第5話
鳥飼は颯爽と林の中を駆けていき、あっという間に駐輪場まで辿り着く。
「悠李〜!遅いよ〜」
「これでも急いだ」
駐輪場で鳥飼を待っていたのは、鳥飼の小学校からの友達である吉川智美だった。
少し茶色がかった髪の毛は、ミディアムボブになっており、所々くせ毛が思わぬ方向に跳ねている。
少し丸みを帯びた輪郭に、タレ目気味の顔立ちは、とても温厚そうに見える。
「で?どうだったの飼育委員。テニス辞めてまで行く価値はあるの?」
「ある!最高の場所」
「ぐぬぬ・・・」
悔しそうな顔をする吉川。
2人は自転車を押して、並んで歩き始める。
「あーあ!勿体ないなぁ〜悠李だったらテニスでなくとも、運動ならなんでも活躍できるのに〜!」
「背があれば・・・それもよかった」
「・・・やっぱり気にしてるの?」
コクリとと鳥飼は小さく頷く。
「それより・・・テニス部はどう?」
「ん〜本気で上を目指すって空気じゃないかな〜。遊びの延長みたいな感じ。放課後あんまり遅く残れないしね」
ここ霧島高校は、全生徒が下校時間に帰ることを強制している。
15:00に授業が終わり、17:00に下校時間のチャイムが鳴る。そして、18:00以降に生徒が学校に残ることは許されないのだ。
「そっか」
「まぁ悠李はずっとそれほど好きでもないスポーツを頑張ってたんだし、これからは自分の好きなことをいっぱいやればいいと思うよ!ある意味呪縛から開放されたわけだ」
「うん。ありがとうトモ」
吉川に微笑む鳥飼。その笑顔にキュンときた吉川は・・・。
「悠李〜!!って抱きしめたいのに自転車が邪魔すぎる!!壊す?投げ捨てる?!」
「落ち着いてトモ。自転車がないと帰れない」
「確かに・・・待てよ?2人の自転車を壊せば悠李と帰れない?帰れないから仕方なくお泊まり?ホテル代なんて持ってるわけない私たちが泊まるとしたら?低料金でその日に泊まれるホテルと言えばLOVE・・・」
「・・・先に帰る」
危機を察した鳥飼は自転車に跨り、颯爽と走り出した。
「あ〜!待ってよ悠李〜!」
走り去っていく鳥飼を見て、慌てて自転車を漕ぎ始める吉川。
吉川智美はレズでもなくバイでもない、普通の女性である。
時刻は17:45。卯月は鳥飼が走っていった後、秋月教頭の元に戻り、少しだけ雑談をしに行っていた。結果こんな時間に帰ることになってしまったのだが・・・。
「遅かったなトシ」
「・・・返信がなかったら先に帰ってくれ、って言っただろ英二」
メガネをクイッと上げ、卯月にニヤリと笑いかける桐沢。
「いやな?どうしてもトシに俺の感動を聞いて欲しくてな」
「明日でいいだろ」
そう言いながら校門を出る卯月に、桐沢は歩幅を合わせて並んで歩く。
「そう言うな。科学研は俺の予想を遥に上回ってたのだよ。俺のやろうとしていた事など既に研究が進んでいた」
「ほう?オカルトを打破するとか何とか?」
「そうだ!オカルトなんて曖昧な存在を科学で立証する!幽霊だのUFOだのそんな存在いるはずがないからな!」
「ふーん。面倒くさそうだから詳しくは聞かないけど、立証されたのか?」
「いや、まだ様々な憶測を元に、計算と科学的根拠を示す段階だ。今度実地検証もするらしいから、今から期待が高まるばかりだ」
鼻息を荒くし、そう語る桐沢。
「実地ってどこですんの?」
「確か・・・皆木トンネルと言う場所だったはず」
卯月はスマホをササッと操作し、じーっとスマホ画面を凝視する。
「皆木トンネル、今は人がほとんど通ることの無い小さなトンネル。全長100mで整備されてないゆえに街灯も所々ついてない」
ふむ。っと桐沢は卯月の言葉を静かに聞いている。
「昔そのトンネルで猟奇殺人があり、5名が殺害され、犯人もその場で自殺したらしい」
「ん?」
「その時の血痕が未だに残っており、トンネルからは偶に甲高い叫び声や、誰もいないはずなのに、後ろから足音がするらしい。その足音を聞いて振り返った人は・・・」
ゴクリっと桐沢は生唾を飲み込む。
「そういう心霊スポットらしいな。英二ってホラー苦手なのに実地検証なんてよくやるよな。・・・英二?」
ギギギっと油の切れたロボットのように、青ざめた顔を卯月に向ける桐沢。
「な・・・なぁトシ?」
「行かないからな」
「そう言わずに!俺に何かあったらどうするんだ!」
「知らねぇし、科学研の人も何人か行くんだろ?」
「何故か誰も行きたがらないから、俺が一人で行くことになったのだよ!あの時は興奮してたから・・・」
「自業自得だな。偶に抜けてるところがあるからなぁ英二は・・・」
「頼む!一生のお願いだ!」
「お前の一生のお願いは何回あるんだよ。行かねぇぞ俺は」
「そこをなんとか!」
「行かねぇってめんどくせぇ」
桐沢英二。小さな頃、知らずに行った有名な心霊スポットにて、心霊現象を目の当たりにし、それがトラウマになった。
以来そのトラウマを克服するために、彼は科学に縋り着いた。
「一人とか無理だって!俺は見えちゃうんだから!」
そう。彼は霊感が強く、所謂幽霊などが見える人なのだ。
オカルトの世界に好かれている彼。それを否定したくて科学に執着しているのだった。
結局打つ気が家に帰るまでしつこく食い下がられ、一緒に行くことになる卯月であった。
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