第6話
翌日の放課後。卯月と鳥飼は犬屋敷の前で、長袖の緑色のつなぎを着て、二人並んで立っていた。
「これが俺たちの初仕事だな」
「ん」
2人の横にあるのは大きな台車が2台。プラスチックのカゴが数個置かれた台車と、何やら大きな布が丸まっているものが乗っている台車である。
「今日の仕事は犬屋敷のカーペットの張替えだ」
「ん・・・力仕事」
鳥飼はぐっと腕を曲げて力こぶを見せつけるようなポーズをする。
2人は台車を押して犬屋敷に入る。中にいるに犬達は、なになに?と興味津々で近寄ってくる。
「よし、まずは犬達を外に出すとこからだな」
そう言って卯月は鳥飼にカゴをひとつ渡す。
中に入っているのはフリスビーやボール、犬のおやつと書かれた骨などなど、犬と遊ぶための玩具の類だった。
「え?」
「なんだよ。さっさと犬たちを連れてドックランに行ってくれ。小一時間程度で貼り替えは終わる予定だから終わったら呼ぶわ」
そう言うと卯月は入ってきた入口ではなく、反対側の腰ほどの高さの柵を押し開く。
すると15匹の犬は心無しか目を輝かせ、卯月の方を見ているように感じた。
「あのポメラニアンはお前にしか懐いてないし、適材適所ってやつだ」
「でも・・・」
「俺は自慢じゃないが体力がない。こんなにいる犬たち相手に遊んでたら、ボロ雑巾の様になるからな。頼む」
卯月はそう言って鳥飼に頭を下げる。そして顔を上げ、犬たち方を見ながらこう言う。
「ほら、まだかまだかと待ってるぞ。行ってやってくれ」
鳥飼は犬たちの方を見て、うずうずする体を抑えきれなくなり・・・。
「分かった。行こう柴太郎」
「ワン!」
柴太郎と共にドックランに繋がる道を駆けていく鳥飼。それに続いて犬たちも、我先にと走っていった。
「さて・・・やりますか」
そう一人呟き、空のカゴを手にする卯月。
卯月はまずカーペットの上に置いてあるクッションや敷物を無造作にカゴにつっこんでいく。
カーペットの上にあるものを全て片付け、洗濯に出すものには札を入れる。それとは別に、カーペットを敷き変えたら戻すものは、分けておいておく。
「うへぇ・・・思ってたよりガチガチにマジックテープ貼ってんのな・・・」
カーペットは、フローリングの床にマジックテープで貼り付けてあり、簡単に張り替えることができるようになっていた。
犬屋敷の中は結構広く、30㎡ほどある。そのためカーペットも4枚張り合わせる事で、ゆか全体に行き渡るようになっていた。
バリバリとマジックテープを剥がしながらカーペットを丸めていく卯月。その額には汗が滲んでいた。
4枚のカーペットを剥がし終わると、掃除機を取り出して部屋の隅から掃除機をかけ始める。
「ノミやダニは下に下に潜り込むからなぁ・・・」
そうポツリと呟きながら、丁寧に掃除していく卯月。
掃除機をかけ終わると、代車に乗っているカーペットを担ぎ、丁寧にマジックテープに張り合わせていく。
カーペット1枚の重さがおおよそ20キロほどあり、卯月にとってはかなりの重労働だった。
1時間を少し超えたあたりで、カーペットを敷き終わり、クッションなどを元に戻し終わる。
「あぁ〜これはなかなかしんどいな・・・」
カーペットの上にへたり込む卯月だったが、今日の仕事はまだ少し残っているので気合いで立ち上がる。
鳥飼に終わったことを伝えに、ドックランに繋がる道を歩く。
卯月はてっきり犬たちと走り回っているのかと思っていたが、そこに居たのは鳥飼と秋月教頭が仲良さげに話している姿があった。
心無しか鳥飼の頬が赤く染っているようにも見える。
「おーい!終わったから犬たちを連れて戻ってくれー!」
卯月は2人の様子など気にすることなく、大声でそう叫ぶ。
秋月教頭は卯月に手を振るとその場を去って行った。
鳥飼は秋月教頭が去ると、犬たちを連れ歩いて犬屋敷へと入っていく。
カーペットが新しくなったことで落ち着かないのか、ソワソワする犬たちをあと目に、犬屋敷から出て、洗い場の方に2人は歩いていく。
「仕事・・・終わり?」
「いや。後ちょっとあるかな」
そう言いながら卯月は回収したカーペットをコンクリートの床に広げていく。
「小さい敷物とかは洗濯機とかで洗えるんだけど・・・これだけデカい物は手洗いだそうだ」
卯月はそう言いつつ、カゴからブラシを取り出す。
「まず毛をこれで取り除いて、その後に水をかけて洗う。そんで干して・・・ノミ、ダニ防止剤をつけてから納屋に戻す。それでこの仕事は終わりだが・・・今日はやれる所までだな」
「分かった」
鳥飼もブラシを手に持ち、2人でカーペットの掃除を始める。
2人に会話はない。ひたすらジャジャっとカーペットをブラシで擦る音だけが辺りに響いていた。
春とはいえ、まだ少し肌寒い季節だが、卯月は額から流れる汗を拭きつつ、一心不乱にカーペットと向き合っていた。
「終わった」
「はぁ?」
卯月が二枚目のカーペットに取り掛かろうとしたところで、鳥飼が卯月の元にやってくる。
「雑にやってないだろうな?」
「ん」
否定なのか肯定なのかわからない返事をした鳥飼は、卯月がやろうとしていたカーペットに手を出し始める鳥飼。
鳥飼の動きは、卯月の二倍速く力強かった。そして鳥飼のブラシをかけた所には、少しの犬の毛も残っていなかった。
「まじかよ・・・」
「ふっ」
鳥飼は卯月の顔を見てドヤ顔をし、鼻で笑った。
「あ?俺の本気を見せてやるよ・・・」
卯月もペースを上げ、あっという間に最後の一枚が終わった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
コンクリートの床に寝そべり、息を荒げる卯月と・・・。
「貧弱」
それを汗一つかかずに見下ろす鳥飼。
「その小さい体に何が詰まってんだよ・・・化け物か・・・」
「木偶の棒」
くそ・・・と言いつつ卯月はスマホの画面を確認する。時刻は16:45。それを確認するとフラフラと卯月は立ち上がる。
「今日はここまでにするか・・・」
「まだ・・・時間ある」
「いや・・・俺の体力の限界だ・・・明日洗濯して干せばいいしな・・・」
卯月は台車に手を置き、体を支える様にしながら押していく。その後を鳥飼は歩いてついて行く。
「台車持つ?」
「俺が納屋まで押していくから・・・カゴを仕舞うのは任せる」
「ん」
下校のチャイムが鳴る前に、二人は片づけを終える。
「それじゃあ着替えたら俺は帰るわ」
「ん」
それだけの言葉を交わし、二人は日本家屋の中へと入って行くのだった。
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