第3話
翌日。通常授業が始まるが、それもお昼まで。昼休みを終えると、午後からは部活紹介に一時間使う。
案の定卯月は、バスケ部やバレー部に熱烈に勧誘を受けるが、全て飼育委員に入ってるからと断りを入れる。
桐沢は何の迷いもなく入部届に科学部と書き、職員室に届け出ていた。
「早速今日から科学部に顔を出してくるとするよ」
「おう。ほどほどにな?」
「どのみち下校時間には帰らないといけない。時間が会えば一緒に帰るか?」
「わかった。終わったらメールくれ。返信が無かったら先に帰ってくれ」
卯月がそう言い、教室の入り口で二人は別れる。
昨日と同じように焼却炉の裏から獣道に入る。牧場までの地図は既に、卯月の頭の中にある。
まったく迷うことなく獣道を進んでいく卯月。あっという間に牧場の金網の前にたどり着く。
「位置的には学校の裏山の麓当たりなのか?」
そうひとり呟き、金網の扉を開き中に入っていく。
奥に進んでいくと、昨日と同じく大きな二階建ての日本家屋の前には、秋月教頭がつなぎを着て何やら準備をしていた。
「おや?こんにちわ卯月君、鳥飼さん」
「こんちわーっす・・・って鳥飼?」
卯月が後ろを見ると、そこには前髪を眉毛のあたりで真っすぐに切り、後ろ髪は肩のあたりで真っすぐに切り揃えられた小さな少女がペコリと頭を下げていた。
「いつの間に!?」
「焼却炉・・・から?」
「入口じゃねえか・・・全然気づかなかったぞ」
「私だけじゃ・・・迷子になった」
鳥飼は卯月より先に来たものの、何回か迷子になり入口へと戻っていたようだった。
「しかし思い切って髪を切りましたね鳥飼さん。よかったんですか?」
「別に・・・こだわりはないから・・・」
「座敷童から日本人形にジョブチェンジだな。呪われていないことを願うぇぇあっ!?」
「黙って」
鳥飼の拳が卯月の脇腹に突き刺さる。見事な角度で放たれたフックは、卯月の肝臓にめりめりと深く刺さっていた。
「確かに日本人形のように可愛らしいですね。顔を隠していたのがもったいないです」
「ありがとう・・・ございます」
少し照れているのか、鳥飼は秋月教頭から目線を外す。前髪を切った鳥飼は、くりくりとした可愛らしい目が露になったことで、まさに人形のような可愛らしい顔立ちをしていた。
「さて今日はこの牧場の各施設の案内と、仕事内容を説明しようと思いますが・・・大丈夫ですか卯月君?」
「ぐぁ・・・大丈・・・夫です」
脇腹を抑え、息も絶え絶えにそういう卯月。
「でしたらまず、こちらへ」
そう言って秋月教頭は日本家屋に足を踏み入れ、それに二人は続いて入る。
大きな日本家屋の中庭には大きな池があり、そこには鯉が何匹か泳いでいた。秋月教頭は庭を超え、縁側から靴を脱いで家の中へと入る。
十畳ほどの部屋。真ん中に大きなちゃぶ台が置かれ、端の方おいてあるホワイトボードには、沢山の用紙が貼りつけられていた。
「ここは飼育事務所兼教師たちの寮代わりになっているところです。2階は全て個々人の部屋になってますので、上がらない様にしてください」
「「はい」」
よく見渡すとどこか生活感のある様子がうかがえた。ちゃぶ台には食事をした後がうっすらと残っていたり、部屋の端の方には大き目の扇風機が置かれていたりする。
「このカレンダーを見てください」
秋月教頭が指さしたのはかなり大きなカレンダー。1メートル四方の彩の全くないカレンダーには、びっしりと各日付の所にメモが書かれている。
「こんな具合に作業予定はすべて私が書き記しています。例えば28日」
秋月教頭が指さす28日の所には『犬散歩』『猫トリミング』『ウサギ小屋井草替える』と書かれ、各項目の下にトリミングする猫の名前や、誰がやるかというものが書かれている。
「先生方がやってくれる予定のものは、やらなくても大丈夫です。やってほしいのはこの仕事です」
ウサギ小屋井草替えるの下に書かれている、『未定』を指さす秋月教頭。
「未定って事は、手が空かなかったらやらない感じですか?」
「そういう時は、あんまり気は進まないんですが、『何でも屋』、という雑務を請け負ってくれる業者さんに頼むことにしています」
「気が・・・進まない?」
ふぅ・・・とため息をつき、秋月教頭は口を開く。
「仕事がとても雑なんです。仕事を直接見に行けないので推測になりますが、もしかしたら動物たちが乱暴に扱われている可能性もあるのです。だからできるだけ頼みたくはないんです・・・そこで白羽の矢が立ったのが・・・」
「飼育委員会というわけですね」
「そういうわけです。なのでカレンダーにある『未定』である仕事をお願いしたいのです」
「なるほど・・・」
卯月と鳥飼はじーっとカレンダーを見る。
「そんなに・・・仕事ない・・・」
「だな。今月の分は一週間くらいで終わりそうだ。質問です教頭先生」
「なんでしょうか卯月君」
「仕事が無くても、ここに来てもいいんですか?その・・・動物たちに会いに」
「・・・勿論です。それは私としても願ってもない事ですよ卯月君」
「わ・・・私も・・・」
「もちろん大丈夫です。動物たちと触れ合う時間が多いほど、些細な異変に気付くこともありますからね」
そう言って秋月教頭はにっこりと笑う。
「私は終業時間からいることが多いですが、会議とかでこれない事もあります。もしそんな時、私に連絡を取りたい時は、そこの固定電話から電話してください。私の携帯番号はその下の引き出しに入ってますので」
「わかりました」
「先生方は下校時間の後に来られます。業者の方は基本日中の授業中に、なので君たちが来る時は基本私くらいしかいません。なので・・・お二人には自分たちで全てやってもらうことになります」
そう言うと秋月教頭は縁側から靴を履き庭に出る。
卯月と鳥飼は、秋月教頭に続いて庭に出て、後について行く。
たどり着いたのは日本家屋の奥にある大きな納屋。秋月教頭は大きな引き戸を開ける。
「道具や資材は、ここに全てあります。好き使ってくれて構わないです」
「へぇ~・・・分かってはいたけど、かなり本格的なんだな・・・」
そこにはいろんな種類の農具のような物や、ホースにバケツ、大きな桶などなどいろんな道具が揃っていた。
卯月はそんな納屋の様子を見て少しワクワクしていた。
「仕事の話はこれくらいにしましょうか。分からないことがあったら何でも聞いてください」
「わかりました」
卯月が返事をし、鳥飼は静かに頷く。
「では・・・この牧場内を案内するとしましょうか」
そう言って秋月教頭は歩き始めた。
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