいっ」
「それじゃ自動にならないよ。不意の攻撃には意味ないよね?」
「そんなに面倒なら付けてやらんわっ」
「それと何でも切れる剣て物騒だよ。もし盗まれでもしたら大変。それに、転んだりしたら僕も真っ二つになるかも……」
「ヌシは武器を持つなぁ!」
「うん、そうする。ついでなんだけど、美形とかそういうのもナシで。僕、人付き合いが下手で、しかもすぐテンパっちゃうから、モテるとか辛いんだ」
「いっそナメクジに転生させてやろうか」
「それはさすがにイヤかな」
響は「ハハ」っと愛想笑いした。
神様は頭を何度も振り、怒りを冷ます努力をした。そのかいあって、老人は世界を滅ぼす力の発現を抑制できた。
「……つまりヌシはちょっと魔力が多めの村長の息子、となるわけじゃな?」
「はい……、そうなります……」
老人の親切を踏みにじっているのは響にもわかっており、申し訳なくて縮こまった。けれど過分な能力は本当に困る。分不相応というものだ。
「ハァ……。まぁ、こちらの手違いのせいじゃからな。要望には答えんわけにもいくまい」
「あのぉ……」
「なんじゃ、まだ何か不服か?」
「えと、なんでも要望が通るのなら、本当のお願いがあるんですが……」
「なんじゃ?」
「異世界転生じゃなくて、今の世界に転生させてもらえませんか? もっといえば転生じゃなくて、死ぬ直前まで戻して欲しいんですが」
「なに?」
「だって、僕が死んだことで友達が責任を感じてるかも知れないし。トラックの運転手さんだって、僕が飛び出さなければ人を轢いたり罪に問われることもない。みんな僕がビビリだからいけなかったんだ。だから、僕のせいでみんなが後悔したり、イヤな気持ちになるのは我慢できないんだよ」
響は早口にまくしたて、老人がポカーンとしているのを見て正気に戻った。反動に口をつぐみ、うつむいてしまう。
「……ハハ」
老人は笑いだした。だんだんとその声は大きくなっていく。
「そうか、それがヌシの望みか。ワシはワシの責任しか考えておらなんだ。そうか、そうか」
響が顔を上げると、老人の満足げな笑みがあった。
「ならば帰るがよい、小心者よ。さらばじゃ」
老人の姿が、空が、暗転していく。響は眠りに落ちていくような感覚に包まれていた。
「神の厚意を無下にする人間がいるとはの」
「あのような奇特な人間も稀にはいるのですよ。今回は私の勝ちですね」
老人の背後にもう一人がいた。若い娘のようだが、その姿が真実であるかはわからない。
「ふむ、負けを認めよう。今回の終末は見送りじゃ」
「ではまた1000年後、この続きを」
「そうじゃな」
二人は光となり消えた。
折原響は交差点で信号が変わるのを待っていた。なんだか一瞬寝ていたような気がした。
「よぉ」
背中から肩を叩かれた。その声は友人のものだった。
「おはよ」
響は笑顔で振り返った。
臆病転生者でもチート能力を与えたら最強になるわけだが、彼はそれを選ばなかった。
この世界も、自分も、決して嫌いではなかったからだ。
〈了〉




