第2話
入学式というにはあまりには簡素で、生徒たちの印象に残ったのは、理事長の暑苦しすぎる演説だけだった。
時間にして約20分ほどの入学式、そのうちの15分は理事長のお話だったことを考えれば、入学式が、どれほど簡略されていたものか予測することはできるだろう。
「なぁトシ」
「ん?」
ぞろぞろと体育館を後にする生徒。その列に紛れて歩いていた卯月に声をかける桐沢。
「俺はこの高校を侮っていたようだ」
「・・・そうだな」
あの理事長の暑苦しい演説を聞いて、何も思わなかった生徒はいないだろう。それほどまでに理事長の話は、生徒たちの心を熱くさせていた。
もちろんここにいる二人の心も。
「この高校を卒業する頃には、俺は俺の野望に、どれほど近づけているだろうか・・・」
「知らねぇよそんなの。お前の頑張り次第だろ」
その通りだな。と桐沢は苦笑いをする。
「トシ。今日は本屋によ寄って帰らないか?駅前に良さげな本屋があってな。昼はバーガーショップとかどうだい」
現在の時刻は11時頃。幼馴染で家が近所の2人の通学手段は電車だ。別に待ち合わせした訳でもなく、今日は一緒に登校してきていた。
「あ〜魅力的な提案ではあるが、実はこの後東雲先生に呼ばれててな・・・」
「もう目をつけられたのか・・・だから少しは愛想良くしろと言ったのに」
「まぁそういう訳だから。すまんな英二」
「わかった。また明日な」
「おう」
桐沢はカバンを片手に校門へと歩いて行く。卯月はその逆方向、校舎へと歩いて行った。
校舎裏の焼却炉。その裏側の先に、木々が生い茂る林の中、うっすらとだが人が通ったような跡がある。
「ここ・・・だよな?」
卯月はその獣道に入る。その獣道は途中何回か分岐があり、地図がなければ迷子になっていただろう。
15分ほど歩くと林を抜け、開けた場所に出る。
目の前に見える3メートルほどの金網に体を預け、腕を組んで待っている東雲がそこにはいた。
「待ってたで卯月。迷わんかったか?」
「ええ。地図が無かったらやばかったかもですけど・・・」
「まぁ迷っても、道に沿って歩いてたら校舎の方に出るから問題ないけどな。それじゃあ行くで」
金網で出来た塀。そこに入るためのドアを開き、東雲は卯月に中へ入るように促す。
「今は大丈夫やけど、夜になるとこの金網に電気が通るからなるべく触らんようにな」
「へ?」
「害獣対策や。・・・害獣だけやないけどな」
「えらく厳重なんですね」
金網を抜けて少し歩くと、まるで大きな牧場のような青々とした広場、木でできた柵に囲まれたドックランっぽい場所や、大きな鳥小屋、平屋、ウサギ小屋などなどが、開けた土地に所々に建っていた。
東雲はさらに奥へと歩いて行き、たどり着いたのは昔ながらの日本家屋。
「学校の中に家?」
「教頭先生。飼育員希望を連れてきました」
日本家屋の前で、ホースやバケツなどの道具をせっせと運んでいる初老の男性。オールバックの灰色の髪は、所々白髪が混じっていた。
東雲の声掛けに振り向き、優しく微笑む。
「それはそれは・・・二人も希望者がいるなんてありがたいですね」
「え?二人?」
卯月と東雲が振り返ると・・・。
そこには漆黒の髪の小さな少女が立っていた。前髪は鼻先まで伸び、後ろ髪は腰まで伸びている。霧島高校の制服を着ており、リボンの色が卯月と同じ一年生だと示している。
「なんだ?この高校は座敷童まで通ってんのか?」と卯月。
「いつから付いて来とったんや?最初にここに来る時は、引率の教師がつくはずやねんけど・・・」
「山本先生・・・あそこに・・・この二人に・・・ついて行けばいいって・・・」
少女が平屋を指さすと、東雲は額に手を当てため息をつく。
「あの猫狂いめぇ・・・」
「まぁまぁいいじゃないですか東雲先生。私は秋月次郎。霧島高校教頭兼、ここの管理責任者をしています。お二人の名前を聞いてもいいですか?」
「一年二組、卯月俊彦です」
「一年七組・・・鳥飼・・・悠李」
「卯月君に鳥飼さんですね。よろしくお願いします」
そう言って秋月教頭はにこやかに笑った。
「それじゃあワイはこれで」
「ええ。ありがとうございます東雲先生。あっ犬部屋に行くならついでにこれもお願いしますね」
そう言ってホースを渡す秋月教頭。
「・・・何の事やら。でもまぁ帰るついでやし、持っていっときます」
しぶしぶといった感じでホースを受け取った東雲は、どこか浮足立った感じでその場を去っていった。
「さて・・・今日は顔合わせだけで終わりですが・・・ちょっとだけ見ていきますか?」
秋月教頭はバケツを掲げ、そう2人に問いかける。
「「はい」」
「それじゃあついて来て下さいね」
秋月教頭とそれについて行く二人。少し歩いてたどり着いたのは・・・。
鶏小屋であった。
「この場所はいろんな動物を飼育してます。犬や猫はもちろん、ここに来る時に見たかと思いますが、鳥やウサギ、鶏や爬虫類、あと魚類なんかもいます」
「・・・まるで動物園ですね」
鶏に餌を与える秋月教頭に、卯月はそう揶揄する。
「ははは・・・。確かに。しかし・・・飼育する理由が全然違いますね。動物園は見世物として、ここにいる動物のほとんどが、保護された子たちです」
「保護?」
秋月教頭の言葉に、鳥飼が首を傾げる。
「ペットとして飼ったのはいいが、育てられなくて捨てられた子、去勢が可哀想とか言って増えすぎた子どもを捨てる人。祭りで可愛いからと言って持って帰ったはいいが、結局大きくなって捨てたり・・・
そういう無責任な人間に飼われてしまった子たちを、ここで保護しているのです」
「・・・すいません。軽率でした」
金持ちの娯楽だと考えていた卯月は、頭を下げ、秋月教頭に謝る。
「大丈夫ですよ卯月君。飼育員とは言っても、別に毎日来なくてもいいです。長期休暇に毎日登校だなんて嘘ですので。やってもらうのはあくまで私たちの補助です。
基本東雲先生や山本先生、その他動物が好きな教師たちとボランティアの方々、あとは業者の方などに日常の世話を任せておりますので、後回しにしている些細な事をやってもらうことになります」
秋月教頭が立ち上がり、二人を正面から見つめる。
「お二人に守ってもらいたいことは二つだけです。
この場所の事を他人に教えない事。理由ですが、ここには珍しい動物や、怖がりな動物もいます。あまりこの場所を公にしたくないのです」
「だからあんなキツイ仕事内容を・・・」
「本当に動物が好きな人以外は、到底入りたいとは思われない様にしてあります。そしてもう一つが大事なのですが・・・
ここにいる動物に危害を加えない事。もし加えた場合は・・・」
「場合は・・・?」
秋月教頭の雰囲気が変わる。殺気でも放っているかのような様子に、ゴクリッと二人が生唾を飲み込む。
「ふふっ。別にどうもしませんよ。ただここへの立ち入りは禁止させていただきます。まあ君たちがそんな事をするとは思いませんけどね」
「なんだ・・・餌になってもらいます。とか言われるかと思いましたよ・・・」
「目が怖かった・・・」
「はははは。すいません。それだけここの子たちが大事という事です」
秋月教頭はが笑い、卯月と鳥飼はホッと息を吐く。
「詳しい説明や案内は明日することにしましょう。私もこの後職員会議がありますので。お二人は苦手な動物はいますか?」
「特にはないですかね」
「私は・・・小鳥が・・・少しだけ」
「ふむ・・・子供の頃飼っている鳥に噛まれたからとかですか?」
「っ!・・・」
秋月教頭の言葉に、静かに頷く鳥飼。
「別に大丈夫ですよ鳥飼さん。あと髪を切れとは言いませんが、作業中邪魔になることがありますので、髪をまとめられるような物を持って来てもらえますか?」
「はい」
「鳥飼なのに鳥が苦手なのかよ」
「うるさい」
ゴズッ!と鳥飼の肘が卯月の横っ腹に突き刺さる。
「あっが・・・そこは肝臓・・・」
「仲がよろしいようで結構です。それじゃあ明日待ってますね」
痛みで蹲る卯月を残し、鳥飼はその場を去っていく。
「いちち・・・それじゃあ・・・明日からお願いしま・・す・・・」
鳥飼の後を横っ腹を抑えながら歩いて行く卯月。
「今度こそ、いい子たちであるといいのですが・・・」
去っていく二人を見ながら、秋月教頭はぼそりとそう呟いたのだった。
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